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しおりを挟む秋口の早朝は肌寒かった。とはいえ、照り出した太陽のせいで日中は暑くなる。全然秋らしくない天気に毎日うんざりする。
日中は大学があるため、どれだけ夜遊びしても必ず一度は自宅に帰るようにしている。
大学生になってから一人暮らしを初めて、二年目なわけだけど、最近とある問題を抱えている。
安っぽいアパートに辿り着き、自室である一階の角部屋の前まできて、俺は思いっきりため息を吐き出した。
玄関ドアに白い紙が貼ってあるのだ。『秋川侑李様』と、丁寧にもフルネームを記載した紙だ。
それはここ数ヶ月見慣れたものになりつつあった。
簡潔に言えば家賃の督促状だ。最初のころは、『何月分の家賃の支払いがまだです。すぐに支払ってください』というそっけない文章だけだったが、何度も支払いが遅れた今、『滞納が継続する場合、然るべき対応をさせていただきます』という文章が追加された。
ポストの中にでも入れてくれればいいのに、これでは『104号室の秋川さんは家賃滞納の常習犯』と他の住人に知らしめているようなものだ。そういう嫌がらせなのかと疑う。まあ、滞納している俺が悪いんだけど。
督促状を剥ぎ取って丸め、玄関を開けて中へ入る。
六畳一間、バストイレ付きだけが取り柄のような狭くて古い部屋は、畳の上にパイプベッドとローテーブルがあるだけの殺風景なものだ。
寝に帰るだけ、のつもりが本当にそうなのだから、特に困ることはない。
俺は今、自分の生活のほとんどをウリやパパ活で補っている。Subである俺の相手はもちろんDomだけど、適当にデートしたりplayの相手をしたりするかわりに、ご飯を奢ってもらったり、服を買ってもらったり、時々お小遣いをもらったりしてなんとか生活している。
派手に夜遊びしても支払いに困ったことはなかった。自分で言うのもなんだけど、俺は結構恵まれた容姿なのだ。その上Subであることを特に隠したりもしていないから、大学やクラブなんかで相手に困ったこともない。
何より今の生活を気に入っている。バカみたいに退屈なバイトをするのなんて絶対にイヤだし、苦しいのも痛いのも、我慢させられるのも好きだし、セックスだって楽しめる。
ただ、ひとつ困っているのが、現金が必要な場合が多々あることだった。
家賃しかり、光熱費しかり、学費しかり。
これまでは貰ったものを売ったりお小遣いをもらって凌いできたが、それにも限界があるし、みんながみんな現金や現金に変わるものをくれるわけではない。そのため時々間に合わないこともある。そうやって滞納、滞納、滞納……を繰り返した結果、『然るべき対応』に王手をかけたのだ。つまり、出て行ってもらうぞってことだろう。
「はぁ、風俗でも始めるかな……」
最初からどうにもならなくなったら、Sub風俗でもやればいい、と思っていた。高校の頃に必死で貯めた貯蓄もあったし、Subとういうだけで相手には困らない。そのうち、何度かplayした相手が食事に連れて行ってくれたり、色々と貢いでくれるようになって、そんな相手を増やしているうちに思った。
別に風俗で働く必要はないな。それより遊ぶ方が楽しいし。
そうやってダラダラと生活してきて、大学二年になり、前期分の学費を支払ったところで気付いた。毎月の固定支出と、今後の学費を考えるに、遊んでばかりでは近いうちに支払いが出来なくなる。
それから数ヶ月、すでに家賃滞納常習犯となってしまっている。
それでもまだ焦りはなかった。前述した通り風俗でもやればいいと思っているし、AVに出るのでもいい。いっそのこと誰か養ってくれないかな、とも考えている。
衣食住の心配なく、学費を出してくれて、適当にplayでもセックスでも相手して、たまに夜遊びさせてくれるご主人様になら飼われてもいい。いや、どうぞよろしくお願いしますと言いたい。
クズなのはわかっているけれど、Subに許される自由なんてそんなものだ。大学は卒業したいけれど、その後の人生がnormalやDomと同じように歩めるわけじゃないことはわかりきっている。
そもそも高校に入るのだって一苦労だったのだ。今自分が、第一志望だった大学に通えているのだって奇跡のようなものなのだ。
だから多くは望まない。適当に遊んで暮らせるならそれでいい。今が楽しければそれで、些細な困難なんてどうでもいい。
そんなことを考えているうちに大学の講義の時間が迫ってきたため、軽くシャワーを浴びて出かける準備を済ませる。
必要なものをリュックに詰め込んで部屋を出る頃には、太陽がアスファルトをジリジリと焦がし始めていた。
大学へは徒歩15分ほどで辿り着き、暑さから逃げるように校内へ入り、そのまま講義室へ向かう。
講義室ではいつも仲良くしているメンバーが、後方の席を占領していた。
派手な見た目の男女グループには、他の真面目な学生は近寄って来ない。むしろ出来るだけ関わらないように距離をとって席についている。
「よ、侑李!」
赤茶色の髪のガタイのいい男が声をかけてきて、俺はそのグループへと混ざる。化粧品や香水の匂いが混ざり合っていて酔いそうだ。
「昨日はどこ行ってたんだ?」
赤茶色の髪の隣に座る。ソイツは長谷という、このグループのリーダーみたいな存在だ。一番うるさくて一番カッコつけている、という意味で。
「いつもお小遣いをくれる人のとこ。ご飯奢ってもらった」
「またかよ。おれ、連絡したのにさ」
「ごめん」
長谷はDomだ。連絡したってのは、playに付き合ってほしかったってことだ。別にいつものことだけれど、長谷は飯を奢ってくれることはあれど、お小遣いまではくれない。必然的にコイツはいつも後回しにする。
ただ遊び仲間としては最高で、いつもどこかのクラブで派手に遊んでいる。親が金持ちなのだ。仲良くしておいて損はない。
その他のメンバーたちとたわいのない会話をしているうちに、講義室に担当教授がやって来て講義が始まる。
俺の専攻は社会学だ。高校一年の頃、自分の第二性がSubであることを知った。同時にSubが社会からどんな目で見られているのかも理解した。どうして、見た目や能力に差がないSubが世間から差別されているのか、そんな社会を変えるにはどうすればいいのか、Subである俺に何ができるのか、なんて純粋に考えてこの大学の社会学部を目指した。
そんな俺だけど、今ではSubであることを最大限に利用して、毎日夜遊びするような人間に成り果てている。
その上損得感情だけで人付き合いをして、誰が自分にとって利益があるかを毎日考えているし、その時々で一番貢いでくれる人を選んで生活している。
なんてヤツだ。こんなヤツが周りにいたら絶対に関わりたくない。
俺は自分に対して常日頃からそう思っているのだが、周りの常識のある人間も同じなのだろう、俺には頭のおかしい連中以外誰も話しかけてこない。
多分、今からどれだけ矯正されても、俺がSubである時点で真人間にはなれない。そこはもう、諦めがついている。
「今日も行くだろ、クラブ」
「もちろん」
講義中にこっそり耳打ちしてくる長谷に即答する。俺は自分がクズなのだと理解しているし、受け入れてもいる。
家賃のことは、とりあえず今考えるのはやめだ。何とかなるだろう、いつもみたいに。
この時はいつものように気楽に考えていた。
だけどそのことが、後に自分の首を絞めることになるのだった。
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