54 / 54
第二章 公女去りて後のアシュフィールド国
キャットファイト
しおりを挟む「ハーマン、続きを」
王の命令に、騒ぎ疲れて大人しくなったガートルードを騎士が内陣の前へ連れて行くと、両手を魔道具で拘束されている第二王子妃はうつろな表情でぺたんと子どものように床に座り込んだ。
「それでは、始めます」
一礼して、ハーマンと司祭、そして魔導士たちがオリヴィアの時に行った術を繰り返す。
唱和される詞と音に、一部の男たちは密かに冷たい汗を流し始める。
逃げ出せるものならと周囲を伺ったところで、王の配した警備は万全だ。
無駄なあがきなのは明らかだ。
呪いのような時間が過ぎ編み出された術が最高潮になったところで、ハーマンが錫杖を床に叩きつける。
「指輪よ。秘する者たちを開示せよ」
厳かな声とともに、ガートルードの指から青い光が放たれた。
それは、様々な男たちめがけて飛んでいく。
飛び回る無数の青い光に女性たちはどよめき、そして心当たりのある男たちの中にはしゃがんだり時には身近な女性を盾にして逃れようとするがそんな姑息な手が通用するはずもない。次々と不貞のしるしが付けられていく。
中には、紫と青のどちらもしるしが残った者がいる。
その最たるものは、アラン・ネルソン。
彼は、全身の半分ずつが両方の色に染まり、もはや魔物のような姿となっていた。
「ふふ……。あははは……」
誰もが息をのんでアランを見つめる中、笑い声が上がる。
「だからなんだというの。…ばかばかしい。誰でもやっている事じゃない」
膝の上に両手を投げ出し、唇をゆがめ首を傾げた。
「ちょっと見つめただけで、羽虫のように寄ってきて。婚約者がいようが妻子がいようがいまいが皆……」
ぐるりとあたりを見回して肩をすくめる。
紫、青、紫、青。
紫と、青。
青、青、青……。
青色に染まった男の方が少し多い。
「オリヴィア様。少なくともこの場においては私の方が勝ちですわね」
こんな時だと言うのに誇らしげな表情を浮かべ、すぐ近くで同じような姿で床にへたり込み、ガートルードを呆けたように見つめるオリヴィアに微笑みかけた。
「…ガートルード様」
その言葉が耳に届いたのだろうか、ぱちりと瞬きをしてペリドットの瞳が突然光を取り戻す。
「貴方、王子妃でありながら、まさかアランをたぶらかすなんて……」
地を這うような唸り声が可憐な少女の唇から上がる。
長いドレスの裾もものともせずいきなり立ち上がりガートルードめがけて駆けると、右手を思い切り振り上げその頬に叩きつけた。
「……っ!」
ぱん、と破裂音が聖堂内に響く。
抵抗できないガートルードは平手打ちをまともに食らった。
「この、泥棒猫!」
金切り声を上げて左手も振り上げたオリヴィアの腹に、今度はガートルードの拘束された両手が拳の状態で叩き込まれる。
「ぎゃっ…っ」
仰向けに倒れたオリヴィアの上にガートルードは飛び乗った。
「自分に魅力がないのを棚に上げて、何を言っているのかしら、この花畑は」
馬乗りになった状態でガートルードは微笑む。
そして両手を固く組み合わる。
「無礼者。私は王子妃。…そしてお前は、ただの女。婚約者のなりそこないよ」
言うなり、拘束具もろともオリヴィアの頬に振り下ろした。
「―――! ガート、るーどぉぉっ」
人々は目を疑う。
国で最も清らかな美を誇った二人が上になり下になり、血だらけで口汚くののしり合い殴り合っている。
これは、まるで男を取り合う下民のいざこざと変わらない。
しかも、彼女たちが争っているのは…。
「…くだらない」
全身に密通の証をまとったまま冷たい瞳で二人を見つめる、アラン・ネルソンなのだ。
13
お気に入りに追加
125
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
結婚しましたが、愛されていません
うみか
恋愛
愛する人との結婚は最悪な結末を迎えた。
彼は私を毎日のように侮辱し、挙句の果てには不倫をして離婚を叫ぶ。
為す術なく離婚に応じた私だが、その後国王に呼び出され……
高慢な王族なんてごめんです! 自分の道は自分で切り開きますからお気遣いなく。
柊
恋愛
よくある断罪に「婚約でしたら、一週間程前にそちらの有責で破棄されている筈ですが……」と返した公爵令嬢ヴィクトワール・シエル。
婚約者「だった」シレンス国の第一王子であるアルベール・コルニアックは困惑するが……。
※小説家になろう、カクヨム、pixivにも同じものを投稿しております。
「いなくても困らない」と言われたから、他国の皇帝妃になってやりました
ネコ
恋愛
「お前はいなくても困らない」。そう告げられた瞬間、私の心は凍りついた。王国一の高貴な婚約者を得たはずなのに、彼の裏切りはあまりにも身勝手だった。かくなる上は、誰もが恐れ多いと敬う帝国の皇帝のもとへ嫁ぐまで。失意の底で誓った決意が、私の運命を大きく変えていく。
ヒロイン不在だから悪役令嬢からお飾りの王妃になるのを決めたのに、誓いの場で登場とか聞いてないのですが!?
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
ヒロインがいない。
もう一度言おう。ヒロインがいない!!
乙女ゲーム《夢見と夜明け前の乙女》のヒロインのキャロル・ガードナーがいないのだ。その結果、王太子ブルーノ・フロレンス・フォード・ゴルウィンとの婚約は継続され、今日私は彼の婚約者から妻になるはずが……。まさかの式の最中に突撃。
※ざまぁ展開あり
【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた
アリエール
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。
悪役令嬢とバレて、仕方ないから本性をむき出す
岡暁舟
恋愛
第一王子に嫁ぐことが決まってから、一年間必死に修行したのだが、どうやら王子は全てを見破っていたようだ。婚約はしないと言われてしまった公爵令嬢ビッキーは、本性をむき出しにし始めた……。
【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
【完結保証】望まれぬ妃なら、王宮を出ます
ネコ
恋愛
私はドラガリア王国の王妃として迎えられたが、王であるアルブレヒト陛下の心は幼馴染みの伯爵令嬢ロザリーにある。求められるのは王家の血を繋ぐための形だけの役割で、私がどれほど尽くしても彼の想いは戻らない。ある夜、密やかに逢瀬を重ねるふたりの姿を目にし、限界を悟った私は宮殿を出ることを決意するのだが――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
退会済ユーザのコメントです
岡本圭地さま
感想をありがとうございます。
この作品もなんだかんだで長くなりそうな予感がしますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
おふ様
感想をありがとうございます。
ツンデレ悪役令嬢のハードボイルド物語ですが、ハピエンタグだけは死守しますのでどうかご安心ください。
手法として泥の中から花開くイメージでしてちょっとその間がつらいかと思いますが、とりあえず最新話『邂逅』でイケオジミーツガールしております。
そこでいったん落ち着けるかなあと。
ただ誠に申し訳ないのですが、別の異世界作品『ぼんやり~』のほうの更新に今月は集中するため、しばらく続きをお待たせすることとなります。
(よろしければ近況に言い訳を書いておりますので、ご覧いただければ……)
不器用な作家で申し訳ありません。
どうぞこれからもよろしくお願いいたします。