闇色令嬢と白狼

犬飼春野

文字の大きさ
上 下
46 / 54
第二章 公女去りて後のアシュフィールド国

美しき者たち

しおりを挟む
 王城の一角にある大聖堂の中は荘厳な雰囲気に包まれている。

 国で一番品質の高い大理石を積み上げられた中心廊は、東西に細く長く続きそして天井は尖塔と共にとてもなく高く、真夏でも空気がひんやりと冷たいことで有名だ。

 側面廊に歴代の聖人や王族を描いたとりどりのステンドグラスがはめ込まれた窓がぎっしりと並んでいるせいなのだろうか。中へ足を踏み入れるとなぜか巨大な洞窟を想像させる。

 婚姻式への出席を希望した貴族たちは中心廊にそって作りつけられた席に座り、時を待つ。

 しばらくすると香炉を手にした司祭たちが入場し、側廊を周回しながら聖堂内を清め、場が整ったところで最奥の部屋より枢機卿であるハーマンと王、そして王太后が現れた。

 王妃と王太子夫妻の帰国を待たぬまま、婚約式は行われることに決定されている。

 その東の奥内陣にはひときわ高い大理石の壇上があり、そこへ三人はゆっくりと上りそれぞれ椅子に座ると周囲を見渡す。


「では、始めよう」

 王の一言で、空気が動く。

 大聖堂の中間あたりに南北に袖廊が伸び、そこに豪華な控室がある。
 それぞれ南北に配され時を待ち続けた恋人たちは、司祭たちの導きのもと部屋を出る。

 まずは、北の控室で待機していた第三王子ジュリアンが証人役の兄のウォーレンと連れ立って中心廊へ進み、王たちのいる奥内陣を目指した。

 二人が壇上の前に着くと、今度は南の控室からオリヴィアがネルソン侯爵家の新しい当主となった従兄のアランにエスコートされてゆっくりと中心廊を歩く。

 ジュリアンの色を模した水色の柔らかなドレスは僅かな空気の流れにふわふわとそよぎ、艶やかな髪も薄い光を放ちながら波打つ。
 白い額を飾る見事なサークレットからどれほどジュリアンの寵愛が深いか、誰の目にも明らかだ。
 零れ落ちそうな大きなペリドットの瞳はまっすぐ聖堂の奥で待っている恋人を見つめ、笑みの形を作っていた。


「それにしても……。ネルソン家はなんと美しいこと」

 ぽつりと列席者の一人が呟く。

 優しく義妹の手を引く新当主アランは第二王子ウォーレンと年が近く、王子教育を受けていたころは側近の一人だった。
 夏の空の色を思わせる髪と瞳の甘い顔立ちは令嬢たちに人気が高く、今も、既婚独身を問わず女たちの目をくぎ付けにしている。
 そんな義兄妹が歩く姿もまた、眼福だと人々はため息をついた。

 やがて、ネルソン家の二人は奥内陣へたどり着く。


「オリヴィア」

「ジュリアン様……」

 主役の二人がようやく引き合わされた。
 微笑み合う恋人たちは互いの手を取り合い、儀式を待ちきれずそっと口づけを交わす。

 確かに、美しい眺めではあった。

 青みがかったプラチナブロンドとアクアマリンを思わせる瞳をもつジュリアンは三人の王子たちの中で一番王妃の美貌を受け継いでいる。
 そしてそんな彼に寄り添うオリヴィアもネルソン家の最高傑作と囁かれる美少女だ。

 席に座っている出席者たちは互いの色を思わせる豪華な衣装に身を包む二人の姿に、感嘆のため息をつき、ほめそやした。

 これぞ、神の定めた伴侶なのだと。


「それでは―――」

 いつまでもうっとりと見つめ合う二人に、ハーマン枢機卿が軽く咳払いをする。

「我が国の第三王子ジュリアン殿下と、侯爵家長女オリヴィア・ネルソン嬢の婚約式を執り行います」

 厳かな声に、居並ぶ者すべてが背を正した。

 神聖なる儀式が、始まる――。

 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

ヒロイン不在だから悪役令嬢からお飾りの王妃になるのを決めたのに、誓いの場で登場とか聞いてないのですが!?

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
ヒロインがいない。 もう一度言おう。ヒロインがいない!! 乙女ゲーム《夢見と夜明け前の乙女》のヒロインのキャロル・ガードナーがいないのだ。その結果、王太子ブルーノ・フロレンス・フォード・ゴルウィンとの婚約は継続され、今日私は彼の婚約者から妻になるはずが……。まさかの式の最中に突撃。 ※ざまぁ展開あり

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

キモデブ王子と結婚したくないと妹がごねたので、有難くいただくことにしました ~復縁? そんなの無理に決まっているではありませんか~

小倉みち
恋愛
 公爵令嬢ヘスティアの妹、アイリスは我がままだった。  なんでもかんでも自分が1番じゃないと、自分の思う通りに話が進まないと気の済まない性格。 「あれがほしい」 「これがほしい」  ヘスティアが断ると、ヒステリックを起こす。  両親は妹に甘く、ヘスティアに、 「お姉ちゃんでしょ? 譲ってあげなさい」  と言い出す。  こうしてヘスティアは、妹に色んなものを奪われていった。  そんな折、彼女はまた悲鳴をあげる。 「いやいやいやいや! あんなキモデブと結婚したくない!」  キモデブと揶揄された彼は、この国の第一王子。 「お姉様の婚約者の、イケメンの公爵が良い。お姉様、交換して!」 「はあ」  公爵も了承し、あれよあれよという間に婚約者交換が決まった。  でも私は内心、喜んでいた。  顔だけの公爵よりも、性格の良い第一王子の方がよっぽどマシよ。  妹から有難く「第一王子の婚約者」という立場を貰ったヘスティア。  第一王子とともに穏やかな生活を送っていたある日。  なぜか城へ殴り込んできた妹と元婚約者。  ……は?  復縁?  そんなの無理に決まってるじゃないの。

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

光の王太子殿下は愛したい

葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。 わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。 だが、彼女はあるときを境に変わる。 アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。 どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。 目移りなどしないのに。 果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!? ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。 ☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

処理中です...