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しおりを挟む馴染みのない紳士服売り場で、キョロキョロと視線を動かす俺は、まるで父親の買い物に着いてきた子どものような気分を味わっている。
俺にとっての父親は、もちろん血が繋がった存在ではなかったけど、確かに父親だと思っていた時もあった。
母さんが再婚したのは、俺が何もわかってないガキの頃だった。物心ついた頃には弟の葉一もいて、同時に気付いた。
俺は家族の誰にも似ていない。じゃあ、俺の本当の親は誰だ?
幼心にそんな不安感を抱いていたけど、義理の父は、香奈が産まれてからも変わらず俺を大切にしてくれた。
義理の父に連れられて立ち寄った百貨店。今まさに、自分がいるフロアだ。
あの時のことは断片的にしか覚えていない。でも、珍しく二人で出かけたことは覚えてる。なんとかライダーとかいう戦隊モノのショーを見るためだった気もする。
義理の父がどのネクタイがいいかと聞いてくる。小学生の俺にはそんなもの、どれも同じに思えて、適当にドギツイピンクのネクタイを選んだ。
義理の父は何の迷いもなくそれを買って、それからずっと愛用していたのを覚えてる。そんなあの人が大好きだった。
だから亡くなった後、俺が代わりにならなくちゃって思ったんだ。
「恵介くん、こっちのと、これならどっちがいいと思う?」
「わっかんねぇよ。ネクタイなんてしたことないし」
まともな就職活動も経験していない俺に、オシャレな社会人の身だしなみなんてわからない。
でも、そうだな……
「アンタ、背が高くて落ち着いた雰囲気だけど、顔が眩しいから、濃い色のネクタイの方がいいんじゃない」
目に付いたワインレッドのネクタイを手に取る。無地だけど手触りが柔らかくて上品な印象だ。もうひとつ、濃紺の生地に小さな花のような柄が点々と入った小紋柄のネクタイも見てみる。可愛い。
「わかった、それにする」
「え?ちょっと!」
高城さんはニッコリ笑いながら、俺が左右の手に持っているネクタイを両方奪い取ってレジへ向かう。
慌てて追いかけ、店員が告げた金額が驚愕過ぎて危うく転けそうになった。
まさか、拘束具としてしか使用したことないネクタイが、ウン万円もするとは。いやもちろんピンキリなんだろうけど。
代金を支払い、商品を受け取った高城さんと、流れでエスカレーターに乗る。時刻は午後6時前。早く帰って夕飯の用意をしなければ、と百貨店を出る直前。
「よかったら、夕飯でも一緒にどうかな?」
高城さんが優しい口調で言った。顔を見るが、笑顔なだけで何を考えているのかわからない。
「なんで?」
「ネクタイ、選んでくれたお礼に」
「は?」
意味がわからない。選んだというか手に取っただけだし、支払いをしたわけでもない。
「ダメかな?」
逆になんで良いと思ってんの?
この前の夕食後のことを思い出す。あの時は本当に腹が立った。だけど、食事中はそうでもなかった。むしろこんな人がパートナーだったら、毎日きっと楽しい。そんなことを考えていたっけ。
「ダメです。俺、帰って夕食作らないと」
眩しい笑顔から逃れるように俯く。別に嘘をついたわけじゃないのに、なんだか心苦しい。
ん?メッセージ?
俯いた拍子に、時刻を確認してから手に持ったままだったスマホの画面が見えた。新着メッセージの通知が来ている。香奈からだ。
そのままメッセージを確認する。
『夕食は任せて!お兄の分は葉一が食べちゃった。たまには外で食べてきたら?』
という内容に、写真が一枚添付されていた。ドヤ顔の香奈と、いつもの食卓についてカレーを囲むみんなが写っている。
「ちょうどいいじゃない。今日は僕に付き合って」
ハッと顔を上げると、満面の笑みを浮かべる高城さんと目があった。背が高い高城さんから、俺のスマホの画面は丸見えだ。
香奈のバカ!!なんてタイミングだよ……
「恵介くんは嫌いなものはある?何がいいかな」
高城さんが自然と俺の腕を引いて歩き出す。その背中はとても嬉しそう。
もう、好きなようにしてくれ!!
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