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・第23話 結構贅沢な事……
しおりを挟む"兄さん……私を見て……!私の事も……見て……!"
重い脳内で、秋保の声が何度も何度も響いて来る……。
「……はァ……」
朝から……いや……昨夜から色々ありすぎて……。
僕は……疲れていた。
朝日が……黄色く見える……。
何の為に、僕は……。
今朝の春音姉さんの言葉を思い出す。
(舜ちゃんに……けじめつけて貰いたいな)
春音姉さん……、けじめって……どういう……?
やっぱり……そういう……?
****
「あら……?舜くん?」
外出の準備をする僕を見て、台所から詩乃さんが顔を出した。
「何処かお出かけ?」
「あ、はい……!勇希とキャッチボールをしに行く約束をしてて……」
「そ、そう……」
「…………?」
「…………」
んん…………?
何故だろう?詩乃さんは少し寂しそうな顔をした。
「……詩乃さん?どうかした?」
僕が尋ねると、詩乃さんは慌てた様子で笑って、手をパタパタ振る。
「え!?あ、あのっ……え、あっ!?」
顔を真っ赤にした詩乃さんは、ちょっと……いや、かなり可愛いらしかった。
「……今日は春音達も用事でいないし、冬乃もお友達の所に遊びに行っちゃったから……、舜くんと二人で……映画でも行こうかしら……なんて思ってたの……」
「映画……ですか?」
「勇希くんてこないだの子でしょ?舜くんと一緒に冬乃を助けてくれた……」
「はい」
激昂したケンジから冬乃ちゃんを奪還した時の事か……。僕が頷くと、詩乃さんは微笑む。
「じゃあ早く行ってあげなさい」
詩乃さんとの映画か……。
今日は無理でも……。
「詩乃さん……?」
「ん……?」
「映画は日を改めてで良い?僕も詩乃さんと……行きたい……です」
面と向かって言うのは、少し恥ずかしい……!
すると、まるで今日の陽気のように、詩乃さんは顔を晴れやかに綻ばせて、頷いた。
「ええ……!楽しみにしてるわね!」
詩乃さんを笑顔を見ながら、僕は勇希との待ち合わせ場所へと向かう。
家のドアを閉める時に聞こえた、詩乃さんの履いたスリッパが鳴らすステップは、こちらまで嬉しくなる様な軽快なものだったが……。
(……がっかりさせたかな……?)
ほんの少し、後ろ髪が引かれる思いだった……。
****
予想だにしない事は立て続けに起こるものなんだなぁ……。
待ち合わせ場所の森林公園に着いた僕は、既に来ていた勇希に詩乃さんとの顛末を話してみた。
すると勇希は突然眉を吊り上げて、
「お袋さんに付き合ってやれよっっ!!!!」
「は…………!?」
「俺とはいつでも遊べるだろうがっっ!!!!」
勇希渾身の叫びに、周囲の学生カップルや子ども達がビックリして僕達を見た。
掛け声で鍛えたか……流石野球クラブ、声の響き良さが常人の同年代とは全然違う。
「ちょ……勇希」
「あ…………」
周囲の視線に気付いた勇希は、恥ずかしそうに頭を掻いて俯いた。
「ぁ……その……なんだ……」
「勇希……?」
数秒間、勇希は口をモゴモゴと動かしながら、僕の目を見て……かと思えば視線を逸らして、淡々と呟いた。
「俺……お袋いねえから……」
「あ…………」
「俺が赤ん坊の頃……病気で死んじまったから……」
そうだった。
前世で、スポーツ雑誌で見た事がある。メジャーリーガーとなった勇希の生い立ちで……。
「……だからよ、俺は……もうお袋孝行……したくても出来ねえから……、ちゃんと母親がいるお前は……母親の願い事……聞いてやれよ……」
「勇希……」
「母親がいるって……結構贅沢な事なんだぜ……?」
詩乃さんは実の母親じゃなくて後妻なんだけど……。
……って僕は心の隅では思ったけど、勿論……口にする事はない。
勇希の熱意を無下にするから……。
ブハッ、と息を吐いて、勇希は再び僕を見据えた。
吸い込まれそうな、勇希の真っ直ぐな瞳。
出かける際に見た詩乃さんの顔を思い出してしまう。
「勇希……ゴメン」
「ん……」
「今日……ちょっと……用事が出来ちゃって……!」
僕がそう言いながら頭を下げると、勇希はニヤリと笑って頷いた。
「さっさと行けよ……!バカ……!」
勇希に背を向けて、僕は走る。
僕とキャッチボールをする筈だったグローブを振り回して、勇希が僕を見送ってくれてる事が、振り向かなくても分かった。
僕は馬鹿だ。
馬鹿だからこそ、改めて分かった。
やり直したこの過去での家族の愛し方。かけがえの無い親友。
僕に、今の僕に出来る、やれるだけやりきれる事……!
****
僕は走った。
噴き出る汗を拭いながら、走って走って、走り続けて……!
「うわっ!こないだのガキだぁっ!!」
「「ひええっ!!」」
以前僕に強請りをして来て返り討ちにした中学生三人組と出会ったが、
「またカツアゲなんてしてないでしょうねっ!?」
「「「し、してませんしてませんしてませんっ!!!!」」」
「なら良しっ!!」
「「「は、はやっ……!」」」
適当にあしらって、僕は更に加速する。
うん……!理由はどうあれ、身体を動かすのは気持ちが良い……!
Tシャツを汗でグッショリ濡らしながら、僕はやっとこ家に辿り着く。
そして……!
「え……!?しゅ、舜くん!?」
縁側で洗濯物を畳んでいた詩乃さんが、ビックリした顔で汗だくの僕を見る。
一所懸命。僕は全力の笑顔で、詩乃さんに言った。
「詩乃さん!お出かけしよう!映画でも!ショッピングでもっ!!」
続く
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