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しおりを挟む今日の相手は、いつもの鞭の人だ。
淡々と俺に服を脱ぐように命令して、いつもと同じように椅子の前に跪かせる。
冷徹な表情。社会的地位を露わにしたようなファッションとは真逆の、嗜虐的な笑み。
手にした一本鞭を振るう。
一週間経ってもなお、くっきりと暴力の跡を纏う俺に、容赦なく鞭を振り下ろす。
「ングッ」
噛み締めた奥歯の隙間から、歪んだ悲鳴が漏れる。しかし攻める手は止まらない。
playが終わると、良かったよ、また頼むね、とそいつは言った。
その三日後には、首絞め野郎の予約があった。
来年進学する真梨と海斗のために、少し多めに稼いでおきたかったからだが、そんな俺の打算的な思惑など想像もしないそいつは、いつもと同じく俺の首を絞めて楽しんだ。
さらに一週間後には、おじさんと会う予定が入っていた。
おじさんは俺の生傷とアザだらけの裸を見て、汚い、と言った。でも、いつものように俺の全身をしつこく舐め回して、猿みたく何度も中に吐き出した。
俺のお得意様は他にも沢山いる。ほとんど二日と空けず、誰かのplayの相手をする。
そうやってあっという間に6年も経ってしまったように、地球は回るし、時計の針は止まらないし、太陽は月とリレーを続ける。
冬の気配が濃くなり、あと何日かしたら12月だと気付く。全く眠れない日が多くなり、最近は時間の感覚がわからなくなっていた。
ただ義務のように客を取って、家では家事をこなした。自分が食べられなくても食事が必要な家族がいる。どれだけ疲れていても弟たちのためなら掃除も洗濯も手を抜きたくなかった。
あの最悪な日から三週間が経つ頃、日中の予定をこなし、暗くなってから帰宅すると、家の前に高城さんがいた。
心身ともに満身創痍の俺は、あー、高城さんがいる、くらいにしか思わなかった。
「こんばんは、遅くにごめんね」
俺に気付いた高城さんが、相変わらず優しい声音で言う。
「こんばんは……」
「しばらくぶりだけど、体調は大丈夫?」
俺は立ち止まって、高城さんの顔を見上げる。この人はここでいったい何をしてるんだろう?
「大丈夫だよ。高城さんは?」
「えっ、僕は元気だよ」
困ったような笑顔で応え、高城さんは首を傾げた。どんな表情でも、相変わらずカッコいい。俺より十センチくらい高いところにある顔を、なんとなくボーッと見詰める。
「君、本当に大丈夫?」
なんでそんなに心配そうな顔をするの?俺は大丈夫なのに。それにplayの相手は誰一人、そんなこと言わなかった。だから俺はいつも通り大丈夫だ。いや、大丈夫だと思っている俺がおかしいのか?
ボンヤリとした頭にそんな疑問が浮かぶ。だめだ、考えがまとまらない。俺はこの人の、こういうお節介が嫌いだったんだけど……
ふいに視界がブレた。高城さんの顔が遠くなる。
「恵介くん!?」
大きな手が伸びてきて、俺の腰を支え、そのせいで高城さんの胸に密着してしまう。前回会った時とは違うダークグレーのスーツから、僅かにハーブ系の爽やかな香りがする。
勝手に瞼が落ちてくる。心地良い。でも、反対に気分の悪さも最高潮だ。
この人は優しいDomだけど、俺のものじゃない。どれだけ名前を呼んでくれても、俺にだけじゃない、誰にでも優しい人なんだろう。
早く離れないと。そう思うのに、思う様に動けない。
「ごめんね」
高城さんは一言呟いて、次の瞬間、体がフワッと浮いた。こうして運ばれるのは二度目だ。
ガラガラと引き戸が開けられ、高城さんは自分と俺の靴を玄関に無造作に置いた。遠慮なく短い廊下を抜けて居間へ入る。
石油ストーブの熱気と独特の匂いが鼻をつく。
「お兄ちゃん!?」
真っ先に反応したのは真梨だ。大きな声で叫び、続いて香奈がバタバタと駆け寄ってきた。
「高城さん!お兄どうしたの!?」
「体調が悪いみたいだから、寝かせてあげてもいいかな?」
「わかった」
香奈がバタバタと寝室へ向かう。高城さんが後に続き、敷かれた布団に俺を下ろした。慎重にコートを脱がせてくれる。
「すごい隈だよ……全然大丈夫じゃないだろう」
「そんなことない。俺がちゃんとしないと……みんなご飯食べたかな?」
「君はまず睡眠をとらないと」
起きあがろうとすると、高城さんがぐいぐいと俺の肩を押して横にしようとする。だんだん腹が立ってきた。
「やめろっ、触るな!」
「黙って寝てろ!!」
ビクッと全身が震えた。甘い痺れが心地よく、瞬時に言う通りにしなければと本能が服従しようとする。どうして高城さんの声は、Commandを命じられた時のような気持ちになるんだろう。
大人しく横になる。高城さんの嬉しそうな笑みが見えた。
「ちゃんと聞いてくれてありがとう。君はとてもお利口さんだね」
大きくて固い掌が頭を撫でてくれる。触れたところが暖かくて、次第に眠気がやって来た。久しぶりの感覚だ。目を閉じる。高城さんの手が頬を撫でる。誰かの体温が心地良いと思ったのはいつぶりだろうか。
「僕がそばにいるから。君はちゃんと休むんだよ」
そんな声が聞こえた気がした。なんで?と問いたかったけど、黙って寝てろと言われたことを思い出して、俺はその言いつけを守ることにした。
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