【本編完結】【BL】愛を知るまで【Dom/Sub】

しーやん

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 土曜日は、出来るだけ落ち着いた服装で家を出た。

 歩いて駅へと向かう。相手を待たせてはいけないと思って、いつも待ち合わせの時間より早く着くようにしているが、二十分前にも関わらず、葉一くんは先に来ていた。

「ああ、待たせしてしまったね」
「別に。高城さんこそ早いですね」

 いつも無表情な彼らしく、今日も変わらず何を考えているのかわからない顔をしている。

「今日はありがとう」
「別に……」

 素っ気なく言って、さっさと駅内へ歩いていってしまう。

 六月の湿気の多い空気は気分を憂鬱にする。電車に乗っても、どこかジメジメしていて息苦しい。

 空いている座席に座り、しばらくガタガタと揺れるままに任せていると、葉一くんが口を開いた。

「父さんが死んだ時、漠然と、人は死ぬんだって思った。それから、悲しいより先に、この先おれたちはどうなるんだって、そんなことを考えてた」

 彼の父親は事故で亡くなったと聞いた。その時、葉一くんは中学生だ。

「家族が泣いていても、おれだけ泣けなかった。それなのに、母さんを宥めることも、兄を手伝うこともできなかった」
「それは仕方ないよ。君はまだ幼かったんだ」
「違います……高校に進学できるのか、大学は?その学費はどうする?そもそも、こんなに兄妹がいて、母さんの稼ぎだけで生活していけるのか?……そんなことを、考えていたんだ」

 現実的な彼らしいな、と僕は思う。

「母さんが死んだ時もそうだった。それで、施設に入った時に、おれは解放されたんだって思った。自分のことだけ考えていればいい、いずれ、みんな別々の家庭に引き取られて、それでお終いなんだって」

 そう話す葉一くんだけど、今見ている限り家族に愛情がないわけではなく、むしろ大学生なのに面倒見のいいお兄さんをしているように思う。

「それなのにバカな兄が、香奈たちに言うんだ。またみんなで暮らそうって。そんな無茶なことやめとけばいいって止めることもしなかった。勝手にしろって。でも兄は本当におれたちを迎えにきた」

 灰色の雲が覆う空が窓越しに見え、しばらくして、ポツポツと小さな水滴が降り始めた。最近は梅雨らしく雨が多い。

 傘を持ってくればよかったな。雨が降ることはわかっていたのに、どうしていつも傘を忘れてきてしまうのか不思議でならない。

 葉一くんがまた話し出した。

「兄はおれたちの誰よりも父に似ていました。責任感が強いところとか、有言実行するところとか、自分より家族を大事にするところも。血が繋がっているとかじゃなくて、家族って、一緒に生活して似ていくんだって思う……おれは兄に似ていますか?」
「うーん、笑うと口元がソックリだよね」

 そう答えると一瞬だけ睨まれた。僕は笑って誤魔化す。

「恵介くんの代わりになろうとしなくてもいいんじゃない?」
「別に、代わりになりたいわけじゃないです」

 そんなに勢いよく否定しなくても。

 本当に、二人とも良く似ていると僕は思う。心の中に本当の気持ちを隠して、上手く伝えることができなくて、それでも最善であろうとするところがソックリだ。

「恵介くんだって君が思っている程綺麗じゃないよ。ドロドロしたものをいつも胸の内に秘めていた。まあ、そこも人間らしくて彼の魅力のひとつだったけど」

 完璧であろうとするから、完璧にはなれない。綺麗でいようとするから、内側に汚いものを溜めてしまう。そんな不完全さを愛しいと思った。恐ろしく美しい仮面の下を暴きたいと思った。

 葉一くんが眉根を寄せて険しい顔、というより何か汚いものを見るような目を向けてくる。失言だったようだ。

 あはは、とまた笑って誤魔化した。

 電車を降りると、駅前のコンビニで傘といくつかジュースやお菓子を買った。

 買ったばかりのビニール傘をさして、またしばらく歩く。

 きつい上り坂が続く。前を歩く葉一くんは颯爽としているが、僕はすぐに足が痛くなった。こういう時に、着実に進行する老化現象に気付いてうんざりする。十年前は全然気にならなかったのに、あと十年後はもっと衰えているのかと思うと、こんなので超高齢化社会を生きていけるのか、甚だ疑問に思う。

 かなり歩いたな、と思い始めた頃、目の前に目的地の看板が現れた。

 広い駐車場があり、その向こうに均等に並ぶ墓が見える。

 車で来るべきだったと、その時になって気付いた。実家へ行けばムダな車が何台もある。一台、自分のマンションへ置いておくのも良いかもしれない。葉一くんたちが乗れるよう、広いバンタイプか、それとも、ただ乗り心地がいいだけのセダンタイプか……また考えよう。

「高城さん」

 呼ばれてハッとする。葉一くんが振り返って待っている。

 慌てて追いかけて、墓地の入り口にある大きな供養塔へ向かう。傘をさしたまま供養塔の前に並んで立つと、葉一くんが買ってきたお菓子やジュースをビニール袋のまま適当な出っ張りの上に置いた。

 そんな大雑把でいいのかと思うが、彼がいいのなら何も言わないでおくことにする。

「何を買ったの?」
「普通に海斗が食べられそうなお菓子。あと、みたらし団子」

 ビニール袋から見慣れたチョコ菓子の箱が覗いている。我が社の商品だ。あとでみんなで分け合うのにちょうどいい。だけど、みたらし団子は三本しかはいっていない。分けるには不向きだ。

 そんな僕の疑問が伝わったかのように、葉一くんが言った。

「兄さんが好きなんだ。あの人、おれたちの前では好きも嫌いもハッキリ言わなかった。でも顔を見ていればわかる。みたらし団子も、いつも下の三人にあげてしまうけど、本当は自分も食べたいって顔に出てた」
「わかるよ。そういうところが愛おしいよね」
「高城さん、父さんと母さんの前でふざけないでください」

 僕は、ごめんね、と言って口を閉じた。

「兄さんは、本当はちゃんとしたお墓を建ててあげようって言ったんです。でも、母さんにそんなお金なんてなくて、だから父さんはここの共同墓地に入れた。母さんも結局、父さんのいるここに入ってる」

 そこまで話して、葉一くんが僕を真っ直ぐ見た。

「というか……高城さんはここに何しに来たんですか?」
「恵介くんのご両親にご挨拶しに」
「わざわざ父さんの命日に、おれと来なくてもいいじゃないですか」

 本当につれないなぁ。そんなに睨まなくてもいいのに。思わず苦笑いが浮かぶ。

「次はみんなで来ようね」
「やめてくれ!そんなの、本当に家族みたいじゃないですか!」
「ダメ?」

 クソッ、と悪態をついた葉一くんだけど、本気で怒っているわけじゃない。むしろこんなやりとりが恒例となっている。揶揄いがいがあるな、と僕は毎回楽しい。

「……別にいい」

 おや?と、いつもと様子の違う葉一くんを見やる。

「高城さんがいたから、兄さんは助かったってあの胡散臭い医者から聞きました。そんなのおれには理解できない。絶対に死んでた。おれが病院へ行った時、もうダメだって医者も看護師も言った。覚悟しておけって。それなのに、どうしたら生き返るんだよ……」

 僕はまた笑みを浮かべる。そうやって、あの時感じた焦燥感や絶望感を思い出してしまう自分を隠す。思い出してしまったら、大人気なく泣いてしまいそうだから。

「恵介くんが僕のパートナーだからだよ」
「それが意味不明なんですよ。そんな不確かな繋がりで、どうして人の生死が決まるんです?」
「不確かじゃないって事だよ。僕の命令は恵介くんにとって絶対だ。彼は守ってくれたんだよ。そういうものなんだ、僕たちは」

 はぁ、と葉一くんは溜息を吐いた。

「本当に意味不明だ。でも、そのお陰で兄さんは生きてる。だからもう、二人の好きなようにしてください」
「いいの?」
「しつこいな!二回も言わせるなよ!」
「じゃあ気兼ねなくご両親にご挨拶させてもらうことにする。恵介くんを僕にくださいって」
「兄さんはこんな奴のどこがいいんだ……」

 僕は全然ふざけているつもりはないのにな。

 改めて供養塔に向き合う。彼らのご両親に、感謝を込めて手を合わせた。

「おれは自分がnormalに産まれてよかったと思ってるけど……兄さんたちの奇跡みたいな繋がりが、羨ましいとも思います」

 帰り道、葉一くんがポツリとそんなことを言った。

 それがどれだけ僕たちみたいな存在にとって嬉しくて、なにより認めてもらえたと思える言葉かを、彼は自覚していないようだ。

 梅雨らしく空気はジメジメしていて、雨は止む気配を見せないが、それでも、いつか梅雨は明ける。雨は止んで太陽が顔を出す。

 そうして夏になったら、みんなで沢山出掛けよう。海が見える別荘で釣りをする約束もある。水族館や動物園にだって連れて行ってあげたい。楽しいことは沢山ある。なんでもさせてあげたい。

 そんなことを考えているうちに、憂鬱な気分はすっかりどこかへ消えてしまった。
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