謎を集めた短編集

ノック

それは、
大海の奥底に眠る遺跡のようで
街の片隅に忘れ置かれた小石のような話。

あなたは、
こんな話を知っていますか？

ノック、
とんとんと扉を叩くこと。

あるいは、
扉の向こう側の住人を
呼ぶためのアクション。

玄関は 寺院の入り口という意味で
鎌倉時代に伝来し
室町時代に高度な発展を遂げ
公家や武士の屋敷に取り入れられ
やがて 屋敷の入り口を
玄関と呼ぶようになった。

玄関、
外と内を隔てる場は
節分では豆撒きをする場の１つであり
玄関を守るということは
不浄を招き入れないという意味で
民間伝承ながら古くから信じられ
諸説あるが
玄関に塩を撒くという言葉も
そこから取られているらしい。

今では、
玄関ベルに
ドアモニターという便利なモノがあり
家主に会う場合
ノックではなく 玄関ベルを鳴らすのが
一般的だけど 玄関ベルが無い時代
ノックの音が聞こえても
むやみに開けず「どちら様ですか？」と
声をかけ 返事が返ってきてから
開けるのが一般的だった。


これは、
私の友人の
98歳になるお爺ちゃんから聞いた話。

お爺ちゃんがまだ
小学生だった頃
家族が出かけてて
自分1人の時に
玄関からノックの音が聞こえ
玄関の前に立つと
すりガラス越しにシルエットが見え
「どちら様ですか？」と
いつものように言ったら
「郵便局です」と声が聞こえ
「は～い、
今開けます」って言って開けようとして
お爺ちゃんがすりガラスに近づいた瞬間
シルエットがうねり始め
激しくノックする音と共に
「郵便局です郵便局です郵便局です
郵便局です郵便局です郵便局です…」と
声が聞こえ
怖くなったお爺ちゃんは
玄関を開かず
玄関から離れた畳の部屋まで戻ると
毛布をかぶって
親が帰って来るのを待ってたんだとか。

今も時々「もし、
あの時 玄関を開けてたら
どうなってたんだろう…」と
お爺ちゃんが言うことがある。


玄関ベルにドアモニターがあるからといって
むやみに開けると何が起きるかわからない。

玄関は、
外と内を隔てる場なのだから…


おしまい