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第30話 拠り所の無い願い……
しおりを挟む「ああああ……、もうマジ面倒くさい……」
リビングのテーブル上に宿題を広げながら、夏樹はうんうんと頭を抱えた。
8月ももう中盤。来週からは2学期が始まるというのに、夏樹の宿題は未だ半分も終わっていない。
僕との逢瀬を経て、幾分か淑やかさを得た夏樹だったが、宿題という苦行の前では未だ男勝りな素が出る。
着慣れてだるだるになったTシャツの襟口からは、ブラジャーの紐がはみ出て見えている。以前、詩乃さんが買って来た物だ。
「算数なんか出来なくたって生きていけるわよぉぉ……!」
「いやいや、このご時世生きていけないよ……」
夏樹に苦笑しながら、僕は手に持った2つグラスの内、1つを夏樹の前に差し出した。
中身は氷入りのサイダー。夏樹はそれをグイと飲み干して、
「……けぷっ!」
と、可愛らしいげっぷを一つ……。
「舜、何かのんびりしてるけど……宿題はやってるの!?」
「僕はもう七月中に終わってるよ」
「う、裏切り者っ!!」
涙目をした夏樹の恨み節を受け流しながらーー。
僕はもう1つのグラスを、
「秋保、はい……」
「あ…………」
夏樹の向かい側で、同じく宿題を片付けていた秋保の傍らに置いた。
「ぁ…………ありがとう……兄さん……」
「……うん……」
駄目だな……。
もう1週間前になるか……?あの逆レイプの件以降、秋保とこうして面と向かうと、つい意識して……舌が回らなくなってしまう。
秋保も秋保で、哀しげに目を伏せて、目を合わせようとはしない。
非常に心苦しい……。
お互いに、手が出せない。いわゆる冷戦状態とか言うヤツ……か?
でも……。
やった事には賛同は出来なかったが、それでも……。
(舜兄さん……!好き……!大好きぃぃ……!)
それでも……僕を、愛してくれたんだ……。
その気持ちには、ちゃんと応えたい……。
さて……どうしたら良いか……?
「あーーっ!わっかんないよ舜!助けて!!」
悶々と考えていると、問題が解けない事に痺れを切らした夏樹が救難信号を出して来た。
「ドコが分かんないの?」
「も、もう……ドコが分かんないのかも分からなくなって来た……アハハ……!」
自暴自棄になって乾いた笑い声を出す夏樹を何とか宥めて、僕は夏樹の問題解明の助っ人になる。
「そのまま割るんじゃないよ。分数の場合は逆さまにして掛けるんだよ」
「あ……!あ~~~~!!」
「公式忘れてたな……」
夏樹はパチリと手を叩くと、一心不乱に公式をノートに書き込んでいく。
暫くして、夏樹は総てから解放された、清々しい笑顔で傍らの僕に笑みを投げた。
「終わった……!」
「どれどれ……?」
僕は夏樹のうなじの後ろから覗き込む様に、彼女の解答を確認してみる。
柑橘系に似た夏樹の汗の匂いが、僕の鼻をくすぐった。
「うん……!正解!」
「やった!」
「やれば出来るじゃん」
ちゃんと上手く解けている。
僕が太鼓判を押すと、夏樹の笑顔が更に晴れやかなものになった。
「………………」
「………………」
ふと、何気無く、夏樹と視線がーー湿り気を帯びた視線とかち合う……。
「………………」
「………………」
テーブルの下で、夏樹の手が僕の手に触れ、絡み付く。
「……次の問題は……?」
「えっと……」
また別の問題を眺めながらーー。
僕も進んで、夏樹の手を握り締めた。
あの日の……体育倉庫での……夏樹との初セックスの熱が蘇る様な感じ……ジクジクとした甘い熱が……夏樹と僕の掌の中で生まれる。
「う、うん……惜しい。これはカッコの中から先に計算するんだ」
「あ、ああ……そうか……そうだね……」
そう、勉強をする振りをして。
熱の甘さに酔い痴れそうになりながら、僕と夏樹は掌だけで弄り合った。
捻る様に、撫でる様に……。
しかし……。
「に、兄さん……?」
悲しみを押し殺した様な秋保の声と視線に気付いて、僕は夏樹と掌だけの繋がりを解く。
夏樹は、恥ずかしそうにはにかみながら俯いた。
「わ、私も……べ、勉強教えて…………」
そう僕に尋ねる秋保の声は、微かに震えていて、まるで今にも泣きそうで。
その口調は、前世の僕……ケンジに被せられた罪を必死に弁明しようとする僕に似ていて……。
「うん…………任せて…………」
僕は緊張に詰まりそうな喉を精一杯鳴らして頷くと、秋保の漢字ドリルを見遣る。
「……っ!」
僕の心臓がドクリと跳ねた。
漢字ドリルの空欄には、問題そのものの解答など書かれてはおらず……。
『あなたがすき』
『にいさんがすき』
『おねがい』
『なんでもするから』
『わたしを』
『きらいにならないで』
『みて』
『わたしのこともみて』
『わたしも』
『あいしてください』
そのページ全ての空欄に、秋保の想いが、書き殴られていた……。
「秋保……ちゃんと……」
ちゃんと話をしよう、そう僕は言おうとしたが……。
「ごめ……ごめんなさい……」
途中で秋保はガタリと椅子を倒して立ち上がった。
突然の事に絶句する僕。サイダーのお代わりをしようとキッチンに向かおうとしていた夏樹も、ビックリして秋保を見た。
「……消しゴム……買って来る……」
振り絞る様な声で秋保は言うと、ワンピースを大きく翻して玄関に向かって走り出す。
「秋保!待っ……」
僕の声が秋保には届かず、秋保はドアを開け、庭に咲く向日葵の列の、その彼方へと走り去っていった。
「秋保……どうしたの……!?」
困惑する夏樹。
僕は……もう迷ってられない。
「夏樹……実は……」
僕は、漢字ドリルに書かれた秋保の心情と共に、僕と秋保に起きた事を、夏樹に告白した……。
勿論、僕と夏樹の初セックスを、秋保が目撃してしまった事も……全て……。
いつもは勝ち気な夏樹の瞳が、悲痛の形に見開かれる……。
「……そんな……!?」
****
それから1時間経ち、2時間経ち……。
新しくパートを始めた詩乃さんが帰って来て、夏期講習を終えた春音姉さんも帰って……。
件のおっかない浩巳君と遊び終えた冬乃ちゃんも帰って来たのに……。
どれだけ経っても、秋保は帰って来なかった……。
「秋保…………!?」
続く
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