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しおりを挟む思った通り病院で目を覚ますと、意識が戻ったことに気付いた看護師が医者を呼んだ。
しばらくベッドの上でボーッとしていると、白衣を着たおっさんがズカズカと個室の部屋へ入ってくるなり、盛大に溜息を吐いた。
「お前、これで何度目だ?今度はどんな理由があって血糖降下薬なんて飲んだんだ?」
怖い顔で詰め寄ってくるこの医者は、井ノ原敏雄といって、この総合病院で全国でもまだ少ない第二性専門の医者をしている。
この辺りに住む第二性持ちは、必然的に彼が掛かり付け医となるのだが、俺はこの人が苦手だ。会うたびに説教されるから。
「差し迫った問題が起きたんだよ。監禁されてて、そこを出るためにはやむを得なかったんだ」
「はいはい、わかった。んで、今回は何やらかしたんだ?」
コイツ、俺の話を聞いてなかったのか?監禁されていたのは俺で、何もやらかしてないが?
「そんな顔をしても、お前の言うことは信じないって決めてるんだよおれは!!」
鼓膜が破れそうな程の怒鳴り声だ。まあしかし、怒られたって仕方のないことをした自覚はある。
それにこの医者が言うように、俺は何度もここで世話になっている。
前回はいつだったか、何をしたか覚えていないけど。つまり反省していないということだ。
「はいはい、ごめんね!」
「おれは人として、お前のことが嫌いだがな、医者としては見捨てることなんてできない。だから何度でも言う。いい加減に自分の命を大事にしてくれ……やれ手首を切っただの、なんか薬を飲んだだの、そういうのは子どものすることだ。お前ももう少し大人になれ」
真剣な目で諭すように言ってくる。いつものことだ。
俺が初めてこの医者と出会ったのは、高校一年の夏だった。
優しかった幼馴染ふたりに裏切られ、拠り所を無くした俺には、Domである兄の光貴しか頼れる人がいなかった。
なんでも光貴の言いなりで、そうしている方が楽だとすら思っていたから、自分が何をしているのかもよくわからないまま、少しずつ道を踏み外していった。
最初に手を出したのは、万引きとかそういう小さな犯罪だった。兄に言われるがままに盗みを働き、そんなことをしていると類は友を呼ぶようで、いつのまにか周りは不良というか、世間から弾かれた仲間が集まっていた。
表向き工務店でマジメに働いていた兄だったけど、その裏で悪い仲間と連んでいたことを、高校生になってから知った。
兄はとてもコミュニケーション能力が高い。家では寡黙で、ほとんど話をすることもなかったが、外では違った。仲間想いで頼れるアニキであり、怒らせると何を仕出かすかわからないリーダーでもあった。
多分、こういう人間をサイコパスだというのだろう。俺はそんな兄が恐ろしく、逆らうなんてことは考えられなかった。Subとしての本能を抜きにしても、敵にしたくない、そんな存在だった。
そんなわけだから、言われるがまま色んなことをした。Subであることを利用してDomを誘い、playの相手をして油断させ金を盗む、なんてことを平気でやった。
嫌がるふりをして兄やその仲間を呼び、警察に突き出されたくなければ金を出せ、なんてことにも加担した。
街で同じSubを見つけて、何も知らない彼らを飢えたDomに売ったこともある。
どんどん引き返せないところまで堕ちていく。わかっていたけど、見返りとしてもらえる金額が増える度、もう抜け出せないな、と諦めてもいた。
ある時、ちょっとしたミスが重なって、playの途中で相手のDomに騙していることがバレてしまったことがあった。当然相手は怒りだして、本気で殴りかかってきた。俺は咄嗟に相手を突き飛ばし、運が悪かったとしかいえないが、相手はサイドテーブルの角に頭をぶつけてしまった。少なくない血が出ているのが見えたし、それからピクリとも動かなくなって、俺は呆然と倒れた男を見ていた。
死んだかも、と不安になって、でも確認するのも怖くて、縋る思いで兄を呼んだ。そして、兄は言ったのだ。
『お前、どこでもいいから今すぐ切れ。もしコイツが死んでも、正当防衛だってことにできるように。お前が死んでコイツが生きていても、未成年に手を出すクソだってことで誰もコイツの言うことなんて信じない。両方生きていたら、痴情の縺れだとか言えばいい。どちらにしろコイツは終わりだ。ま、どっちも死んだ方が、俺としては簡単でいいんだけどさ』
差し出されたバタフライナイフを見つめながら、兄の言った言葉の意味を考えた。そんなに簡単に済む話じゃないだろ、と思った。でも、兄が言うのならその通りなのかもしれない。完全に思考が停止していた。
結果、俺は差し出されたバタフライナイフで、自分の首を切った。今でもその時の、大量の血を失い、徐々に体から力が抜けていく感覚を覚えている。
俺の首の左側には、未だに薄らとその時の傷跡が残っている。それを見るたびに兄の恐ろしさを思い出す。
同時にあの時に死んでおけばよかったのにな、と後悔もする。躊躇いがちに刃を立てたせいで、この通りすっかり元気になってしまったから。
相手の男がどうなったかは知らないが、後から兄に聞いたところ、意識を取り戻した男は慌ててホテルから逃げたそうだ。それを確認してから、兄は救急車を呼んだ。
目が覚めたとき、俺はパートナーに捨てられて自殺しようとしたことになっていた。メンタルケアだとか何とかで、井ノ原先生と知り合ったのはこの時だ。
退院した後も度々、被害者のフリをしたり、Commandから逃げるために自分の体を犠牲にして、病院に運ばれるや最終的に井ノ原先生に説教を喰らうこと繰り返した。
輝利哉には悪いけど、今回の手口もカツアゲの常套手段だ。こうして目の前で気絶してみせ、焦った相手に兄やその仲間が詰め寄るのだ。金を出せ、そしたら黙っててやるぞ、と。
そんなことばかりやっているから、井ノ原先生は俺を嫌いだと言う。俺も俺が嫌いだけど、仕方ないものは仕方ない。俺にはこうするしか生きる道がなかったのだから。
多分、先生は気付いている。俺が何をしているかを。そしてきっと、これが病気だと考えてる。警察に突き出すなりしてくれればいいのにな、と思う。俺はSubだから、Domに命令されて仕方なく手伝ったと言えばかなり減刑される。
でもあえてそうせず、井ノ原先生は俺を治したいと思ったいるのだ。
断言するけど、クズは決して治らない。Subという忌まわしい第二性が、薬や手術で治らないように。
「もうわかったよ!でも仕方ないじゃん。Commandを言われたら逆らえないんだもん」
「だからって自分の体を傷付けるな。お前、この手の怪我はなんだ?こういうのはちゃんと病院で診てもらえ、アホが」
そう言いながら、俺の左手をバシバシと叩いた。
「とか言いつつ、ちゃんと手当してくれる先生は優しいよね」
「その分きっちり治療費は請求するけどな!」
それで思い出した。俺、今無一文に等しいのだった。
「そんなこと言われても、俺今本当に金欠でさ。あ、体で払おうか?それなら俺にもできる」
「いらん!!気色悪いこと言うんじゃねぇ!!」
「気色悪いって、酷過ぎるよ……あのね、世の中は多様性の時代だよ?第二性を抜きにしても、同性愛だって認められるべきだと俺は思うね。先生は先生なのに差別するの?最低だね」
この野郎、と井ノ原先生が俺の頭にゲンコツを落とす。痛みに目の前がチカチカした。病人に手を出すなんて、本当に酷い医者だ。
「なんにしろ金は請求する。お前のあの新しいパトロンにでもな!」
はて、誰のことだ?と一瞬悩み、輝利哉のことを思い出した。それなら何も問題ない。
「輝利哉はパトロンじゃないけど」
「まさかパートナーとか言わないよな?それか恋人か?」
「どっちでもないしアイツがパートナーとか恋人なんて絶対に嫌だ」
「今さっき差別だとか言ったのはお前だろうが」
やれやれ、と井ノ原先生は疲れたように首を振る。
「何であれ、退院は明日だ。今日は飯食って大人しく寝てろ」
はーい、と返事を返すと、井ノ原先生は呆れた顔のまま病室を出て行った。
しばらくして夕食が運ばれてくる。さっぱりした味付けの、特に美味くも不味くもない食事を終えて、素直に横になった。
ウトウトしてるうちに消灯時間を迎えたようで、看護師が機械のように部屋の電気を消していった。
病院全体が、シーンと静まり返る様はまるでこの世の終わりを思わせる。本当に幽霊が出そうだな、と毎度思うのだ。
そんな丑三つ時、俺は患者の服を脱ぎ捨てて、丁寧に畳んで置いてあった自分の衣服に着替えると、そろそろと足音を忍ばせて病室を出た。
ナースステーションは明るい。二、三人の看護師がパソコンを前に仕事をしていた。俺はナースステーションの前のカウンターに隠れると、猫みたいに四つん這いで通り過ぎる。
毎回お馴染みの逃走手段だが、これが案外上手くいく。
明かりの届かないところまで進み、非常階段を駆け降り、夜間の出入り口から外へ。
こんなことばかりしているから、井ノ原先生に嫌われているのだけれど、明日まで待っていると輝利哉か朔か、最悪ふたりともが揃って迎えにきてしまう。
心の中でごめんね、と一応謝りつつ、俺は夜の街に逃げ込んだのだった。
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