2 / 71
1
しおりを挟むこの社会は単純だ。支配する側と支配される側。その線引きさえ分かっていれば生きるのは楽だと言える。
あとは自分がどちら側なのか、それを早くに知ること。そしてそれを受け入れること。この二つが真理であり、生きる上でそれだけが重要なこと。
「っ、ぐぁ……」
空気を切り裂くような音。続いて肌を叩く衝撃と痛み。ほとんど同時に漏れる呻き声は、歯を食いしばっていても堪えきれなかった。
「ケイくん、君は本当に最高だよ。Subの子がみんな君みたいに強ければいいのにねぇ」
playが始まってから、何度目かの鞭を振り下ろした男が、うっとりした声音で言った。そいつは俺の目の前に椅子を置いて、そこに足を組んで優雅に座り、素っ裸で無様に床に膝をつく俺を見下ろしている。
ひと目でブランドものとわかる、光沢のある濃紺の生地のスーツ。キラキラと輝く重量感のあるシルバーの腕時計。本当に地面を歩いているのか疑わしいほど汚れのない焦げ茶色の革靴。それらをただ見つめながら、俺は降ってくる痛みに耐える。
「君はとても綺麗で、そしてどんな調教にも耐えてくれる強さがある。今まで出会った中で、君ほど私好みのplayができる相手はいなかった」
そう言ってまた、容赦なく鞭を振り下ろした。それは俺の足の付け根あたりを打ち、パシッと鋭い音を立てる。痛みよりも嫌悪感が募る。
人を容赦なく鞭で打ち、痛みに顔を歪ませるのを見て喜ぶクソ野郎め。これは調教でもなんでもない、ただの暴力だ。他人を痛め付けて愉悦を感じる変態の所業だ。
だけど、俺はそれを甘んじて受けている。相手のことが好きだとか、そんなアホみたいな感情は一切ない。
俺が競馬の馬のごとく叩かれることに殉じているのは、そうして耐えていれば最後には、ちゃんと褒めてもらえるから。ご褒美が貰えるからだ。
どれだけ痛い目に遭っても、声を漏らすまいとしているのは、目の前のDomが喋るなと命じたから。ちゃんとできれば俺にも見返りがある。できなければお仕置きされるが、最後には必ず褒めてくれる。
抱えている欲求も晴らすことができる。
「さて、そろそろ時間かな。Kneel」
目の前の男がCommandを口にする。ただその場で座れと言われているのだけど、Domであるそいつが意思を持って口にするCommandに、Subである俺は逆らうことなんてできず、体が勝手に従ってしまう。
ぺたんと尻を床につけて座る。同時に痛みに耐えるために握りしめていた拳から力が抜けた。とりあえず、痛いのはこれで終わりだ。
「自分でできるね」
一本鞭を手にしたまま、男がニコリと笑顔を向けて言う。俺は一度、はぁっと熱の籠った溜息をこぼした。
それからゆっくりと自分の中心へ触れる。今にも弾けそうに震え、我慢しまくったせいですでにドロドロに濡れている。
「ん、ぅ、ふっ」
上下に擦るとすぐに快感が爆発しそうになる。内腿がブルブルと震える。痛みとは違う苦行を強いられ、また歯を食いしばって声が出るのを抑える。
男はそんな俺の痴態を楽しそうに眺めている。クソが、と頭の片隅では悪態をつくが、本能には逆らえない。
この人のplayは、いつもこうなのだ。支配欲に性欲が伴わないタイプ。そして俺はその逆。支配されている感覚に性的な快感が伴うタイプ。なので毎度ひとりで処理をする必要があり、男はそれをただ見ているだけ。
さほど時間をかけることなく射精し、手のひらのぬるぬるとしたものを持て余しながら、はあはあと荒い呼吸を繰り返していると、目の前の男が手を伸ばしてきた。
「Good boy。良かったよ」
大きな手がまるで子どもにするように俺の頭を撫でる。くすぐったい。でも、最高に満たされる瞬間だ。
清潔なタオルを手渡してくれ、俺はそれで手を拭った。ついでに男は、鞭でできた傷の具合を確かめるように視線を動かす。
「ごめんね。play中は手加減できないけど、酷い傷は見当たらないよ」
「気にしないでください……仕事ですから」
そう言うと、男は困ったような笑みを浮かべる。
言葉通り、これは仕事だ。
Safe word無し。どんなplayも受け入れるSub。それが俺の仕事。鞭で打たれるくらいなにも珍しいことではない。むしろちゃんと、アフターケアに努めるこの人は、客の中でも上玉と言える。残念なのは、痛みで支配する以外に脳がないことくらいだ。
「また頼むよ」
衣服を着直した俺に、男が笑顔で言った。そっと差し出された手にはいつも通り現金が握られていて、俺はそれを受け取ると、自分でもわかる冷めた顔で頷いた。
男が部屋を出たあと、手の中の数枚の一万円札を数える。諭吉が十枚。さすが、大手企業に勤めるヤツは違うな、と軽く笑みが溢れる。俺にとっての最大のご褒美だ。
Subとして抗えない欲求を発散できて、金まで稼げるのだ。使わない手はない。
支配される側の惨めさは考えない。あくまでお互いの欲求を発散させる行為であり、痛みは現金で帳消しになる。
そう、自分を納得させていないと、この世は生きていけない。
22
お気に入りに追加
1,122
あなたにおすすめの小説
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる