21 / 35
21
しおりを挟む12月24日は、予定通りにクリスマスパーティーをした。
15時頃に葉一先輩たちはやって来た。国産の大きなファミリーカーをガレージに入れて、先輩と恵介さん、その妹や弟、さらにこれまた絵に描いたような長身イケメンのいかにも仕事が出来そうな恵介さんの恋人を迎え入れる。
玄関で挨拶をしようと、3人で待ち構えていたのだが、
「初めまして、と思ったけれど、なんだ、輝利哉くんのお家だったんだね」
と、長身イケメンのお兄さんが言った。
「高城さん、お久しぶりです。最近は店で見ないですけど、なるほど恋人が原因だ?」
「あはは、まあ、そうだよ。恵介くんが美味しいご飯を作って待っていてくれるからね」
照れたように笑う高城さんは、どうやら輝利哉の店のお客さんのようだ。
世間は思っているよりもとても狭い。
例えば俺は逃げられていると思っていたけど、兄は案外近くにいた、というふうに。
やめだ。今は兄のことは考えないようにしよう。それで今この瞬間を目一杯楽しむんだ。
……これが俺の、最後の良い思い出になるかもしれないから。
「いつまでも立ってないでさ、中で座ってお菓子でも食べようよ!えーっと、先輩の妹ちゃんと弟くんのお名前は?俺、たくさんお菓子買って来ちゃったからさ、みんなでわけよう!」
努めてニッコリ笑顔を浮かべて、俺はいつも通り呑気に言った。それからみんなでリビングへと落ち着いて、お菓子を食べながら自己紹介をした。
輝利哉と恵介さんはキッチンへ。恵介さんの事が好きすぎる高城さんもキッチンに立った。
朔は葉一先輩の一番下の弟、海斗くんに何故か気に入られ、そしてかつては俺の面倒を見ていた朔だから、まるで休日のお父さんみたいに海斗くんと走り回って遊び出した。
俺もああやって追いかけっこしたな、なんて思い出して若干複雑な思いを抱いた。6歳差は、今ではそこまで気にならないが、小学生の自分からすればかなり歳上に思っていたことを思い出す。
俺はというと、ソファに座って女子2人とおしゃべりを始めた。葉一先輩の妹である香奈ちゃんと真梨ちゃんは、顔は似ているのに先輩とは真逆の、天真爛漫な可愛らしい女の子だった。
しばらく世間話をしているうちに、チョコレートでコーティングされたポテチを食べながら香奈ちゃんは言った。
「侑李くん、どうしてそんなにお肌が綺麗なの?何か手入れしてる?」
と、おしゃれに敏感な歳の香奈ちゃんが言う。すでにお友達という雰囲気だった。
「別に何もしてないよ?というかさ、自分で言うのもなんだけど、Subってちょっと外見得してるよね」
一瞬、香奈ちゃんも真梨ちゃんも、すぐそばで俺たちの会話に聞き耳を立ててスマホを見ていた葉一先輩も、一様に強張った顔をした。
「おっと、ごめん!第二性の話はダメだよね!さすがにデリカシーがなさ過ぎた」
俺は別に気にしていない、とは、まあ、言い切れないけれど、それでもこうして自分からネタにしてしまえる位にはどうでもいいと思っていた。
でもみんながみんなそうじゃない。それを、ついうっかりと忘れてしまう。
「なんでダメなの?恵介お兄ちゃん、すごく綺麗でカッコいいよ?Subって、ダメなことなの?」
なんて突然言ったのは、今まさに朔に宙吊りにされている海斗くんだった。正直俺はあまり小さい子が好きではない。うるさいし泣くし鬱陶しいとも思っている。でも、海斗くんの、本気で疑問に思っているその表情に、何とも言えない感情が湧いた。
何も知らないくせに、と思う俺もいる。でも幼い子の純粋な感情に、どこか救われたような気もするのだ。
「全然ダメな事じゃないよ。もちろん言われて嫌な人もいるよ?でも、兄ちゃんみたいに、幸せなSubもいる。理人さんみたいな人とね、幸せになれたのもSubだからだよ。侑李くんだってとても綺麗でカッコいいでしょ?兄ちゃんも侑李くんも、辛いことはあるけど大事にしてくれる人と出会って幸せになれる。全然ダメなことなんてないよ」
キッチンから出て来た恵介さんが海斗くんを朔から受け取って抱き上げ、言った。それから優しい顔で、俺を見る。
「でも、確かに俺たちは恵まれた容姿で産まれるよね。あ、俺がハーフだからじゃないよ?普通に、華奢で可愛らしい子が多いのは事実だと思うんだけど」
俺はこの人みたいにはなれない。
これまた唐突にそう思った。
俺はただ、自分の境遇を理解して開き直っているだけだ。でも恵介さんは違う。ちゃんと受け入れているんだ。
口ではどう取り繕えても、根本から考え方が違う。もちろん得て来た境遇も環境も違うし、出会って来た人や遭遇して来た物事だって違うから、同じにはなれないことはわかっている。
俺は多分、本当に兄の側の人間なのだろう。
結局は自分すらも利用できる何かのひとつなのだ。自分が生きるためならば、どんなことだってやる人間だ。
これからどれだけ時を得たって、俺は恵介さんみたいに幸せにはなれない。全て受け入れて誰かに身を任せて、それを幸せだなんて思えない。
そもそもSubに産まれたことを、輝利哉や朔と出会って、再開しても、本当の意味で幸せだったなんて正直思っていない。
結局Domである2人に幸せにしてもらえるのは、Subである俺だ。俺自身ではない。
そんな風に考えてしまう時点で、俺には何が幸せで、何がそうじゃないかなんて結局はわからないのだ。ただその場しのぎで、楽に生きられる方法を模索していただけで。
「ごめんね!恵介さんの言うとおり幸せになれる。絶対とは言わないけど。俺はさ、これも個性だって思ったら別に気にならないから、ついうっかりしちゃった。あ、ねえ輝利哉、お酒ないの?せっかくだからみんなで飲もうよ!」
笑って誤魔化して、体良く言葉を選んで、俺はそうやって生きて来たし、これからもそうなのだ。
「まだ早い時間だけど、クリスマスくらいはいいか」
そう言って輝利哉はキンキンに冷えたピンク色のボトルを2本、リビングへと持って来た。
「あまり飲みすぎるなよ。調子に乗るとこっちが大変だ」
朔が俺を睨み付けて言う。調子を合わせるように葉一先輩も言った。
「兄さんもほどほどにしろよ。困るのは高城さんなんだし」「僕は全然平気だよ!むしろ有難いよ。程よく酔った可愛らしい僕の天使に会えるからね!」
一瞬この完璧超人みたいな高城さんが何を言ったのか、理解が追いつかなかった。葉一先輩や香奈ちゃんたちの無反応から察するに、どうやらいつもの事のようだ。
「やめろよ、その恥ずかしいやつ!」
「どこが恥ずかしいの?こんな言葉じゃ君の美しさや可愛らしさ、素晴らしさを表現するには足りないよ?」
「理人さん!良い加減にしてくれ!」
などと言い合っているけれど、恵介さんもなんだか満更でもなさそうだった。初めて見るタイプのプレイだな、なんて思った。
お酒が飲めるメンバーはシャンパンのグラスを手に、未成年はソフトドリンクで、あらためて乾杯と声を上げた。
引き続き俺は香奈ちゃんと真梨ちゃんと、時々葉一先輩と話をして、それから徐々に出来上がった料理をみんなで囲んだ。恵介さんの筑前煮やその他家庭的な料理はどれも美味しくて、輝利哉の見栄っ張りな料理とはまた別の満足感があった。もちろん輝利哉の料理だって美味しいけど。ちなみに恵介さんがせっせと副菜やサラダを作る横で、輝利哉は一羽丸ごとチキンを焼いていた。スパイスの効いたチキンは美味かった。
食事の後は大きなホールケーキを食べた。これは高城さんがデパートで買って来てくれたもので、有名店の数量限定のケーキには、たくさんのイチゴとチョコのデコレーションが乗っていた。
お腹いっぱいで少し酔っ払った俺は、トイレに行こうと席を立つ。程なくしてトイレから出ると、目の前に恵介さんが居た。ニッコリと微笑む顔は本当に綺麗で、間近で顔を合わせると少し気後れする。
「侑李くん、大丈夫?」
「ん、そんなに酔ってないよ?」
てっきり飲み過ぎで体調不良を心配されているのかと思ってそう答えた。でも恵介さんは苦笑いして言った。
「そうじゃなくて、ずっと何か考え事してるのかなって思ってて。悩んでるなら話聞くよ?」
ドキリと心臓が跳ねる。自分では平静を保っていたつもりだったのに、まだ2回しか会っていない人にそんなことを言われるとは思わなかった。
「俺もさ、そうやって誰にも何も言えないで、ずっと家族に隠して来たんだ。体を売って稼いだ金でみんなを養ってるなんて言えないから。Subって自分さえどうでも良ければ案外生きるのは簡単だと思う。俺たちには需要があるからね」
そう言った恵介さんの笑顔には、明らかに俺と同じ種類の強かさがあった。自己満足の忠告よりも、現実的な共感の方が余程理解できる。
「でも長くは続かないよ。だから早めに相談できる場所や人を見つけた方がいい。俺は多分、普通のSubよりも話を聞いてあげられると思う」
恵介さんは徐に自分の着ている服を捲った。白いハイネックのセーターの下には、陶器のような白磁の肌が見える。が、そんなことよりも、その肌を埋め尽くす残酷な拷問の痕に目が釘付けになった。
普通にプレイをして欲求を解消するだけでは、決して出来ないような裂傷や打撲、根性焼きのようなそれらの傷痕は、恵介さんがどんな思いで生きて来たのかを如実に語っていた。
俺にも心当たりがある。左の首の傷だけじゃない、全身の至る所に消えない傷痕があるし、それだって同じようなものだ。お互いに、かなり底辺を歩むSubであることがよくわかる。
「Domがみんなこんなことするわけじゃないし、輝利哉さんや朔さんがそうだとは思わないけど、我慢はしない方がいいよ?誰かに相談したらさ、案外全部上手くいくこともある」
「……そうだね。その通りだと思う」
俺はニッコリ微笑んだ。恵介さんの目を見て、それからこう言った。
「でも勘違いだよ。悩んでるように見えたなら申し訳ないけど、俺が考えてたのはさ、恵介さんたちが帰った後、輝利哉と朔とクリスマスえっち楽しみだなってことね!俺結構激し目のプレイが好きだからさ、明日立てないくらい攻められたらどうしよう、って考えてただけだよ!」
あはは、と笑って俺は恵介さんの横を通り過ぎ、リビングへと戻った。
恵介さんは俺が近付いてはいけない人間だ。
不用意に近付くと、俺の心のドス黒いところを、全て見透かされてしまう気がする。
性格や容姿は違っても、俺と恵介さんはどこか似ているんだと思う。強かに生きることを知っている。
気を付けなければ、と俺は貼り付けた笑顔の裏で考えていた。
同時に、何かが何処かから露呈する前に、輝利哉と朔から離れて兄の元へ帰らなければ、と、俺はずっと考えていた。
9
お気に入りに追加
422
あなたにおすすめの小説
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
中華マフィア若頭の寵愛が重すぎて頭を抱えています
橋本しら子
BL
あの時、あの場所に近づかなければ、変わらない日常の中にいることができたのかもしれない。居酒屋でアルバイトをしながら学費を稼ぐ苦学生の桃瀬朱兎(ももせあやと)は、バイト終わりに自宅近くの裏路地で怪我をしていた一人の男を助けた。その男こそ、朱龍会日本支部を取り仕切っている中華マフィアの若頭【鼬瓏(ゆうろん)】その人。彼に関わったことから事件に巻き込まれてしまい、気づけば闇オークションで人身売買に掛けられていた。偶然居合わせた鼬瓏に買われたことにより普通の日常から一変、非日常へ身を置くことになってしまったが……
想像していたような酷い扱いなどなく、ただ鼬瓏に甘やかされながら何時も通りの生活を送っていた。
※付きのお話は18指定になります。ご注意ください。
更新は不定期です。
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話
みき
BL
全寮制男子校でモテモテな男の子の話。 BL 総受け 高校生 親衛隊 王道 学園 ヤンデレ 溺愛 完全自己満小説です。
数年前に書いた作品で、めちゃくちゃ中途半端なところ(第4話)で終わります。実験的公開作品
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる