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1「婚約者は小説家らしい」
しおりを挟む山のような採決待ちの束の前で判子を押し続ける俺に、王太子であるルアンが話しかける。
「あ、そうだ、ラヴォンド。君の婚約者に来月にでも、お礼に向かうと伝えてくれ。君のことだ、ヴィオラ嬢には明日会うんだろう」
「は?」
「あれ、あんなに仲がいいのに知らなかったのか?僕が頼んで書いてもらったんだが……」
「はぁ?」
ヴィオラがルアンと?なんの繋がりがあって、話に出しているのだろうか。それに書いたとは。
なんの話だと思っているとそのまま耳元に口を寄せられ、コソッと衝撃の発言をされた。
「まさか、お前、婚約者のヴィオラ・ビルイム嬢が小説家をしていることも知らないのか」
「は、ヴィオラが?」
あのヴィオラが、小説家。それも王太子という立場のものに、何か頼まれる程の小説家だと。意味が分からなかった。
「ば、バレてしまいましたのね」
頬に手を置き、ヴィオラ・ビルイム伯爵令嬢は戸惑いの表情を浮かべた。傾げた首につれて、ふわふわとしたキャラメル色の髪が揺れる。
「バレたということは、本当に物書きをやっていたんだな」
そ信じられなかった。
あの夜会や茶会に頻繁に赴き、勉強も欠けることなく満たしているヴィオラが物語を書いているなど。そんな時間があるものか。
「数年前からお嬢様のお話は素晴らしいのだとメイドに誘われまして。ですが、私、他のことは疎かにはしておりませんの。ただ、自由な時間をそこに全て費やしていると言うだけで……」
「まぁ、やりたいことがあるのはいいことじゃないのか。趣味というものは生活を豊かにすると言うだろう」
俺は無趣味ではあるが周囲の者には大抵なにか好きものがある。それが人でも、物でも行為でも。ヴィオラにとってのそれは小説なのだろう。そのような存在があること自体も素晴らしいし、貴族であるからこその様々な対応や役割は優しい彼女には辛いのではと考えていたので支えがあるようで良かった。
「……そう言って貰えて嬉しいですわ」
「で、俺になにかできることは?」
今まで何も出来なかったんだ。出来ることがあれば、してあげたい。湧き上がった感情を抑えられず俺が口角を上げて声をかけると、ヴィオラの顔にぶわりと赤みが増す。
「え、そ、そんな!」
ブンブンと手を振り回した後、諦めない俺の様子を見て心を決めたようにキュッと胸元で握りしめた。
「で、では、それでは手を、触らせて……いや、私を抱きしめていただけませんか!」
上擦った声を大きく上げてヴィオラは宣言した。
「え?」
「以前、そういう描写を書いた時、担当さんに書いていることがふわふわしていてリアリティがないと……」
思っていた数倍、積極的な発言に驚かされる。恥ずかしそうにしているのは尤もだが、それを俺に発しようとするとは。
俺の知らなかったヴィオラの新たな一面だ。
今まで俺は何故、ヴィオラが物語を書いているということを知らなかったのだろう。こんな素晴らしいことを見逃していたなど勿体ないのに。
「でも、それが無理なのであれば、やらなくてもいいのです」
俺が断るのが当然だとでも言うようにヴィオラはヘラりと弱々しい笑みを浮かべる。
無言でウキウキと1人でに盛り上がっていたのが否定に捉えられたらしかった。
だけど、そんな顔をされると更に駄目だ。狂おしいほど愛しいという感情が溢れる。
椅子から立ち、ヴィオラを抱き寄せる。
彼女の体からふわりと花の香りが漂った。
「……ありがとうございます」
「あぁ」
空中を漂っていた両手が不安そうにフラフラと背中に回ってくる。その手が小さくて、触れる体が柔らかくて。ふとした瞬間に壊してしまいそうなほど脆そうで、可愛い。
あぁ、ずっと甘やかしてやりたい。
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