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 輝利哉、朔との暮らしは、いざ始まってみるととても楽しかった。

 まるで昔の頃を思い出して、離れていた数年なんてなかったかのようだ。

 散々逃げ回ったけれど、結局俺はふたりを心底恨んでいるわけじゃない。ショックはショックだったし、落ち込みもしたけど、その後の自分がやってきたことは、結局自分の責任だ。会いたくなかったのは、落ちぶれてしまった自分を知られるのがイヤだったからだ。

 それを認めたくなかったから、ふたりの所為にして逃げようとしていただけだ。

 過去は変えられない。だから、俺はこれからはちゃんとした人間になる。輝利哉と朔に迷惑はかけないし、真面目に大学へ通って卒業する。

 輝利哉と朔が俺に望んでいるのも、ただ大学を無事に卒業して欲しい、ということだった。

 そういえば、アパートが解約されていたのは朔の所為だった。俺のスマホに管理会社からの着信が大量にあり、掛け直してみると、家賃の滞納が続いているため、早急に出ていってくれ、との話だった。

 朔は滞納分の家賃を支払い、すぐに部屋を開けた。俺の少ない荷物は、きっちり豪邸のどこかに片付けられてしまったのだ。

 そんな風に、朔も輝利哉も、着々と手を回して俺を追い込んでいた。長谷のことも、突然セフレやパパ活相手と連絡が取れなくなったことも、きっとふたりが何かしたんだと思う。怖くて聞いてないけど。

 結果的に俺は今の生活を気に入っている。

 欲しいものはなんでも買ってくれるし、どこにいくにも車で送迎してくれるし、輝利哉のご飯は美味しいし、朔が家事全部やってくれるし、大学以外の時間は広過ぎる家の中でただボーッとテレビを見たりしているだけで、誰にも何も言われない。

 そして時々どちらかか、あるいはふたり同時にplayやセックスをする。ドロドロに溶かされて、甘やかされて、疲れてぐっすり寝る。

 最高だ!これが俺の望んでた生活だ!

 何もしなくていいと何もする気にならない。人って堕落する生き物なんだな、と身をもって実感する。

 二週間も経つと、本当にこれでいいのか?と疑問を抱くのもやめてしまった。

 そんなある日の大学で、久しぶりに葉一先輩と出会った。

 冬の気配が濃くなり、中庭で昼食を摂るには寒い日が続いた。あと一月もすればクリスマス、という時期に来ている。

 室内で昼食を摂るようになると、必然的に葉一先輩と会うこともなく、学生の多い大学の中で、他学部の先輩と偶然出会うこともなかった。

 輝利哉と朔にお小遣いを貰うようになったから、毎日の昼食は学食で好きなものを食べることができるようになった。

 幼少期に十分な食事を摂ることができなかったせいか、俺は意外にも沢山食べる方なのだ。自由にできる金があるときには、出来るだけお腹いっぱいにしたい、という思考が働く。

 それで、唐揚げ定食のご飯大盛りに、カレーも食べようかなと食券を買ったところで、後ろに並んでいるのが先輩だと気付いた。

「先輩!久しぶり!」
「ああ、久しぶりだな……」

 先輩は俺がメニューを選ぶのを見ていたようで、少し気まずそうな顔をしていた。

「お前、めちゃくちゃ食うな。おれの弁当だけじゃ足りなかったんじゃない?」
「そんなことないよ?先輩のお弁当は美味しいし。今日は学食なんだ?」
「朝寝坊して慌ててたから忘れて来た。お前こそ金ないとか言ってたけど、バイトでも始めたのか?」

 それがね、と俺はふたりの幼馴染の家に居候させてもらっていることなど、掻い摘んで事情を話した。

 話しながら食券を引き換え、なんとなくふたりで席に着く。先輩は普通量のカレーにスプーンを突き刺しながら、俺の話を黙って聞いていた。

「ものすごく広い家にさ、ホテルみたいな風呂とかあって、俺今セレブの気分を味わってんだよね」
「偶然再会した幼馴染が、お前を囲うためだけにデカい家を建てて、学費を出したり小遣いをくれる、なんてそんな都合の良い話があるか?そもそも何やってんの、その幼馴染って。六歳上って言ってもまだ二十代だろ?」
「ひとりはバーとかクラブの経営者で、もうひとりは警察官だよ。多分収入は経営者の方が多いと思う」

 輝利哉は週に二、三度、夜に自分の経営する店に顔を出しに行く。それ以外の時間は何をしているのかわからない。自分の書斎に籠っていたり、時間が合えば買い物に連れていってくれる。

 俺に使った金額は、朔より圧倒的に輝利哉の方が多いだろう。まあ、朔とは日中に出かけることは余りないし、三人で買い物に行っても支払いはいつも輝利哉だ。

「なんか怖いな。裏がありそうだ。ま、おれはお前の幼馴染を知らないし、お前が信用してるならそれでいいと思うけど」

 心配性の先輩は、それ以上踏み込んで聞いてくることはなかった。

 お互いに昼食を終え、またね、と言って別れる。

 講義室へ向かう間、俺は先輩の言ったことを考えていた。

 確かに、今自分の身に起きていることを客観的に考えてみるとおかしな部分がないわけじゃない。

 俺にとって都合が良すぎる展開ではあるのだ、実際に。

 幼い頃大好きだった幼馴染が、自立した大人ではあれど人を養って有り余る経済力を持っていて、若くして豪華な一軒家を建てるなんて有り得るのか?

 輝利哉の経営する店は、俺の知る限り人気の店舗ばかりだ。大学生が気軽に入れるポップなクラブから、大人の男女が静かに酒を嗜む小さいけれど洒落たバーなど、どれも駅近の一等地に店を構えている。

 各店舗に店長がいるから、普段の経営は任せていると輝利哉は言っていた。だから自分は家で最終的な決算や各店舗からの要望なんかをまとめて対応するだけでいいんだよ、と。

 そんな簡単な仕事で、あの豪邸が建つのか。是非俺もやりたい。いや、それはともかく……

 クズな俺だからすぐに悪いことを考えてしまうのだけど、もしかして何か如何わしい商売でもしてるんじゃないか?

 それが俺を飼うためにやっているなら、少々複雑な気分ではある。

 兄といた時なら、周りの誰かが盗みを働こうが、他人を陥れようが、薬をやろうがなんだろうがどうでも良かった。手を貸したとしても自分が捕まらなければそれでいいし、あとは皆さんご自由に、と思っていたんだけど。

 もし輝利哉が危ないことをしているのなら、止められるのは俺だけなんじゃないか?と、朔が刑事であることなんてすっかり忘れて考えていた。

 そして、迷っていてはことを仕損じる、という己の信条に基づいて、俺は行動を起こすことにしたのだ。

 ふたりと暮らすようになってから停止していた思考を、ムダに働かせて。

 大学終わりに輝利哉のスマホに、『今日は先輩とご飯に行く』とメールを入れた。ちなみに、ふたりと暮らすようになって新しく渡されたスマホだ。輝利哉と朔の連絡先しか入っていない。五秒も経たないうちに既読が付き、すぐに着信が来た。

『侑李?先輩って誰?』
『あー、経済学部の倉持葉一って人。たまに話したりしてるんだけど、今日暇だから外で夕飯食べようってことになってね……あれ、輝利哉?聞いてる?』
『聞いてるよ……侑李、なんか嘘付いてる?それとも隠し事?浮気じゃないよね?』

 自分の信頼度の低さに、一瞬目の前が暗くなった。日常的に嘘をついたりはぐらかしたりする俺の性格を、輝利哉はよくご存知なのだ。

『嘘なんて付いてないし浮気なんてしないよ。ひどいよ輝利哉お兄ちゃん、俺のこと全然信用してくれないじゃん……』

 ズズ、とスマホに向かって鼻を啜る。輝利哉がクスクス笑う声が届く。

『冗談だよ。楽しんでおいで』

 最後に歯の浮くような甘い声で愛してるよと言われ、はいはいと答えて通話を終える。

 輝利哉も朔も、俺がお兄ちゃんと呼ぶのに弱い。バカめ。

 そんなわけで、これで夜まで自由な時間を手に入れたわけだ。本当は遊びに行きたかったけれど、クズな俺はもういないのだ。

 俺が輝利哉の悪事を暴いてやる。

 一応、勝手に名前を使ってごめんね先輩、と心の中で謝っておく。

 俺は暗くなるまでの間、大学の図書館で暇を潰し、頃合いを見て夜の街へ向かった。

 狙うは輝利哉の経営する店舗でも、特に怪しいと勝手に思っているバーだ。
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