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しおりを挟む何度目かのおかわりを取ってきたルナが、目の前を通り過ぎるウェイターが持つ銀のトレーから、グラスに入った金の液体を取ろうとした。
が、そこは流石に止めた。
「仕事中にアルコールはやめておけ」
「大丈夫、俺、酒は強いんだ」
「そういう問題じゃない……」
こいつといると、どうしてもため息が止まらない。しかしまあ、そんな無邪気な所が可愛くもある。
我ながらかなり拗らせているな、などと考えていると、ルナが急に潰れたカエルのような声を発した。
「ウゲッ、あの女、俺のこと覚えてやがる!」
「おい、だからあの女呼ばわりするのは、」
「ごめん灯。これは決して逃げるわけじゃないからな。戦略的撤退と言うやつだ」
じゃ、と皿をおれに押し付けてそそくさと逃げていった。
一体何があったのかと振り返れば、件のご令嬢、アリアナが悔しげな顔でルナの去った方向を見ている。
それも一瞬で、すぐにご令嬢の顔に戻ったが。
しかし、改めて会場を見てみると、本当に様々な国の人間や人外が集まっている。
そしてルナが言うように、中でも吸血鬼たちが目立つ。
彼らはどこか、長い年月によって得た気品のようなものがあり、総じて美しい外見をしていた。煌びやかに着飾ってはいるものの、誰もが油断なく、そして値踏みするような鋭い視線を周囲に放っているのだ。
こんな仕事をしていなければ、怖くて近付くことなんてできなかっただろう。ルナみたいな吸血鬼がいるなどとは思いもしなかったから。
転属して最初に聞かされたのは、バディを組む相手がベテランの吸血鬼である事だった。正直自分には荷が重いのでは、と考えていたが、署で顔合わせしたルナは棒付きキャンディを咥えて眠そうな顔をしている、全くイメージと違う吸血鬼だったのだ。
そんな話はさて置き、悔しいがルナの言う事ももっともだ。
この人外魔境のような空間に、それもその中心にいるような人物に、殺害予告を送りつけてくるような奴はいったい何者か。
人狼や吸血鬼はもちろん、世の中には悪魔や天使、鬼の類が跋扈している。とくにこの街には。
歴戦の吸血鬼と渡り合える力を持つ人外がいてもおかしくはない。おれはまだ見たことがないが。
ただ、犯人が集団であるなば、人狼である可能性は高い。彼らは集団でコミュニティを形成する習性があるからだが、一概に全てがそうであるとは言えない。
詰まるところ人間程度の自分には、わからないことの方が多いのが現状だ。
物思いに耽りながら、しかし警戒は怠らずに彫像のように立ち尽くしているおれに、華のような笑い声が聞こえてきた。
「お兄さん、先程から立ち尽くしていらっしゃいますけれど、お食事でもお持ちしましょうか?」
下から笑顔のご令嬢が二人、おれを見上げてクスクスと微笑んでいる。実際これが人間だったなら、なんとなく微笑ましい状況ではあるのだが、彼女らは吸血鬼だった。
濃い真っ赤なドレスの黒髪の少女と、淡いピンクの背中に大きなリボンが付いたドレスの金髪の少女。
「それとも、シャンパンでもお持ちしましょうか」
「先程から退屈そうですけれど、ルナリア様はどちらへ?」
なるほど、彼女らはルナに会いたいのだ。おれはそのオマケに過ぎない。
「さあ、おれもアイツの行動はよくわかりませんから」
相手は十分に自分より歳上の可能性があるから、彼ら彼女らと会話する時はいつもなんだか気を使う。
そう言うや、彼女らは途端に興味をなくした顔をして、さっさと立ち去ってしまった。
やれやれ、と思っていると、ふと違和感に気付く。
パーティー会場の賑やかな雰囲気はそのままだが、なんだか人数が減ってはいないだろうか?
辺りを注意深く観察する。と、やはり最初より減っている。それにアリアナ嬢の姿が見当たらない。付随するように、吸血鬼たちはこんなに少なかっただろうか?
何かが起こる、そう判断した直後。
全部で4箇所ある出入り口の3箇所から、缶のような物が数個投げ込まれたことに気付いた。
咄嗟に身を低くし、片腕で鼻と口を塞ぐ。もくもくと白い煙が上がり、それらは瞬く間に会場内に広がった。会場の客が混乱し一斉に悲鳴を上げる。
前が見えない。しかし乗客の避難や犯人制圧に動かなければならない。
「灯、静かに。ただのガスだから吸っても平気だ」
ヌッと煙の隙間から現れたルナに多少驚いた。
「このガスが落ち着いたら、相手は一気に会場を占拠するはずだ。俺はこの中でも動けるから、出口を確保しに行ってくる。そのうち他の機動班のメンバーも来る。灯は乗客の避難誘導を頼むね」
わかった、と返事をする前にルナの姿は消えていた。
そしてしばらく後、ぐあっ、ぎゃあ、という様な痛々しい声と、マシンガンの連射音が響く。ルナが奇襲を仕掛けているところだろう。
そろそろ煙が落ち着いてきた、と言う時、
「灯!向かって左の出入り口は安全だ!」
という声が聞こえ、おれは立ち上がると乗客に「ついて来てください!」と叫んだ。
われ先にと走り出す乗客達。できるだけ彼らを誘導しながら、携行している銃を手に警戒を続ける。
煙が完全に晴れ、視界が開ける。会場は見るも無惨に散らかり、踏み荒らされ、あの煌びやかな空間が夢のような有様だった。
「灯、乗客を誘導してくれ!外に署の小型船が何隻か横付けしてあるから!」
と、覆面を被る武装集団のひとりの後頭部に、華麗に回し蹴りを喰らわせたルナが言った。
「いやでも、お前はどうなる?」
「は?そんなことどうでもいいから!早く行けよ!」
パッと見た限り、その集団は20人ほどだろうか。どいつもこいつも防弾ベストにマシンガンを携え、覆面を被っている。
次の敵が迫り、ルナがマシンガンの連射から逃げる。空間を立体的に跳び回るルナだが、相手も人外のようで、ギリギリ交わせている、という状況だ。
覆面集団がアリアナ嬢や乗客たちを探しに、別の出入り口から外へ向かおうとするが、気付いたルナが食事の乗った長テーブルを投げて邪魔をする。
「お願いだから灯は先に出てくれ!じゃないと、」
言い終わる前に、ルナが眼の色を変えて走り出した。こちらへ一目散に走ってくる。おれはその時、人外達のあまりの速さに全くついていけず、ただその場に立ったままだった。
「灯!!」
ルナが叫ぶ。バッと眼前に立ち塞がるのが見えた。そこへ耳をつんざくようなマシンガンの音が響く。
おれはルナに突き飛ばされ、何が何だかわからないまま、今度はルナに引き摺られるようにしてパーティー会場を出て、最初の角を曲がるなり放り出された。
乗客が甲板上で騒ぐ声がわずかに聞こえてくる。
「はぁ……全く、俺にはめちゃくちゃ厳しい事言うくせに、お前は俺の言うことは聞いてくれないよなぁ」
やれやれ、と息を吐くルナだが、その軽薄な態度とは裏腹に、ルナの座り込んだ床の上には大きな血溜まりがあった。
「……悪い。それよりお前、おれのせいで、」
「そうだよ!もう!思いっきり撃たれたじゃないか!」
服が穴だらけだ、かーちゃんに怒られる、とふざけているのか何なのか。
「まあいいや。この仕事が終わったら、スイーツバイキングに連れてけよ!いいな!?」
「わ、わかった」
でも、と手を伸ばす。しかしそこにはもう、ルナはいなかった。残ったのは大量の血液。そしてそれは点々とルナが去った方へと跡を残していた。
しばし呆然としてしまったが、気持ちを切り替え、乗客の避難誘導を手伝いに甲板へ向かった。
途中で他の機動班とすれ違い、会場での状況など情報を伝達。機動班のA班、B班が船内の武装集団を制圧にむかっている旨を聞いた。
ルナはどこへ行ったのか。せめて味方の状況だけでも伝えたいが、何故あの野郎は大事な時にインカムをオフにしたままなのだろう。
それから2時間程経っただろうか。乗客の避難は無事に完了し、署の小型船は港へと向かっている。
船内からの銃撃の音は止み、インカムから制圧完了との声が聞こえてきた。
おれは居ても立っても居られなくて、ルナを探しに船内へ足を踏み入れた。
パーティー会場は雑然とし、わずかな硝煙の匂いが鼻をつく。反対側の出入り口から出て思わず、うっ、と唸ってしまった。
壁や床に大量の血痕。敵のものか、こちらの誰かのものかはわからないが、機動班が動くとこうして、常に死の色がついて回る。
それだけ危険な仕事であるということだ。
しばし船内を進むと、インカムがザザ、と雑音を立てた。
『秋原、今どこにいる?』
まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったが、すぐに返答を返す。
『船内後方ですが』
『あ、ちょうどいいな。その辺から甲板後方へ来てくれ』
『了解しました』
なんだ?と疑問が浮かぶ。こんな下っ端の自分を呼ぶ理由はなんだろう。そう考えてみると、なんだか嫌な予感がした。
おれに声を掛けてくると言うことは、必然的に、ルナに何かあったのでは?そう思うともう、なりふり構っていられなかった。
はぁはぁと息を切らせて急な階段を上り、木製のデッキへ飛び出す。
「おー、秋原。ちょっといいか?」
と声を掛けてきたのはA班のベテランだ。関わりがないため名前は知らない。
「どうかしましたか?」
「いや、それがな……」
と、ベテランの捜査官が指をさした方へ目を向けた。
ルナが甲板に力無く横たわっている。それを、他のA班B班のメンバーと思しき連中が取り囲んでいた。
愕然と目の前が暗くなった。ウソだろ、とその光景が現実だと受け入れられない。
ルナが死んだなんて、そんな……
よろよろと横たわるルナに近付く。本当に傷だらけで、まだ乾き切っていない血液が、止めどなく流れ出している。
「すまない。ちょっと手違いがあって、な。頭を撃ち抜いてしまったんだ。だから多分もう、」
「何言ってんですか?手違い?そんなアホみたいな理由で殺したってことですか!?」
クソッと先輩だとかそんなの関係なく罵った。
が、なんだか周りが、バツの悪い顔でそっぽを向いている。いや待て、違う。笑いを堪えているのか…?
「いやぁ、ほんと、ごめん!そんなに取り乱すとは思わなかったからさ」
「秋原はルナの事が大好きなんだなぁ」
はぁ?と眉間に皺を寄せた時だ。
「もううるさいなぁ!俺のバディをバカにするんじゃないよ!」
ルナが喋ったのだった。
「悪い!ほんと、ごめんね!」
「て言うか、本当に死んでたら灰しか残らないからな」
「頭撃ち抜いちゃったから、もう少し起きるまで時間がかかるって言いたかったんだ」
口々に謝る先輩方。何事もなかったかのように起き上がったルナ。
腹が立った。その怒りをどこにぶつけようか悩んで、
「痛っ!?」
ゴチンと、いつもの癖でルナにゲンコツを落としたのだった。
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