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 この最悪の環境のせいか、まるで現実逃避のように俺は自分の過去の、特に最初のバディである総司と出会った頃の夢を見ることが多かった。それはまさに、ゆっくりと流れる走馬灯のようだった。

 出会った頃の総司は、怖いもの知らずと言うか向こう見ずな性格で、俺はそれがものすごく鬱陶しかった。

 何度追い払おうがすり寄ってくる。本当に面倒な奴だった。

 しかしその夢の続きを見る前に、俺は強制的に起こされた。

 バシャ、と頭に冷たい感触。血の匂いはしないから、ただの水だろうか。

「おい、はやく起きろよ」

 誰かが俺の頬を叩いた。よくわからないまま、薄らと目を開ける。

 いつもの冷たくて薄暗い牢獄のような場所。俺はまだ首輪で繋がれている。そして僅かに香る血臭。と、最近よくやってくる人間が4人。

「おーい、生きてる?なあ、吸血鬼って死なないんじゃなかったっけ?」
「そりゃそうだろ。じゃなかったらオレら殺人犯じゃん。まあ人じゃないんだけど」

 ギャハハと下品な笑い声が狭い部屋に響く。

 妙に体が怠い。それからふと気付いた。ああ、これは俺の血の匂いだ。そうやって気付いてみると、全身のあちこちが痛い。

 なんとなく事態を理解した。

 この下品に笑う若者達は、普段ならできない、例えばヒトを殺すとか、そういう行為を楽しんでいたようだ。俺が死なない吸血鬼だから。

 急に息苦しさを感じて咳き込む。ぶわりと肺や気道に溜まっていた血を吐き出して、それからしっかりと目を開けた。

「お、マジで死なないんだな。面白えよなお前らって」

 そう言うや、そいつは徐にのしかかって来て、俺は、ああいつもの行為だな、なんてぼんやりする頭で考えていて。

「う、あっ……痛、ぃ」

 ならしもせずに割り込んでくる熱い塊に、体が裂けるような痛みが襲って来る。

「キツすぎだって。もうちょっと力抜けよ。前も教えただろ」

 バシバシと頬を叩かれるが、それでも下肢の方が痛くて、
何も反応することができなかった。

 再び意識が朦朧としてきて、そうやって気を失っている間に終わればいいのにと、全てに諦めてしまった俺は思っていた。

 が、いつもそうだけれど、そんな生やさしい行為で終わるわけがなかった。

 急に奥を突かれて、痛みと快感で意識が覚醒する。

「ぐっ、あぁ!?や、そんな、奥っ、だめぇ!!」
「ダメじゃないよな?前はヨガってただろ」

 また、俺の深く閉ざした所をガツガツと攻めて、男は楽しそうに言う。

「ここ好きだよな?ほら、ここの奥のとこ、無理矢理捩じ込まれるのが好きなんだよな?前はそれでヨダレ垂らしながら潮吹いて震えてたじゃん」
「ちが、好きじゃなっ……んぁああっ!!」

 ダメだ。こんなの続けられたら俺は俺じゃなくなってしまう。

 でも、もうここから出られないのなら、快楽に負けてしまっても良いんじゃないかって、最近はそんな風に思うことが増えた。

 もう何も考えなくていいんだ。

 今までの事も、俺の背負った役割のことも、何もかも、考えなくていい。

 ここで誰かの相手をしていれば、何も不自由しないし、最後には美味しい血を貰えるんだから。

 ガツガツと奥を攻め立てていた男が姿勢を変えた。俺を上にして、腰をガッツリ掴むと容赦なく突き上げて来る。

 自分のそこに目を向けると、透明な液体が男が突き上げるのにあわせて、溢れてくる様が見えた。

「あ、あう、はぁ……きもち、ぃ、からッ、死んじゃうっ」
「お前ホント可愛いよな。結局気持ちいいのが好きなんだ?」
「ん、すきっ!好きだから、はぁ……あうっ!?そこっ、いっちゃ、んぐぅっ!!」

 ブルっと身震いして、俺は男の腹の上に白濁を零す。

 それを蔑んだ目で見ている男たち。もう、そんな視線なんてどうでも良かった。

 射精の余韻で力が抜けて、下にいる男の胸に崩れ落ちる。はっ、はっ、と荒い呼吸を落ち着けようと唾液を飲み込んだ、その時だ。

「なあ、もう一本いけるんじゃね?」

 そんな声が聞こえてきて。

 ずしりと別の男が背中にのしかかってくる。

 それから、俺の中にあるのとはまた別の、熱い塊が無理矢理入り込んでくる感覚がした。

「ぐぁ、ああっ!!いた、イタイッ!!やめ、んぐぁ!!」

 それは快感でもなんでもない、ただの暴力だった。

「止まって!!おねが、ムリだからっ!!入んないからぁ!!」
「大丈夫、大丈夫!ほら、先はいけたから。あとちょっと我慢してな」

 あまりの痛さに呼吸が上手くできなくて、本当に死んでしまうかと思った。けど、慣らされすぎた俺の体は、そんな暴力のような行為をも受け入れてしまった。

「ほら入った。なあ、どんな感じ?気持ちいい?」

 ブンブンと頭を振って、徐々に快感を拾い始めた自分の弱さを散らそうとした。

「なんだよ、素直に認めろよ。気持ちいいよな?」

 痛い。でも、この痛さや苦しさが、今の俺に与えられた全てだった。

「はっ、ぁ……きもちい、です……だ、だから、早く楽にして、おねがいっ、うあっあああっ!!」

 同時に、不規則に動く腹の中の熱いものが、俺の思考力を全て奪って行った。

 好き勝手に弄ばれる快感に俺の体は喜んでいて。

 再び欲を吐き出した頃には、頭がその行為でいっぱいになっていて。

「おーい、気絶したら起きるまで続けるから」
「てかコイツ、すげぇ貴族の出身なんだってな。お堅く育ってきたら、そりゃ快楽堕ちするよな」

 と、好き勝手に騒ぐ声に意識を集中させていないと、本当に死ぬんじゃないかってくらいにめちゃくちゃにされて。

 俺は、俺という自我を手放した。

 そのほうが楽だったから。

 何もかも受け入れて、それまでの自分を捨てた方が楽だったから。

 諦めてしまったんだ。

 それからどれだけ経ったかはわからなかったけれど、朦朧とした意識の中で、見るともなく天井を見ていると、誰かが側に寄ってきたのが気配でわかった。

「ルナ……」

 どこか悲しげな声だった。俺はふわふわした頭で、そいつに視線を向けた。

「あの、さ。何か欲しいものはない?なんでも用意するから」

 そんな声が聞こえてきた。誰だ?としっかりとそいつを見ると、俺をこの地獄に突き落とした張本人、ジークだった。

「なあ、少しは食事を摂った方がいい。何か食べたいものがあれば、すぐに用意する」

 一体何を言われているのか、よくわからない。俺はイカれたのだろうか。

「それかさ、少し外に出てみないか?ちょっと寒いけど、アンタの実家がある地方よりマシだから……」

 外、って、なんだっけ?俺は……外に出てもいいんだっけ。

「あの、でも最近はちょっと暖かくなってきてて、オレたちみたいな奴にはさ、もう冬の気配なんて感じなくなってて」

 そんなのどうでも良かった。今がいつ何時であっても、俺にはそんなのもうどうでもいい。

「うるさいよ……ねぇ、それよりお腹すいたよ……あのね、すごく好きだった喫茶店があってね……マスターのナポリタンが、俺はすごく好きでね……あれ…?俺、なんだっけ?ここ、どこ?まだきつねうどん食べてないんだ……死ぬ前には、一度くらい、食べてやろうかなって……ああ、そうだった、俺ね、ちゃんと、総司の奥さんに謝ったんだよ……俺の所為だからって……それでね……なんて言ったかな?…よく覚えてないや」

 支離滅裂な記憶の断片が、ずっと脳内をぐるぐるまわっている。

 これは俺の記憶で間違いない。

 と、思いたい。

 それとも現実逃避のために作り出した、ただの幻想なのだろうか。

「悪い……オレはオレが大切だったんだ。だからルナリア様を犠牲にしてしまった。本当に悔やんでいるんだ。オレはアンタが好きだよ。綺麗で、高潔で、オレの憧れなんだ……」

 ジークが何か言ってる。

 よくわからない。わかりたくもないけれど。

 そしてまた俺は、過去のどこかを彷徨うのだ。

 楽しくもなければ悲しくもない殺伐としたお役目のための生涯に、一筋差した陽の光を思い出して。
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