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しおりを挟む敏雄さんは、総合病院に勤める第二性専門の医者で、高城さんの小学生の頃からの幼馴染なのだそうだ。
Sub dropに陥り、眠り込んでいた三日間の様子を診てくれていたようで、そのことに対してはすごく感謝してる。
が、来るタイミングが悪すぎた。
「なぁ、アンドロイドちゃんはハーフか?どこの国だ?あ、まて、当ててやる!」
そう言うと、ソファに座り直した俺の顔を至近距離で見つめ始める。ジロジロと見られて、ものすごく不愉快だ。でも仮にも世話になった人なので、面と向かってやめろなんて言えない。
それと、アンドロイドちゃんってなんだよ!?
「君、すっごく綺麗な瞳の色してるねぇ。髪も柔らかそうだ」
と、手を挙げた敏雄さんだが、俺に触れる前に高城さんが突き飛ばした。うわっ、と叫んでよろけるが、すぐにニヤニヤした表情を浮かべる。
「ヤキモチか?えぇ?Domってのは怖いねぇ」
「黙れ敏雄!追い出すぞ!」
ギョッとした。温厚な高城さんが大声で怒鳴るなんて!
真剣にイライラした表情で敏雄さんを睨む高城さんは、自分が睨まれているわけじゃないのに怖かった。正直怒鳴り声で心臓が縮み上がった。本能的な恐怖は、自分ではどうすることもできない。
「おい理人、お前の所為でアンドロイドちゃんが子鹿みたいに震えてるぞ」
チッと舌打ちを零し、高城さんが瞬時に優しい笑顔を浮かべる。
「ごめんね、びっくりしたよね。大丈夫、何も怖いことはないよ」
そう言いながらゆっくりと手を伸ばし、そっと抱き締めてくれる。
あったかい。大丈夫だ。この人は怖くない。Subとしての俺が徐々に警戒を解く。同時に、先程のplay未遂事件を思い出した。
咄嗟に突き飛ばして離れる。
「俺に触んなバカァ!!」
「えっ!?」
ブフッと、吹き出したのは敏雄さんだ。何が面白いのかゲラゲラ笑い転げている。
俺はショックだった。良いところで敏雄さんに邪魔されたのはもちろんたけど、それよりも、高城さんがplayを望んでなかった事がショックだった。
何でか頭がフワフワしていて、冷静じゃなかったのは俺も悪い。でも、てっきり高城さんもその気だと思ったのに、全然反応してなかった。
いや、確かに、playに性的興奮を覚えない人もいるけど……
やっぱりこんな俺を欲しいとは思ってもらえないよな、と悲しくなった。だって、敏雄さんが部屋に入って来た時、高城さんはものすごくホッとした顔をした。
ここで三日も世話になった。目が覚めたとき、俺は高城さんのパジャマを着ていたし、当然、俺の体がどうなってるかも見ただろう。
ドン引きだよな、多分。
「もういい。俺、帰るから」
え?と困った顔の高城さんだ。
「あー、ちょっと待て。医者として言っておく事があって来たんだ。アンドロイドちゃんも目を覚ましたしちょうど良い」
今までの軽薄さが消えて、敏雄さんが一転真剣な表情で話す。そうしているとお医者さんに見えないこともない。
「何ですか?」
アンドロイドちゃんと呼ばれるのにも慣れて来た。もはやなんとでも呼んでくれ……
「君さ、これからどうするつもりだ?ウリを続けていくつもりか?」
「……もちろん、それしか出来ないんで」
アンタもバカにするのかよ、と少し警戒した。大抵の大人は、俺の事情なんて知りもせず一方的に決めつける。そんなバカなことはもうやめなさい、と。
ああ、でもそういえば高城さんには、危険だと言われはしたがバカにはしなかったな。
「君は今、自分がどんな状態かちゃんと理解してるか?」
「……どういうことですか?」
「はぁ……君の周りにいた大人はクソだな。何も教えず、ただ何も知らないガキに体を売らせて儲けることしか考えてない。そのガキがいつか成長するってことを忘れている」
俺はまた首を傾げる。ちらりと高城さんに視線を向けるが、どこか遠くでも見つめているみたいに、その瞳には光がなかった。
「あのな、お前みたいな奴が最近増えてんだよ。若い時から体売って、パートナーなんていたことないですってSub。なんでおれのとこにそういう患者が来ると思う?」
「え、と、何かの病気、とか?」
答えながら不安になる。俺も将来なにか病気になるのか?
「病気っちゃそうかもしれない。でももっと深刻だ。例えばな、さっき理人が怒鳴った時、ものすごく怖いと思ったろ?」
俺は正直に頷いた。高城さんはいつも温厚で表情も優しい。そのギャップもあってか、時々見せるDomとしての圧力がものすごく怖い。
「普段からDomを怖いと思うか?」
「全然。俺の仕事はアイツらを喜ばせることで、怒らせることじゃないから」
「従順にCommandに従ってるんだろ?」
「当たり前だ。たまに失敗するけど、お仕置きされるだけだから」
と、正直に答えてるだけなのに、高城さんがまた怖い顔をした。あえてそちらを視界に入れないようにして、俺はまた敏雄さんと向き合う。
「Commandに逆らったことは?」
「ない」
「逆らおうと思えば、出来ると思うか?」
「……出来ないと思う」
そう答えると、敏雄さんは盛大にため息を吐き出して、左右に首を振った。俺は何か、まずい事を言ったようだ。
「普通にパートナーがいて、うまく欲求をコントロールできてるSubはな、パートナー以外のCommandにある程度逆らう事ができるんだ」
そうなんだ、と曖昧に頷く。パートナーなんて今までいた事がないものの話をされてもよくわからない。
「もし街中を歩いていて、ふざけたDomがいたとする。そいつが何の気無しにCommandを言ったのが偶然聞こえたとしたら、お前はどうなると思う?」
ゾッとした。多分、俺はそこが例え人通りの多い真っ昼間の繁華街だったとしても、その場でCommandに服従するだろうから。
「わかったか?お前みたいなSubはな、悪意の有無は関係なく、Domが発した言葉全部に服従するようになる。そして徐々に他人と関わることも、外に出ることも困難になる。町中の人間が全部Domに見えて、ビクビクして生活することになる、とおれの患者が言っていた」
街を歩いているだけなら、DomもSubもnormalも、外見だけでは判断がつかない。パートナーのいるSubは、首にCollarという首輪のようなものを付けていることはあるが、それ以外の違いなんてない。
誰かが突然Commandを言う、なんて稀なことだろうけれど、もしそんな場面に遭遇して、俺のような従順すぎるSubはその場でCommandを実行してしまう。そんなリスクを背負って、外で生きていけるとは思えない。
「パートナーがいる奴はな、聞き流す事ができるんだ。それそこ一番に信頼した相手のCommand以外聞きたくないって意識もあるだろうし、自然と身持ちも硬くなる。それだけで随分と生きやすくなる」
「最近、俺は自分が従順すぎるんじゃないかって思ってた……どんな非道な仕打ちも、心では嫌だって思ってても、服従するのが俺の仕事で、Subなんてそんなもんなんだって……諦めてた」
俺が間違ってた?でも、俺に求められるのは絶対服従だ。今更やめたくてやめられるものじゃない。
「お前の事情もなんとなく聞いてる。だけどな、第二性専門の医者としては、ウリなんてすっぱり辞めて、パートナーを見つけることをオススメするね。引きこもりなんてなりたくないだろ?」
敏雄さんの話はよくわかった。俺にも少なからず思い当たる節があるし、なんとなく、そういう自分の悲惨な未来が見える気もする。
でも、ウリを辞めてどうする?どうやって、弟たちを養う?
いろんな思いが脳内をグルグルと回っている。どうするべきなのか、俺がひとりできめられることでもない。ただ、葉一に話せば、アイツは絶対にウリ辞めてパートナーを見つけろと言うだろう。
まあ、もう二度と俺とは口聞いてくれないかもしれないけど。
「わかんない……俺、どうしたらいいんだろう」
無意識に高城さんへ視線を向ける。なんとなく、であって、なんの意味もないけど、思いがけず視線が合わさってドキッとした。いつから俺のこと見つめてたんだろ。
突然、敏雄さんが手のひらを打ち鳴らした。
「あ、おもしろ…良いこと思いついたぞ!」
面白いって言いかけたのがバレバレだ。顔もニヤついてる。ロクでもないことにきまってる。
「おい理人。お前、アンドロイドちゃんのパートナーになってやれ」
「え!?僕が!?」
素っ頓狂な声を出し、高城さんは泡を食った顔をした。
「なんで!?どうしてそういうことになるんだ!?」
「アンドロイドちゃんにさ、ちゃんとしたplayを教えてやれよ。お前も見たろ?この子、絶対まともなplayしたことないぞ。今からお前が正しく気持ちよく欲求解消する方法を教えてやれよ。そしたらウリなんてバカなことはしなくなるかもしれないぞ」
敏雄さんの言葉に、高城さんが唸りながら頭を抱えた。そんなに俺が嫌かよ、と悲しくなる。まあ、これ以上迷惑はかけられないけど。
「あの、別にいいよ、そんなことしなくて。ウリはどうするか考える……」
「待て待て、いいか、アンドロイドちゃん。想像してみろ……例えばすごく優しくて普段から十分甘やかしてくれる人がいたとするだろ?その相手とplayすることになるとする」
俺は首を傾げて眉根を寄せる。この人、何言ってんだろ?
「普段からそいつがめちゃくちゃ良い人だとわかってる。そんな相手から、いつもよりもっと優しく、甘やかしながらCommandを言われたら、どうする?」
そりゃ、いきなり飛んでくるCommandより、優しくされて、甘やかされて、支配という名のお願いをされたら……さっきの高城さんの熱っぽい瞳を思い出す。あの時多分、脱げって言おうとしてたよな……あんな風に情熱的な視線と優しい手つきでもどかしく触られて、俺の欲しい言葉を、欲しいときにくれたら、多分、その、Commandだけで……
「おい理人!見ろよ!アンドロイドちゃんが想像だけで蕩けた顔してるぞ!この子あれだな、すごく優秀なSubちゃんかもしれないぞ!!」
「敏雄!!もうやめてくれ!!」
二人の大声に我に帰る。恥ずかしい。俺今なんで高城さんで想像した!?
はぁ、と吐き出した吐息が、何だか熱っぽかった。ちょっと……反応してる俺も俺だ。本当に恥ずかしい。
「おれはお前らお似合いだと思うけどな」
ぐふふと、気持ち悪い笑い声を残して、敏雄さんは帰っていった。
と、思ったら、いそいそと戻ってきて、俺の耳元でこれ見よがしに囁いた。
「ちなみにな、信頼しあったパートナーとするのはめちゃくちゃ気持ちいいらしいぞ!!」
ゲハハハハと、また変な声で笑う声が、玄関から去っていった。
もう、なんなんだよ、あの人!!顔から火が出そう!!
なんとなく気不味い。お互い目を合わせるのが躊躇われる。
あの医者、次あったら絶対にブン殴る!!
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