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 それから何日か経って、俺は確実にルーカスから貰ったリストを、上から潰してまわった。

 毎夜静かに灯の部屋を抜け出して、魔界都市のあらゆるところに住む復讐対象を見つけては、その家族もろともに消していった。

 そして朝になればいつも通りに、灯と署に出向く。

「ふぁ……眠い。灯、今日は天気が悪くていつもより眠いね」

 午後からの天候は芳しくない様で、この魔界都市にも今年最初の台風が接近中だった。

 空が薄暗いせいか、俺は何度もあくびをこぼして署に辿り着き、さっそくソファにふんぞり返った。

 ウトウトとし出した時だ。

「この前の殺人事件、あれまた署内で揉み消したらしいぜ」
「え、あの一家惨殺の?」
「ああ……それがさ、どこかの人外の偉い奴が関わってるとか、署の偉い人が関わってるとか、そんな噂ばっかでよくわからないんだけどさ、最近こういうの多くないか」

 マズイな、と俺は目を瞑ったまま思った。

 俺の復讐劇が露呈し始めている。今度からもう少しちゃんと隠して回らないと。

 それとも、疑った奴らを片っ端から消して回ればいいのかな。

 なんて事を考えていると、下っ端機動班の事務室兼待機室の内線電話が鳴った。それを取ったのは、運の悪い事に灯だった。しばし電話口でやり取りをして、受話器を置いた灯が言う。

「ルナ、カイリ、少し外回りの仕事ができた。一緒に来てくれ」
「ええ……そんな面倒なお仕事は誰か暇な奴に変わってもらえよ灯」

 耳の良い俺は、電話口のやり取りがしっかりと聞こえていたのだった。

 カイリは不思議そうに首を傾げて、俺と灯を交互に見た。

「スゴイです!!これってアレですか?阿吽の呼吸、以心伝心、テレパシーの類いですか?流石ベルセリウスの吸血鬼ですね!普通の吸血鬼にはない能力があるんですよね!?」

 興奮してそんなことを早口に捲し立てる。が、灯は苦笑いしていた。

「そんなわけないだろ!電話の声が耳の良い俺には聞こえてるってだけだって!普通に吸血鬼ならそれくらいできるだろ!」
「なんだ、そうだったんですね……僕はそこまで感覚が鋭いわけじゃないですから……なんだか残念です」
「おまっ、お前は俺をなんだと思ってるんだよ!?」
「ベルセリウス家の影の立役者、ルナリア様です!!」

 俺は静かに天井を仰ぎ見た。もうダメだ。こいつの口を、誰か強力接着剤でくっ付けてくれ。

「やめてくれって言ってんじゃん。俺は、ここにいる間は、ただのルナだって。そのベルセリウスがどうとか、そんなのを口にしないでくれよ……」

 要らぬ詮索をされたくない。署内に面倒そうな噂が流れ始めた今は特にやめて欲しいのだが。

 カイリは何かと俺を担ぎ上げるというか、反対回って貶めるというか。

「でも、」
「はい!この話終わり!終了!灯、早く行こう。市民がおまわりさんを待ってるから!」

 そう言って灯の背中を押して部屋を出た。カイリは不服そうについてきた。

 署を出て隣のパーキングへ向かい、社用車という名の覆面パトカーに乗り込んだ。灯が運転席、俺は助手席、カイリは後部座席へと尻を落ち着ける。

 この署にも一応こうしてパトカーやバイクなども置いてあるが、機動班の使用頻度はそんなに高くない。大規模な作戦か、室内で雑務か、そんな仕事ばかりだからだが、今日は珍しく灯は車で出掛けることにしたようだ。

 向かったのは車で10分のとある丁字路。突き当たりはのガードレールに一台の白い車が突っ込んでいる。そして突っ込んだ白い車に黒い車が突っ込んでいた。

 角地にあるコンビニの駐車場には、オロオロする店員と少量の野次馬。あと、なす術もなく、というか呆れた顔の制服警官2人。

 それから、言い合いをする人外が2人。

「テメェが前見てねえからだろうが!!」
「ですがこちらの道路の方が優先でして。あれ、止まれの白線、見えてない?左方優先の原則って、教習所で習いませんでしたっけ?」
「ナメてんのかゴラッ!?」

 スカジャンを着た金髪の、チンピラみたいな奴と、チェックのシャツをズボンにインした黒髪メガネの奴。

 どちらも違う方向に突出してウザいな、と俺は思った。どうにもならない人外に対して、制服警官は匙を投げたのだろう。そしてお鉢が人外のいる機動班へと、経緯としてはそんなところだ。

 ウザい言い合いをする2人へ、灯は無表情でバッチを出し、果敢にも割り込んでいく。

「やめなさい!一度落ち着いて!」
「うるせぇな!」
「何です?警察ですか?あのぉ、ちょっと出て来るのが遅いっていうか」
「いいから黙ってください!」
「テメェが黙れよ!」
「あの、口出しするのはよくわかるのですが、あなたに解決できます?ボクの車直ります?」

 俺はカイリと並んでそのカオスを見ていた。

「おお、これは見事な天使と悪魔だ」
「え、あの方々って天使と悪魔なんですか?」
「あんなわかりやすい気配の奴らはなかなかいないぜ?あの汚ねぇ金髪が悪魔で、童貞インキャが天使だ。吸血鬼歴300年の俺の目に狂いはないよ」

 そう言った瞬間、今まで言い争っていた2人が同時にこちらを見た。

「テメェ!!オレを硫黄臭いコウモリヤロウと間違えんじゃねぇよ!!」
「あのぉ、大変失礼な発言だと思いますけど。ボク別に童貞じゃないしこの鳩男と間違えないでください。名誉毀損で訴えますよ」

 俺は目を剥いた。

「ルナ先輩、思いっきり逆でしたね……」
「時代は変わったようだなぁ」

 と、しみじみしていると、再び悪魔みたいな天使と天使みたいな悪魔が口喧嘩を始めた。

 察するに、天使が運転していた白い車に、悪魔が運転していた黒い車が突っ込んだようだった。なら別に、天使の方が正しいんではないか、と俺は運転できないけど思った。

「大体ここの制限速度何キロか知ってんのか?ええ?40キロだよバーカ!!」
「でもボク急いでたんで。一旦停止しなかったあなたが悪いんではないですか?まあ、仮にボクが悪かったとしましょう。でもあなたも違反してますよね?」

 なるほど、わからん。

「カイリは免許持ってる?」
「僕は持ってないです。ルナ先輩も…?」
「そんなの持ってないよ。だって俺300年前に産まれたんだよ?車が普及して、一般市民のみなさんにとってお手頃価格になったのって割と最近だよ?それに俺ボンボンだからさ、普段は運転手付きリムジンなのよ」
「そんなくだらない事言ってないで何とかしろ!!」

 必死で間に入っている灯が怒った。

「ルナ先輩、こういう時どうしたらいいんでしょう?僕、一応半分は吸血鬼ですけど、あんまり強くないんです」
「こういう時はさ、やめなさーいって適当に仕事してるフリしておけばいいんだ。俺はそれで80年やってきた」
「ルナッ!!今日の晩御飯抜きだ!!」

 それだけは勘弁してくれ。

 俺は一応、形だけでも灯を手伝おうと一歩踏み出した。

 その瞬間、怒りが頂点に達した天使と悪魔が、バサッと羽根を広げて衝突しようとした。天使は手にドスを、悪魔は小型のナイフを持っている。これだから魔界都市は恐ろしい。皆普通に銃刀法違反するんだ。

 こちらへ視線を向けている灯は、一触即発の危機に全然気付いていない。

 俺にはこの一瞬がコマ送りのように見えている。で、俺がとった行動は、瞬時に天使と悪魔の間に割り込み、悪魔が持つ小型ナイフを、手首を蹴り飛ばして落とし、足をかけて引き倒す。同時に天使が下段に構えたドスを、手首を捻って奪い取る。そして俺は、右足の靴底を悪魔の胸に、天使から奪ったドスを、逆手にして天使の首にあてて止まった。

 まさに今、俺は悪魔の肺を踏み潰し、天使の首を切り裂いて制圧しようとした、のだが……

「止まれッ、ルナ!!」
 
 灯の怒鳴り声を聞いて、ピタリと動きを止めた。あとほんの少しでも遅ければ、俺は確実に人外2人を再起不能にしていただろう。

「っと、危なーい!血の海を作ってしまうところだった!」

 などとふざけて言った。やれやれ、という表情を取り繕って。

 静寂が耳に痛かった。野次馬すら、誰も何も言ってくれないことが不安で、俺は苦笑いしながら灯を見た。

 ……灯は、なんて言ったらいいのか、俺の見た事のない顔をしていた。困惑というか、衝撃というか。

 まるで信じられないものを見るような、そんな顔だった。

 そこで天使がヒュッと思い出したかのように止めていた息を吐き、悪魔が背中を打ち付けた衝撃を思い出したかのようにゲホゲホと咽せた。

「クソ、テメェ頭イカれてんじゃないのか!?」
「こ、これ、やり過ぎなんじゃないです?訴えますよ?」

 と、それまでと同じように言うのだが、俺を見る目にははっきりと怯えの色が浮かんでいる。

 俺は2人の人外から離れ、言った。

「悪いね!でも武器は良くないよ?まあ、あんた達の言い分もあるだろうしさ、何なら署で聞くよ?」
「絶対に嫌だ!」
「結構です」

 で、その場はそれで落ち着いてしまった。2人はお互いに自動車保険会社に連絡し、あとの処理は制服警官がすることになった。

「良かったね、丸く収まりそうで」

 今度は保険会社を通して争うのだろうな、と思ってはいたけれど、俺は灯にそう言った。

 灯はただ俺を見ただけで、何も言わなかった。
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