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 この社会は単純だ。支配する側と支配される側。その線引きさえ分かっていれば生きるのは楽だと言える。

 あとは自分がどちら側なのか、それを早くに知ること。そしてそれを受け入れること。この二つが真理であり、生きる上でそれだけが重要なこと。

「っ、ぐぁ……」

 空気を切り裂くような音。続いて肌を叩く衝撃と痛み。ほとんど同時に漏れる呻き声は、歯を食いしばっていても堪えきれなかった。

「ケイくん、君は本当に最高だよ。Subの子がみんな君みたいに強ければいいのにねぇ」

 playが始まってから、何度目かの鞭を振り下ろした男が、うっとりした声音で言った。そいつは俺の目の前に椅子を置いて、そこに足を組んで優雅に座り、素っ裸で無様に床に膝をつく俺を見下ろしている。

 ひと目でブランドものとわかる、光沢のある濃紺の生地のスーツ。キラキラと輝く重量感のあるシルバーの腕時計。本当に地面を歩いているのか疑わしいほど汚れのない焦げ茶色の革靴。それらをただ見つめながら、俺は降ってくる痛みに耐える。

「君はとても綺麗で、そしてどんな調教にも耐えてくれる強さがある。今まで出会った中で、君ほど私好みのplayができる相手はいなかった」

 そう言ってまた、容赦なく鞭を振り下ろした。それは俺の足の付け根あたりを打ち、パシッと鋭い音を立てる。痛みよりも嫌悪感が募る。

 人を容赦なく鞭で打ち、痛みに顔を歪ませるのを見て喜ぶクソ野郎め。これは調教でもなんでもない、ただの暴力だ。他人を痛め付けて愉悦を感じる変態の所業だ。

 だけど、俺はそれを甘んじて受けている。相手のことが好きだとか、そんなアホみたいな感情は一切ない。

 俺が競馬の馬のごとく叩かれることに殉じているのは、そうして耐えていれば最後には、ちゃんと褒めてもらえるから。ご褒美が貰えるからだ。

 どれだけ痛い目に遭っても、声を漏らすまいとしているのは、目の前のDomが喋るなと命じたから。ちゃんとできれば俺にも見返りがある。できなければお仕置きされるが、最後には必ず褒めてくれる。

 抱えている欲求も晴らすことができる。

「さて、そろそろ時間かな。Kneelお座り

 目の前の男がCommandを口にする。ただその場で座れと言われているのだけど、Domであるそいつが意思を持って口にするCommandに、Subである俺は逆らうことなんてできず、体が勝手に従ってしまう。

 ぺたんと尻を床につけて座る。同時に痛みに耐えるために握りしめていた拳から力が抜けた。とりあえず、痛いのはこれで終わりだ。

「自分でできるね」

 一本鞭を手にしたまま、男がニコリと笑顔を向けて言う。俺は一度、はぁっと熱の籠った溜息をこぼした。

 それからゆっくりと自分の中心へ触れる。今にも弾けそうに震え、我慢しまくったせいですでにドロドロに濡れている。

「ん、ぅ、ふっ」

 上下に擦るとすぐに快感が爆発しそうになる。内腿がブルブルと震える。痛みとは違う苦行を強いられ、また歯を食いしばって声が出るのを抑える。

 男はそんな俺の痴態を楽しそうに眺めている。クソが、と頭の片隅では悪態をつくが、本能には逆らえない。

 この人のplayは、いつもこうなのだ。支配欲に性欲が伴わないタイプ。そして俺はその逆。支配されている感覚に性的な快感が伴うタイプ。なので毎度ひとりで処理をする必要があり、男はそれをただ見ているだけ。

 さほど時間をかけることなく射精し、手のひらのぬるぬるとしたものを持て余しながら、はあはあと荒い呼吸を繰り返していると、目の前の男が手を伸ばしてきた。

Good boyお利口さん。良かったよ」

 大きな手がまるで子どもにするように俺の頭を撫でる。くすぐったい。でも、最高に満たされる瞬間だ。

 清潔なタオルを手渡してくれ、俺はそれで手を拭った。ついでに男は、鞭でできた傷の具合を確かめるように視線を動かす。

「ごめんね。play中は手加減できないけど、酷い傷は見当たらないよ」
「気にしないでください……仕事ですから」

 そう言うと、男は困ったような笑みを浮かべる。

 言葉通り、これは仕事だ。

 Safe word無し。どんなplayも受け入れるSub。それが俺の仕事。鞭で打たれるくらいなにも珍しいことではない。むしろちゃんと、アフターケアに努めるこの人は、客の中でも上玉と言える。残念なのは、痛みで支配する以外に脳がないことくらいだ。

「また頼むよ」

 衣服を着直した俺に、男が笑顔で言った。そっと差し出された手にはいつも通り現金が握られていて、俺はそれを受け取ると、自分でもわかる冷めた顔で頷いた。

 男が部屋を出たあと、手の中の数枚の一万円札を数える。諭吉が十枚。さすが、大手企業に勤めるヤツは違うな、と軽く笑みが溢れる。俺にとっての最大のご褒美だ。

 Subとして抗えない欲求を発散できて、金まで稼げるのだ。使わない手はない。

 支配される側の惨めさは考えない。あくまでお互いの欲求を発散させる行為であり、痛みは現金で帳消しになる。

 そう、自分を納得させていないと、この世は生きていけない。
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