【本編完結】【BL】愛を知るまで【Dom/Sub】

しーやん

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 高城さんに連れられて入った店は、駅から少し離れた、静かな路地に並ぶ飲食店のひとつ。

 落ち着いた印象の和風の内装で、カウンターとテーブル席が四つだけの小さな料理屋だ。和服姿の女性がひとりで切り盛りしているという。それなのに店内はほとんど満席だった。

 高城さんのイメージに合うな、なんて思った。賑やかな居酒屋より、静かで大人っぽくていい。

 テーブル席に向かい合って座って、お品書きと書かれた紙に目を通していると、高城さんがニコニコしながら言う。

「好きなもの頼んでね」

 テーブル越しに見つめられ、なんとなく居心地が悪い。

「何頼んでいいのかわかんない。というか、高城さんこそ俺の顔じゃなくてメニューを見てよ」
「綺麗だからつい見惚れてしまうんだ」

 間髪入れずに返ってきた言葉に、歯の根が浮くような、ゾワゾワしたものが背筋を走る。何言ってるのこの人?と、目をパチパチしながら眉を顰める。

「高城さんもカッコいいですよね」

 距離を取るように口調を改める。我ながらとても冷たい声が出た。

「そうかな?自分で自分のことはわからないね」

 苦笑する高城さん。自分で特大のブーメランを投げていることに気付いてないのかな。もしかして天然の人?

「相手に困らなさそうですよね」

 一本数万のネクタイをポンポンと買えるのだ。それなりの社会的地位を築いていそうだし、男としても、Domとしても順風満帆にそうに見える。

「まあね。それこそ君はどうなの?今日はこの前より顔色がいいけど」
「俺にだってplayする相手くらいいる。アンタに心配されなくてももう体調を崩したりしない」

 ムキになってしまった。ふと顔を上げて高城さんを見やる。とてつもなく冷たい目をしていた。睨まれているわけじゃないのに、無意識に呼吸を止めてしまうほど怖かった。

 信頼関係が築けていないDomが放つ圧力は、Subにとってただただ恐怖を感じるものだ。通常はここまで萎縮したりしないが、やっぱり高城さんはDomとしての気質が強いのだ。そんなDomとのplayはもちろん最高なのだけど。

 俺の手がプルプルと震えていることに気付いた高城さんが、フッと全身から力を抜いた。何事もなかったかのようにニコニコといつもの笑顔を浮かべる。

 そこでやっと、自分が息を止めていたことに気付く。心臓がバクバクと激しく鼓動を刻んでいる。

 僅か数秒のことだった。でも、一生分のプレッシャーを感じた気がする。多くのDomの相手をしてきて、俺だってそんなに柔なSubじゃないのに。

「ごめんね」

 一言謝って、高城さんは片手を上げて和服姿の女性を呼ぶと、何事もなかったみたいに料理を注文した。しばらくしてテーブルに料理が並び、いい匂いが立ち込める。

 その間、俺はいったいどこで高城さんの逆鱗に触れたのか考えてみたけど、全く心当たりが思い浮かばなかった。とりあえず、ダイナミクス関係の話は避けた方が良さそうだ。

「適当に頼んじゃったけど、嫌いなものはない?」
「あ……うん」

 天ぷらとか肉じゃがとか、家庭的なものもあるのに、俺が作るよりも見栄えがいい。そりゃそうか。

 高城さんが小皿に料理を取り分けてくれる。いただきますと手を合わせて口に運ぶ。美味しい、と思う。なかなか放心状態から抜け出せず、正直なところ味がよくわからない。

「た、高城さんは、どんなお仕事してるんですか?」

 気分を変えようと声を絞り出した。若干掠れ気味だったが、高城さんにはちゃんと聞こえたようで、少し首を傾げてから答えてくれる。

「普通の営業だよ。お菓子メーカーの」
「お菓子?」

 意外だ。いや、そうでもないか。爽やかなイケメンから甘いチョコ菓子を勧められたら、例えダイエット中の女性でも買ってしまうだろう。

「意外だと思った?」
「まあ、うん」
「あはは、よく言われる。昔から甘いお菓子が好きだったんだよね」

 意外だ……

「恵介くんは好きじゃない?」
「好きも嫌いもないです。というか、うちは海斗の分くらいしか買わないから。たまに香奈と真梨が買ってくるけど」

 小さい頃は普通に食べていたような気もする。今となっては、無駄なもの、必要のないものという認識だ。そんなものを買うくらいなら、夕食を一品増やす方がいい。

「じゃあ、何か好きなものを教えて」
「俺の?」
「うん。君くらいの年齢だと、どんなものが好みなのかなって」
「そんな言い方するとすごくおじさんみたい。俺とそんなに離れてないでしょ?」
「もう三十二だよ。葉一くんに君の年齢を聞いたけど、君より十も上だ、充分おじさんじゃない?」

 俺は数回瞬きして高城さんを見た。二十代だと思っていたけど、なるほどこの落ち着いた雰囲気は確かに三十代だ。ただ、おじさんという呼称がバカほど似合わない。

「そんなことない、し、俺だって自分と同じ年代の流行りがわかんない……好きなものもよくわからない」

 どれだけ考えても、趣味や好みのものなんて思い浮かばなかった。ああ、でもあえてあげるとしたら……

「弟たちの笑顔が好きです。あの家があって、みんながいてくれたらそれで満足だから」

 他にはなにもいらないと断言できる自信がある。

「いいお兄ちゃんだね」
「そんなことないよ。俺が不甲斐ないから、たくさん我慢させてる。もっと頑張らないと。来年、海斗は小学生だし、真梨も中学にあがるから」

 そうだ。俺がもっと頑張らないと。半年前に決意したばかりだ。もう弟たちに辛い思いをさせはしない。

「あまり頑張りすぎないようにね。君は本来は与えられることで満たされる性質なんだから」

 まただ。せっかく避けていたのに、またSubがなんたらかんたら~と言い出すつもりだ。

「それ以上言うならもう帰ります。一応聞きますけど、俺とケンカしたいわけじゃないですよね?」
「逆だよ。僕は君と仲良くなりたい」
「だったら余計なこと言わないでください」

 すっかり食事の味がわからなくなってしまった。どうしてこの人は、こんなにも俺を怒らせるのか?

「わかったよ。でも、本当に心配してるんだ」

 ダメだ。俺は高城さんとは、確実に仲良くなれない。

 そのあと、どうしても気不味い空気が拭えなくて、食事が終わるとすぐにお開きとなった。

 食事代は高城さんが払ってくれたが、もう二度と会いたくなかった俺は、適当に礼を言ってさっさと帰路についた。
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