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本編
駅はそっちじゃない
しおりを挟む「いやー、めでたいよなー。わははははははっ」
「ほんとぉーに、一時はどーなるかと思ったぜぇ」
「さーっ、諸君っ、かぁんぱいしよーぢゃないかぁっ」
呼びかけに応えて、全員一斉に思い思いのグラスを握りしめて、何度やったかわからない乾杯を繰り返す。
ほとんどの人間が泥酔した、あの、狂乱のカラオケボックスから約一ヵ月の月日が経っていた。
仕事を途中で投げ出して飲みに行ったのが祟ったのか、翌日からはなんとバグの雨あられで、現場のSE(システムエンジニア)のみならず研究所や工場を巻き込んで、マシン室は大荒れに荒れた。
営業は地を這うミミズのごとく顧客に頭を下げまくり、SEは機嫌を直してくれないマシンへ奴隷のごとく昼夜を問わず奉仕した。
忙しい最中に顧客は怒鳴りこんでくるわ、社内新聞以外で滅多にお目にかからない会社のお偉方が血相変えて飛んでくるわ、『泣きっ面にクマンバチ』状態であった。
誰もが、「もう死んだほうがましだろう」と、何度も心の中で呟いた。
しかし、終わりのない冬も、明けない夜もこの世には存在しないというのが、ありがたいかな自然の法則。
関係者を地獄の底の底まで追い落とし、キリキリ舞いさせたバグの嵐も、ちょっとした糸口をきっかけにあっという間に引き潮のようにぐんぐんと引いてしまった。
気がつくとあれよあれよと言う間にラストスパートがかかり、プロジェクトはつつがなく当初の予定どおりの期日に第一段階を終了した。
そして、今度は「終わりよければすべて良し」という飲み会を開いたわけである。
メンバーはいつもの面々プラスに助っ人を加え、男だけというのに三十人をゆうに越えていた。しかも、疲労を重ねた体に注ぎ込むアルコールは回りが早い。それを知っているにもかかわらず、喜びに我を忘れた彼らはとめどもなく飲みまくった。
異様な盛上がりにたまたま居合わせた一般客達の血の気が引いていたが、食べ放題飲み放題がうたい文句の居酒屋の店員たちは、触らぬ神に何とやらを決め込んでいた。
呑んで呑んで、食べて食べて、暴れて暴れて・・・・・。
二次会へ移る頃には、既に理性を通り越して本能すら失った者がほとんどだった。
「さーて、生き残ってる奴はカラオケにいくぞーっ」
「おーっ」
足元がおぼつかないながらも、テンションの下がらない連中は、ぞろぞろとあらかじめ予約を入れていたカラオケボックスに向かって歩きだす。
二次会の会場は彼らのいる居酒屋からは目と鼻の先に位置していたが、あまりの惨状に耐えられずいつのまにか騒ぎに紛れて闇へと消えた者も幾人かいた。
これだけ大人数の飲み会なら、たかが数名欠けたとて、だれも気にかけたりはしない。 まだ遊び足りないものは遊び、そうでないものはさっさと帰る。
自分の面倒は自分で見ろ、の状態である。
そんな中、今回の幹事である岡本を江口が呼び止めた。
「岡本さん、すみません」
「んあ?」
「悪いけど、俺も、先に失礼します」
「どーした?ぐあいわりぃか?」
「いや、具合悪いのは俺じゃなくって・・・」
ちらりと後を振り返る。
「池山さんです」
江口の肩ごしに覗き込むと、近くの飲み屋のポーチの段差に池山がぐったりと座り込んでいた。
「おんや珍しい。あいつ、顧客掛け持ちフル活動だったから疲れがたまってたかな?」
「・・・みたいですね。仕方ないから、俺、池山さん送って帰ります」
「んー?そーかぁ?わりぃな」
岡本は十数メートル先にあるカラオケボックスの看板に目を遣る。
「今日は立石が出張でいねーからよ、後始末俺がやんないとな・・・」
「そうですね」
にっこりと江口は笑う。
「俺も、けっこう酔ってるんで、ちょうどいいです」
「そうか。じゃあ、頼んだわ」
「それじゃ、失礼します」
酔っていると言ったわりにはしっかりした顔つきで、江口は池山を肩で支えながら足早に立ち去った。
「あれ・・・」
カラオケボックスのドアに手を掛けて振り返った岡本は呟いた。
「駅はそっちに無いはずだがなぁ・・・。あの先にあるのは・・・」
こき、と首を鳴らした後、鞄を持ち直す。
「やっぱ、あいつもかなり酔ってんなぁ」
たくさんの酔っ払いが行き来するなか、池山と江口の姿はあっという間に見えなくなってしまった。
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