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番外編2
残されたもの1
しおりを挟む汚れひとつない白い塀、お洒落な鉄柵、手入れの行き届いた広い庭。
ガレージの銀のシャッターに太陽光が反射して、思わず俺は目を細めた。
いや、眩しい。何がって、冬だというのに珍しく差し込んでいる太陽光じゃない。お金持ちの雰囲気が眩しすぎるのだ。
助手席で意識朦朧とした体の俺に、理人さんがニッコリと安心させるように微笑んだ。
「心配することはなにもないよ。僕の実家だし、恵介くんの家でもあるんだよ。なにせもう家族同然なんだから。どうか自分ちのように寛いで」
そういうことじゃないんだけどな。俺の思いなんて、どこか感覚のズレた理人さんにはわからないだろう。
妹の香奈と真梨が喜びそうな豪邸。二人は最近、海外ドラマというものにハマっている。しかも、兄弟である二人の主人公が悪魔や怪物を退治するという、恐怖あり笑いありの長編シリーズだ。
根無草のような主人公たちは、バケモノを退治するためにあらゆる手段を講じる。何かに変装したりして、問題の場所へ紛れ込む。FBIとかなんとか。で、よく現場になるのがセレブの豪邸だ。
香奈と真梨はそんな豪邸に感嘆し、いつかこんなところに住んでみたい、と夢をみるように呟くのだった。
理人さんの実家は、いかにもそんな海外のセレブが住んでそうな外観で、好意しかない理人さんには悪いけれど、いきなり寛げと言われたって出来っこない。
理人さんが車をガレージの前に一旦停めて、ポケットからボタン式のキーを取り出した。車のともう一つ、四角いそれをガレージに向かって押す。
ガチャン、カラカラカラと、目の前のガレージのシャッターがひとりでに巻き上がっていく。頑丈そうなシャッターだけれど、天井に吸い込まれていく様子は滑らかで紙みたいに軽そうだ。
「便利なんだけどちょっと大袈裟だよね?僕の両親はこういった俗物的なものに目がなくて。シャッターくらい自分で開閉してもいいのにね」
ハハハっと爽やかに笑う理人さんに、俺はまた何とも言えない思いで愛想笑いを浮かべる。
なるほど、タカの子はタカだ。あんたも間違いなくこの家の血を引いてるよ。
慣れた様子で車をガレージへ入れると、俺は理人さんにエスコートされながら車を降り、白いレンガの道を、手を引かれるがままに歩いて邸宅へ向かった。
整えられた芝の庭には、俺の思った通りプールがあった。ますますそれっぽい家だ。
これまた白い大きな木目調の両開きの玄関ドアを開けた理人さんが、俺の緊張を和らげようと強く手を握り、振り向いて微笑んだ。
相変わらずカッコいい。
この笑顔を見て俺の頭に浮かぶのは、あの日あの海での夜の、幸せな微笑みだった。
それからもうひとつ、疲労と安堵の混ざった、あの微笑みも忘れはしない。忘れてはいけない。
手を引かれて邸宅に足を踏み入れた瞬間、どこからともなく現れた痩身の女性が、これみよがしに両腕を広げて駆け寄ってきた。
一部の隙もない、キャリアウーマン然としたその女性がまさしく理人さんのお母様だ。
「久しぶりね!随分と元気そうじゃないの、ねぇ理人」
お久しぶりです、ともごもごと返事をする俺をよそに、理人さんの母、陽子さんは長い黒髪をかきあげながら、意味ありげに理人さんへ視線を向ける。
「敏雄から聞いたけれど、夏に別荘へ遊びに行ったそうね?私には、まだ体調が万全じゃないからとか言ってなかなか会わせてくれなかったのに」
「当然の措置だよ。Domばかりいる実家に連れてくるには、恵介くんの体調はまだ万全じゃなかった。家族団欒の小旅行とは訳が違う」
理人さんの言葉に、陽子さんは軽く肩をすくめた。確かに理人さんの言うことにも一理ある。
家の中に入ったと同時に、クラクラするほどのDomの気配を感じた。今日は理人さんのご両親と食事をするだけの集まりで、ここには理人さんとそのご両親しかいない。
それでも、家の雰囲気というか、ここに籠った独特の空気にはDomの気配が色濃く染み付いているように思う。
威圧感を感じるほどではないけれど、決して居心地がいいわけでもない。どうしても風俗時代の乱交パーティーを思い出してしまった。沢山のDomに対して、俺はただひとり、もしくはユウと二人で、そいつらの相手をして稼いでいた。
「大丈夫だよ。ここには君を傷つけるDomはいない。いいね?」
まるで子どもを諭すような言い方だけれど、理人さんに言われると苛立ちよりも安堵を感じるのだ。
彼は今の俺の心のうちをしっかりと理解して、そして欲しい時に欲しい言葉をくれる。だから好きだし、こうして理人さんの実家に来ることもできて、ご両親に挨拶することができるのだ。
理人さんが握ったままの手に力を込めて、俺はふぅ、とひとつ深呼吸をした。ニッコリ微笑んで見せれば、理人さんは嬉しそうに頷いてくれた。
「フフ、本当に仲良しね。立ち話もなんだから、挨拶はリビングで、お茶でもしながらにしましょう」
切れ長の瞳に笑みを浮かべ、陽子さんがリビングへと足を向ける。その後を、理人さんと手を繋いだまま追った。
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一気に読んで、胸いっぱいです!
恵介が頑張る姿に読むのも苦しくなるところもありましたが、理人さんや家族や周りに助けられながら生きる姿に感動しました。
理人さんは、なんで完璧なのに残念なんだろう笑
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それにツッコミを入れる恵介にも笑えました(*´`)
ユウも新しい感情が芽生えてきて、最後にまた幸せな気持ちで読み終えることが出来ました。
理人さん家族も気になるところです♪お母さんキャラ濃かったので笑
感想ありがとうございます😊
楽しんでもらえて嬉しいです!
番外編で理人家族も書く予定ですので、気長にお待ち頂けたら幸いです!
あぁ…完結だぁ…とうとうこの時がきてしまったぁ…(TT)
完結おめでとうございます!このお話のおかげで毎日がとても待ち遠しいぐらいに感じました!最後の方は続けての更新で、「なんかのご褒美かっ!?」というぐらいでした〜(*^^*)
とにかく二人とも幸せになれて良かったです…!こうなるとなんだかユウのこれまでの生い立ちなども気になってきてしまうという…自分の中のこの我儘な気持ちが…!ユウも幸せになっていることを願ってます(偶然にも私と名前が同じなのでなんだか気になる…という笑笑)
季節の変わり目ですし、体調に気をつけて頑張ってください〜!応援してます!
完結でした!感想たくさんありがとございました!
完結までの道筋は一応あったんですけど、無事に迎えられて自分でもホッとしてます。笑
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本当にありがとございました!
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沢山投稿ありがとうございます!うおー!!!めっちゃ悲しいぃし気になるとこで終わった…!次の更新とても楽しみにしてます!(どちらかというとドキドキがとまりません…!!!)ホントに泣けてしまって…めっちゃ読み返しました…マジでこのお話好きなので布教したい…
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引き続きよろしくお願いします^ ^