上 下
8 / 71

7

しおりを挟む

 馴染みのない紳士服売り場で、キョロキョロと視線を動かす俺は、まるで父親の買い物に着いてきた子どものような気分を味わっている。

 俺にとっての父親は、もちろん血が繋がった存在ではなかったけど、確かに父親だと思っていた時もあった。

 母さんが再婚したのは、俺が何もわかってないガキの頃だった。物心ついた頃には弟の葉一もいて、同時に気付いた。

 俺は家族の誰にも似ていない。じゃあ、俺の本当の親は誰だ?

 幼心にそんな不安感を抱いていたけど、義理の父は、香奈が産まれてからも変わらず俺を大切にしてくれた。

 義理の父に連れられて立ち寄った百貨店。今まさに、自分がいるフロアだ。

 あの時のことは断片的にしか覚えていない。でも、珍しく二人で出かけたことは覚えてる。なんとかライダーとかいう戦隊モノのショーを見るためだった気もする。

 義理の父がどのネクタイがいいかと聞いてくる。小学生の俺にはそんなもの、どれも同じに思えて、適当にドギツイピンクのネクタイを選んだ。

 義理の父は何の迷いもなくそれを買って、それからずっと愛用していたのを覚えてる。そんなあの人が大好きだった。

 だから亡くなった後、俺が代わりにならなくちゃって思ったんだ。

「恵介くん、こっちのと、これならどっちがいいと思う?」
「わっかんねぇよ。ネクタイなんてしたことないし」

 まともな就職活動も経験していない俺に、オシャレな社会人の身だしなみなんてわからない。

 でも、そうだな……

「アンタ、背が高くて落ち着いた雰囲気だけど、顔が眩しいから、濃い色のネクタイの方がいいんじゃない」

 目に付いたワインレッドのネクタイを手に取る。無地だけど手触りが柔らかくて上品な印象だ。もうひとつ、濃紺の生地に小さな花のような柄が点々と入った小紋柄のネクタイも見てみる。可愛い。

「わかった、それにする」
「え?ちょっと!」

 高城さんはニッコリ笑いながら、俺が左右の手に持っているネクタイを両方奪い取ってレジへ向かう。

 慌てて追いかけ、店員が告げた金額が驚愕過ぎて危うく転けそうになった。

 まさか、拘束具としてしか使用したことないネクタイが、ウン万円もするとは。いやもちろんピンキリなんだろうけど。

 代金を支払い、商品を受け取った高城さんと、流れでエスカレーターに乗る。時刻は午後6時前。早く帰って夕飯の用意をしなければ、と百貨店を出る直前。

「よかったら、夕飯でも一緒にどうかな?」

 高城さんが優しい口調で言った。顔を見るが、笑顔なだけで何を考えているのかわからない。

「なんで?」
「ネクタイ、選んでくれたお礼に」
「は?」

 意味がわからない。選んだというか手に取っただけだし、支払いをしたわけでもない。

「ダメかな?」

 逆になんで良いと思ってんの?

 この前の夕食後のことを思い出す。あの時は本当に腹が立った。だけど、食事中はそうでもなかった。むしろこんな人がパートナーだったら、毎日きっと楽しい。そんなことを考えていたっけ。

「ダメです。俺、帰って夕食作らないと」

 眩しい笑顔から逃れるように俯く。別に嘘をついたわけじゃないのに、なんだか心苦しい。

 ん?メッセージ?

 俯いた拍子に、時刻を確認してから手に持ったままだったスマホの画面が見えた。新着メッセージの通知が来ている。香奈からだ。

 そのままメッセージを確認する。

『夕食は任せて!お兄の分は葉一が食べちゃった。たまには外で食べてきたら?』

 という内容に、写真が一枚添付されていた。ドヤ顔の香奈と、いつもの食卓についてカレーを囲むみんなが写っている。

「ちょうどいいじゃない。今日は僕に付き合って」

 ハッと顔を上げると、満面の笑みを浮かべる高城さんと目があった。背が高い高城さんから、俺のスマホの画面は丸見えだ。

 香奈のバカ!!なんてタイミングだよ……

「恵介くんは嫌いなものはある?何がいいかな」

 高城さんが自然と俺の腕を引いて歩き出す。その背中はとても嬉しそう。

 もう、好きなようにしてくれ!!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

アダルトショップでオナホになった俺

ミヒロ
BL
初めて同士の長年の交際をしていた彼氏と喧嘩別れした弘樹。 覚えてしまった快楽に負け、彼女へのプレゼントというていで、と自分を慰める為にアダルトショップに行ったものの。 バイブやローションの品定めしていた弘樹自身が客や後には店員にオナホになる話し。 ※表紙イラスト as-AIart- 様(素敵なイラストありがとうございます!)

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

モルモットの生活

麒麟
BL
ある施設でモルモットとして飼われている僕。 日々あらゆる実験が行われている僕の生活の話です。 痛い実験から気持ち良くなる実験、いろんな実験をしています。

臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話

八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。 古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。

少年ペット契約

眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。 ↑上記作品を知らなくても読めます。  小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。  趣味は布団でゴロゴロする事。  ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。  文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。  文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。  文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。  三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。  文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。 ※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。 ※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。

前後からの激しめ前立腺責め!

ミクリ21 (新)
BL
前立腺責め。

変態村♂〜俺、やられます!〜

ゆきみまんじゅう
BL
地図から消えた村。 そこに肝試しに行った翔馬たち男3人。 暗闇から聞こえる不気味な足音、遠くから聞こえる笑い声。 必死に逃げる翔馬たちを救った村人に案内され、ある村へたどり着く。 その村は男しかおらず、翔馬たちが異変に気づく頃には、すでに囚われの身になってしまう。 果たして翔馬たちは、抱かれてしまう前に、村から脱出できるのだろうか?

処理中です...