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第二章 公女去りて後のアシュフィールド国
尋問
しおりを挟む「デイヴ・バリー。いったい何があったのか釈明しろ。公女は私の姪でもあるにもかかわらず、なぜこのような姿になったのかを」
王は腹の底から唸るような声で尋ねた。
勿忘草色の髪と瞳は亡き先王譲り。
柔和な顔立ちから慈悲深い王と言われるスチュアートの表情はいつになく険しい。
デイヴたち五人の生き残りは思わず驚きに目を見開いた。
王は、心の底からこの件に憤りを感じている。
王太后が臨席しているにもかかわらず、エステルを姪だと、はっきりと宣言した。
「そなたたちは、いったい何をした」
怒りの波動が玉座からまっすぐに不心得な男たちを目指して圧する。
「ひ……っ……」
後ろで平伏しているロビーとベンが小さく悲鳴を上げた。
「…恐れながら……。わ、我々は」
つい声を震わせてしまう己を叱咤しながらデイヴは続ける。
「ジュリアン殿下からの任命でハドウィック辺境伯領の駐屯地へ特別転移魔法で移動し、馬車や馬など装備を借りて聖グレジオ教会の修道院を目指しました。しかし、早くお連れしようと気が逸っていたせいか道を間違え、森の中へ迷い込んでしまいました。そして魔物たちに遭遇し逃げようと試みる中運悪く悪路に馬車が嵌り、横転してしまったのです。我々が応戦している間に公女を見失ってしまい、慌てて追いましたが……」
ここまでは、出立する時にジュリアンたちに予め指示されていた内容をそのまま言っているに過ぎない。
本来ならば、森の中でエステルを犯して殺し、猛獣の巣の近くに捨てる予定だった。
数日後に残骸を回収し王宮で説明する。
途中までは目論見通りだった。
だが、ハドウィックの騎士たちは思いのほか仕事熱心で、デイヴたちの道行きに不審を抱き、すぐさま辺境伯へ連絡をした。
彼らが駆け付けてくれたおかげで自分たちは生きている。
しかし保護と言う名の監視が付いた以上、それから一切の裏工作や口裏合わせが不可能となった。
今も、こうしてデイブたちのそば近くで威圧しているように。
「なぜ、公女は山頂に向かった。報告によると夜会服のままだというではないか」
王が当たり前の疑問を口にする。
確かに淑女が裸足で山を駆け登るなど、あり得ない。
護衛としてそば近くにいたデイヴですら、想像だにしていなかったことなのだから。
「……。長年仕えた私でもわかりません。もしかしたら、修道院へ行くのがお嫌で逃亡を図られたのでは……。あの時の公女様は何かに取りつかれたかのように恐ろしいさまで、私どもは驚き、うっかり見失ってしまいました」
苦しい言い訳だが、知らぬ存ぜぬを貫くしかない。
「……ほう。それで?」
さえざえとした相槌に焦りを覚えつつも、デイヴは真実と嘘をとりまぜた話を進めた。
「ようやく山頂で追いつき、公女様を保護しようとしたのですが、そこへ突然空から怪鳥が現れました。初めて見た怪鳥が恐ろしかったのでしょうか、公女様は悲鳴を上げながら小刀を振り回しておられましたが、恐慌状態になったのか、突然、崖下へ身を躍らせました。お助けしたくとも、我々も魔物と戦っている最中だったのでそれもかなわず……」
握りこんだ手の中は汗でびっしょりだ。
近くには主君であるヘイヴァース公爵が木箱の中を見つめたまま彫像のように佇んでいる。
切りかかられてもおかしくない。
しかし、真実を知る者はいないのだ。
エステルは、死んでしまったのだから。
「ダニエル・コンデレ。今の話、相違ないか」
王の問いに、隣の男は肩をぴくりとさせたが、胸に手を押し当て首を垂れる。
「は。あの夜は……。同行した者のうち五人は公女様をお探ししている途中で魔物に襲われて命を落とし、遺骸の回収すら未だままなりません。ハドウィック辺境伯が駆け付けてくださったので我々は辛うじて助かりましたが……。申し訳ありません、色々ありすぎて記憶の整理がついておらず、とりとめのないことを申しました」
ダニエルは控えめな様子を装いながらあくまでも、自分たちは出来る限りの手を尽くしたことを主張する。
怪鳥に襲われてもなお手放さなかった大事なコインネックレスはハドウィック辺境伯にすぐさま没収された。
王宮へ戻る前に返してくれたが、仕掛けられた術は破壊し、ただの装飾品になったと言われ、暗澹たる思いを抱く。
術など、なかったはずだ。
オリヴィアさまが自分を殺そうとするなど、あるわけがない。
怪鳥が自分を目指して飛んできたなど、嘘だ……。
「……そうか」
ダニエルの心の内を知ってか知らずか、王は静かに頷いた。
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