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2「本日はキスをしてくださいませんか」
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「やぁ、ラヴォンド。任せた仕事は、進んでいるかい?」
移動中に聞こえてきた声は非常憎たらしかった。
忙しなく動かざるを得ないのはお前のせいだろうがと怒り散らしたかったがここは一応王宮。彼の住まいであると同時に俺の職場となれば口を噤むしかない。
できることならば彼の陰湿な婚約者好きについて揶揄うというのに。
「あぁ、まぁそれなりにはやっているよ」
「……ラヴォンド、お前なんだか浮かれていないか」
「あ?」
ルアンの隣でヴィンテルが話しかけてくる。なぜ護衛という立場でありながら俺に突っかかってくるんだ。うざったらしい。
ヴィオラと会っておいて浮かれないことなど無いのだからそれが当然。当たり前なのだ。それに昨日あったことを思えば浮かれた気分になったっていいはずだ。
「ふふっ。こら、ヴィンテル。そういうことを言わなくていいんだよ」
一応護衛のヴィンテルが一応の主君、ルアンから小さく窘められているが、明らかに本気ではない。ルアンからも俺を弄ろうとしているのが透けて見える。俺にとってはこっちも面倒だ。
それになんで始業したばかりだと言うのにわざわざ俺に会いに来るんだ。
「ラヴォンドは婚約者にゾッコンだからな。毎週、婚約者の家に会いに行くなんてそうそうしないだろ。彼女のことを愛してるんだなぁ」
「うるさい」
婚約者が好きで何が悪いんだ。あんな可愛くていじらしい存在、好きにならない方がおかしい。お前だって婚約者を溺愛しているくせに。それを横に置いて話してくるな。
そのバレないように囲い込むような愛し方のせいで俺らの仕事が増えているんだぞと怒りが増す。
「ほら、そんな気が漫ろでも頑張れてるお前にご褒美だ。今夜にでも読むといい。僕もここまで来るのが息抜きになって良かったからついでにね」
嘲笑するように口を歪めたルアンから鞄に入ったとても大きく角張った包みが差し出される。中で包まれている布の隙間から覗く見慣れない複数の本は題名から察するに恋愛小説のようであった。
わざわざルアンが持ってきて、中身を隠しているということは。
「まさか。これは……ルアン。感謝する」
「あぁ。だが、ふふっ。読んでみろよ」
周囲にはかなりの人がいる。誰にも知られたくなかった。
彼女が何を書いているのか知らない以上、必要な執務を終わらせ夜になるまで待った。
確実にこれはヴィオラの小説だ。
この俺が読みたくないはずがない。
手早く内容を探ろうと薄手の紙をサラサラと捲ると次第に違和感が溢れてくる。キラキラとした世界には似つかわしくも、彼女の世界には在って欲しくなかった違和感が。
「あれ?」
その手を2冊、3冊から、10冊目に手を出し考える。
「な、なんでヒーローが皆、俺に似ている部分が全く存在しないんだ……いや、それにしても……」
俺がヴィオラの好きな要素を持ち合わせた人間だとは思っていない。
彼女にとっての俺はただ幼少期から定められているだけの政略的な婚約者だ。だが、ヴィオラにとっての一番身近な男だと自負はできるのだ。ただ、それなのにこの本には何も俺の要素がない。驚く程に。
物語のヒーローは皆、発言の一つ一つがキラキラとしていて少女には都合のいいことばかり。それらは大抵、嘘のように軽薄だ。彼らの髪は金か茶と明るく、瞳もその者によってバラつくが俺のような黒の髪もくすんだ青の色彩もない。なんだか、ヒーローが俺から意図的に離されているように見える。
……ヴィオラは俺のことどう思っているんだ。
「聞いてください!この前私のお願いを聞いていただいたおかげで描写力を褒められたんです!」
「そうか。良かったな」
彼女にしてはニコニコと珍しい程に頬を緩ませ感謝を述べる。それだと言うのに、俺は考えが纏まらず上手く笑えていなかった。何時もなら彼女の滅多に見せない表情に見蕩れ、浮かれ、彼女に愛を伝えたいと悶える様を見せていただろう。今の俺の感情は、自らのことながら珍しい事だと思う。
だが、昨夜読んだ物語の引っかかりがどうにも気に掛かってしまう。彼女に好かれているのかは諦めているが、嫌われているとは思いたくない。表情を見る限り楽しそうにしているのでそうだとは思えないが、そう考えてしまうのは俺が最初から不安なのだ。俺が彼女を好くようにヴィオラから好かれたいと考えてしまう所があるということも理由としてあるだろう。
俺の愛しい存在に、俺が感じるように、俺を意識して欲しい。
「ラヴォンド様?どういたしましたか」
ヴィオラが覗き込むように俺の目を見てくるので、無意識的にサッと目を逸らした。いつもは自分からグイグイと彼女に向かっておきながら、逆に向かってこられることなると何故か妙に気恥ずかしくなった。情けないことだ。
「い、いや、大丈夫。気にしないでくれ」
「そうですか?」
ごほんと咳払いをして意識を整える。やっと休みになったんだ。彼女と接することが出来るならこのような小さなことは、乗り越えるべきなのだ。
「さぁ、ヴィオラ。今日は何がしたい?」
「えっと、あの、私、そう言われたらどう返すのか先程まで悩んで、先程決めましたの……本日はキスをしてくださいませんか」
彼女の白い手が自らの薄い桃色のドレスを撫で気を逸らしていた。小さくて石英のように美しく弱々しい手だ。
「ふっ、今日はそんなものでいいのか?」
そんなドレスを掴んでいた彼女の手を取り、自分の唇に触れさせる。慣れた仕草なだけにすんなりと動けるが拍動は正常ではなかった。
この前のように彼女の香りがふわりと香る。手に塗られていたのだろう香油の爽やかな、花の香りが俺の鼻を擽った。
「……あの、申し訳ないのですが、手ではなく口にお願いしたく」
口付けた方のヴィオラの手が俺の顎を持ち上げる。上目遣いになりながら彼女を見つめていると、もごもごと彼女の薄桃色の唇が震えた。
ポカンと口を開いて固まる俺に、彼女は顔を更に赤に染めていく。
「……すみません」
「い、いや俺がすると言ったのだからな。ヴィオラ、目を瞑ってくれ」
ヴィオラはその声に弾かれるように目を強く閉じた。俺も呼吸を整え、彼女に向き合う。そしてら彼女の髪に指を通す。
ヴィオラの震える唇を俺のものと合わせた。
一瞬の触れ合いであったのに彼女は子猫のように暖かく、綿のように柔らかく、嗅ぎなれない甘やかないい匂いがした。脳の中枢が殺られた気分だ。
ぐるぐると胸の奥を燻る感情に飲まれていると、ヴィオラはまた何時もとは異なった表情を行う。
それは、とても申し訳なさそうに。心を決めたように。
「す、すみません。あと、もうひとつだけお願いがあるのですが……」
移動中に聞こえてきた声は非常憎たらしかった。
忙しなく動かざるを得ないのはお前のせいだろうがと怒り散らしたかったがここは一応王宮。彼の住まいであると同時に俺の職場となれば口を噤むしかない。
できることならば彼の陰湿な婚約者好きについて揶揄うというのに。
「あぁ、まぁそれなりにはやっているよ」
「……ラヴォンド、お前なんだか浮かれていないか」
「あ?」
ルアンの隣でヴィンテルが話しかけてくる。なぜ護衛という立場でありながら俺に突っかかってくるんだ。うざったらしい。
ヴィオラと会っておいて浮かれないことなど無いのだからそれが当然。当たり前なのだ。それに昨日あったことを思えば浮かれた気分になったっていいはずだ。
「ふふっ。こら、ヴィンテル。そういうことを言わなくていいんだよ」
一応護衛のヴィンテルが一応の主君、ルアンから小さく窘められているが、明らかに本気ではない。ルアンからも俺を弄ろうとしているのが透けて見える。俺にとってはこっちも面倒だ。
それになんで始業したばかりだと言うのにわざわざ俺に会いに来るんだ。
「ラヴォンドは婚約者にゾッコンだからな。毎週、婚約者の家に会いに行くなんてそうそうしないだろ。彼女のことを愛してるんだなぁ」
「うるさい」
婚約者が好きで何が悪いんだ。あんな可愛くていじらしい存在、好きにならない方がおかしい。お前だって婚約者を溺愛しているくせに。それを横に置いて話してくるな。
そのバレないように囲い込むような愛し方のせいで俺らの仕事が増えているんだぞと怒りが増す。
「ほら、そんな気が漫ろでも頑張れてるお前にご褒美だ。今夜にでも読むといい。僕もここまで来るのが息抜きになって良かったからついでにね」
嘲笑するように口を歪めたルアンから鞄に入ったとても大きく角張った包みが差し出される。中で包まれている布の隙間から覗く見慣れない複数の本は題名から察するに恋愛小説のようであった。
わざわざルアンが持ってきて、中身を隠しているということは。
「まさか。これは……ルアン。感謝する」
「あぁ。だが、ふふっ。読んでみろよ」
周囲にはかなりの人がいる。誰にも知られたくなかった。
彼女が何を書いているのか知らない以上、必要な執務を終わらせ夜になるまで待った。
確実にこれはヴィオラの小説だ。
この俺が読みたくないはずがない。
手早く内容を探ろうと薄手の紙をサラサラと捲ると次第に違和感が溢れてくる。キラキラとした世界には似つかわしくも、彼女の世界には在って欲しくなかった違和感が。
「あれ?」
その手を2冊、3冊から、10冊目に手を出し考える。
「な、なんでヒーローが皆、俺に似ている部分が全く存在しないんだ……いや、それにしても……」
俺がヴィオラの好きな要素を持ち合わせた人間だとは思っていない。
彼女にとっての俺はただ幼少期から定められているだけの政略的な婚約者だ。だが、ヴィオラにとっての一番身近な男だと自負はできるのだ。ただ、それなのにこの本には何も俺の要素がない。驚く程に。
物語のヒーローは皆、発言の一つ一つがキラキラとしていて少女には都合のいいことばかり。それらは大抵、嘘のように軽薄だ。彼らの髪は金か茶と明るく、瞳もその者によってバラつくが俺のような黒の髪もくすんだ青の色彩もない。なんだか、ヒーローが俺から意図的に離されているように見える。
……ヴィオラは俺のことどう思っているんだ。
「聞いてください!この前私のお願いを聞いていただいたおかげで描写力を褒められたんです!」
「そうか。良かったな」
彼女にしてはニコニコと珍しい程に頬を緩ませ感謝を述べる。それだと言うのに、俺は考えが纏まらず上手く笑えていなかった。何時もなら彼女の滅多に見せない表情に見蕩れ、浮かれ、彼女に愛を伝えたいと悶える様を見せていただろう。今の俺の感情は、自らのことながら珍しい事だと思う。
だが、昨夜読んだ物語の引っかかりがどうにも気に掛かってしまう。彼女に好かれているのかは諦めているが、嫌われているとは思いたくない。表情を見る限り楽しそうにしているのでそうだとは思えないが、そう考えてしまうのは俺が最初から不安なのだ。俺が彼女を好くようにヴィオラから好かれたいと考えてしまう所があるということも理由としてあるだろう。
俺の愛しい存在に、俺が感じるように、俺を意識して欲しい。
「ラヴォンド様?どういたしましたか」
ヴィオラが覗き込むように俺の目を見てくるので、無意識的にサッと目を逸らした。いつもは自分からグイグイと彼女に向かっておきながら、逆に向かってこられることなると何故か妙に気恥ずかしくなった。情けないことだ。
「い、いや、大丈夫。気にしないでくれ」
「そうですか?」
ごほんと咳払いをして意識を整える。やっと休みになったんだ。彼女と接することが出来るならこのような小さなことは、乗り越えるべきなのだ。
「さぁ、ヴィオラ。今日は何がしたい?」
「えっと、あの、私、そう言われたらどう返すのか先程まで悩んで、先程決めましたの……本日はキスをしてくださいませんか」
彼女の白い手が自らの薄い桃色のドレスを撫で気を逸らしていた。小さくて石英のように美しく弱々しい手だ。
「ふっ、今日はそんなものでいいのか?」
そんなドレスを掴んでいた彼女の手を取り、自分の唇に触れさせる。慣れた仕草なだけにすんなりと動けるが拍動は正常ではなかった。
この前のように彼女の香りがふわりと香る。手に塗られていたのだろう香油の爽やかな、花の香りが俺の鼻を擽った。
「……あの、申し訳ないのですが、手ではなく口にお願いしたく」
口付けた方のヴィオラの手が俺の顎を持ち上げる。上目遣いになりながら彼女を見つめていると、もごもごと彼女の薄桃色の唇が震えた。
ポカンと口を開いて固まる俺に、彼女は顔を更に赤に染めていく。
「……すみません」
「い、いや俺がすると言ったのだからな。ヴィオラ、目を瞑ってくれ」
ヴィオラはその声に弾かれるように目を強く閉じた。俺も呼吸を整え、彼女に向き合う。そしてら彼女の髪に指を通す。
ヴィオラの震える唇を俺のものと合わせた。
一瞬の触れ合いであったのに彼女は子猫のように暖かく、綿のように柔らかく、嗅ぎなれない甘やかないい匂いがした。脳の中枢が殺られた気分だ。
ぐるぐると胸の奥を燻る感情に飲まれていると、ヴィオラはまた何時もとは異なった表情を行う。
それは、とても申し訳なさそうに。心を決めたように。
「す、すみません。あと、もうひとつだけお願いがあるのですが……」
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