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第二章 公女去りて後のアシュフィールド国
鑑定
しおりを挟む今日は、最悪な日だった。
定時帰宅は無理な量の仕事を任された。
しかし、俺は頑張ってなんとかそれを定時前に終わらせた。
我ながら頑張ったと思う。
今日のそこまでの自分をほめてやりたい。
課長の野郎は、朝に無茶な量の仕事を割り振ったにもかかわらず、そんなことを等に忘れたかのように定時直前に話しかけてきた。
「田中君、この仕事今日中にやっておいて。君、今手持ちの仕事がないようだし」
そういいながら、こっちに書類を投げつけてきた。
書類を反射的にキャッチしてしまう。
課長は、俺が受け取ったのを一瞥すると、そそくさと帰り支度をしてオフィスから出て行った。
「じゃ、よろしく。そんじゃ、お疲れさん」
あの野郎、ぜってぇ許さねえ。
今日、どんだけ仕事すればいいんだよ。いつもの仕事の倍はやったぞ。いつもの倍やっても、同じ給料って、仕事当たりの単価でいったら半分じゃねぇか。
あの鳥頭課長、一日働いただけで忘れたんじゃねぇか?
朝、俺にあんな量の仕事を割り振っていったこと。
何であんな無能が昇進できてるんだよ。
そう愚痴をこぼしながら、手をいつもの倍の速さで動かして動かしていった。
課長に頼まれた書類のデータ入力を終えたころには、もうてっぺんを過ぎていた。
やっとの思いで仕事を終わらせると、帰路に就いた。
そんなに都会じゃないから、もう終電なんてない。
会社からの帰路徒歩三十分を歩いて帰ることにした。
久しぶりに定時で帰れる喜びから、残業地獄に落とされたイライラで、もう素面ではやってられなくなった。
コンビニにより、パックの日本酒を買う。
それを煽りながら、歩く。足取りは、デスクワークで弱った足腰と、まわり始めた酒でいつの間にか千鳥足になっていた。
俺は気づいたら走り出していた。家とは反対の方向に。
最初に感じたのはいつもより少し強い空気の抵抗。
いつもより少しだけ早く移り変わる景色。
ここ数年まともに運動していない酔っ払いの走る速度などたかが知れている。ゆっくりと進むくせに燃費の悪い走りをする。だんだんと息が苦しくなってくる。酒で体が熱くなり、走ってさらに熱くなる。もう服を脱ぎ棄ててしまいたい。
前しか見えていなかった視界が、だんだんと開けてきた。すると、周りの人がこちらを不審者でも見るような目で見ていることが分かった。
正直あまりまわりの視線が気にならない。
重くなった体で、つまずきながらもがむしゃらに走り続けた。何か目的があったわけでもない。なぜか無性に走りたくなったのだ。多分、酔って急に欲求に勝てなくなったのだろう。俺の中にそんな欲求があったことに驚きを隠せない。学生の頃は生粋の文化部で、走り出したくなったことなどないのだ。
街頭の明かりで昼間のように明るかった街中を抜け、だんだんと暗くなっていく。
夜らしい暗闇になったころには、お世辞にも走っているとは言えない速度になっていた。もう歩いたほうが早いんじゃないかという速度で走る。
だんだんと空気がきれいになっていくように感じる。
気が付くと、知らない田んぼのあぜ道に来ていた。
さっきまでアスファルトの上を走っていたはずなのに、いつの間にか自然あふれる土地の上に寝転がっていた。
虫の鳴き声が聞こえる。土のにおいがする。空気がおいしい。
うつぶせになっていた体を転がし、仰向けになる。
そこには青々とした空が広がっていた。
雲はこの青空を引き立てるアクセント程度に添えられている。
人一人いない、美しい自然。映画のワンシーンのような田舎。
人の波に押されて、心をすり減らしていた日々を忘れさせる美しい青空。
体を起こすと、朝日が昇ってくる。
子供のころに、通学路で見たような光景。
今よりもずっとゆっくりと気が流れていたあの頃。すべてのことを楽しんで笑顔を絶やさなかったあの頃。俺はいつから変わっちまったんだろう。
いつから俺は、この景色を見てなかったのだろう。走ってこれるくらいの距離にあるはずだった自然を。
頬を伝う一筋の汗。いつまでたっても止まる気がしない。
なぜだろうと思い、田んぼをのぞき込むと、自分が泣いていることが分かった。
なんで俺は泣いているのだろう。
やっと、自分の心がすり減っていたことに気が付いた。
自分は大丈夫と言い聞かせて頑張っていた日々が、今までの安定の代わりに心身の健康を切り売りする価値観が突然意味をなくしたように感じた。
俺は何にとらわれていたのだろう。
あぁ、この会社辞めよう
二日酔いの頭に、まぶしい朝日を食らい、吹っ切れた。
スマホをつけ、上司に「辞めます」とメッセージを送った。
久しぶりにスマホの光がまぶしいと感じた。
今までなら、辞職するなら上司の顔面に退職届をぶち当てようとしていただろうが、今はそんな気分じゃない。
心に、余裕が生まれている。
あぁ、明日からどうしよう。
まぁ、昨日よりはいい日になるんじゃないかな。
おれは、ゆっくりと歩き始めた。
次は何をしよう。
ゆっくりとやっていこう一つ一つ自分のペースで。
定時帰宅は無理な量の仕事を任された。
しかし、俺は頑張ってなんとかそれを定時前に終わらせた。
我ながら頑張ったと思う。
今日のそこまでの自分をほめてやりたい。
課長の野郎は、朝に無茶な量の仕事を割り振ったにもかかわらず、そんなことを等に忘れたかのように定時直前に話しかけてきた。
「田中君、この仕事今日中にやっておいて。君、今手持ちの仕事がないようだし」
そういいながら、こっちに書類を投げつけてきた。
書類を反射的にキャッチしてしまう。
課長は、俺が受け取ったのを一瞥すると、そそくさと帰り支度をしてオフィスから出て行った。
「じゃ、よろしく。そんじゃ、お疲れさん」
あの野郎、ぜってぇ許さねえ。
今日、どんだけ仕事すればいいんだよ。いつもの仕事の倍はやったぞ。いつもの倍やっても、同じ給料って、仕事当たりの単価でいったら半分じゃねぇか。
あの鳥頭課長、一日働いただけで忘れたんじゃねぇか?
朝、俺にあんな量の仕事を割り振っていったこと。
何であんな無能が昇進できてるんだよ。
そう愚痴をこぼしながら、手をいつもの倍の速さで動かして動かしていった。
課長に頼まれた書類のデータ入力を終えたころには、もうてっぺんを過ぎていた。
やっとの思いで仕事を終わらせると、帰路に就いた。
そんなに都会じゃないから、もう終電なんてない。
会社からの帰路徒歩三十分を歩いて帰ることにした。
久しぶりに定時で帰れる喜びから、残業地獄に落とされたイライラで、もう素面ではやってられなくなった。
コンビニにより、パックの日本酒を買う。
それを煽りながら、歩く。足取りは、デスクワークで弱った足腰と、まわり始めた酒でいつの間にか千鳥足になっていた。
俺は気づいたら走り出していた。家とは反対の方向に。
最初に感じたのはいつもより少し強い空気の抵抗。
いつもより少しだけ早く移り変わる景色。
ここ数年まともに運動していない酔っ払いの走る速度などたかが知れている。ゆっくりと進むくせに燃費の悪い走りをする。だんだんと息が苦しくなってくる。酒で体が熱くなり、走ってさらに熱くなる。もう服を脱ぎ棄ててしまいたい。
前しか見えていなかった視界が、だんだんと開けてきた。すると、周りの人がこちらを不審者でも見るような目で見ていることが分かった。
正直あまりまわりの視線が気にならない。
重くなった体で、つまずきながらもがむしゃらに走り続けた。何か目的があったわけでもない。なぜか無性に走りたくなったのだ。多分、酔って急に欲求に勝てなくなったのだろう。俺の中にそんな欲求があったことに驚きを隠せない。学生の頃は生粋の文化部で、走り出したくなったことなどないのだ。
街頭の明かりで昼間のように明るかった街中を抜け、だんだんと暗くなっていく。
夜らしい暗闇になったころには、お世辞にも走っているとは言えない速度になっていた。もう歩いたほうが早いんじゃないかという速度で走る。
だんだんと空気がきれいになっていくように感じる。
気が付くと、知らない田んぼのあぜ道に来ていた。
さっきまでアスファルトの上を走っていたはずなのに、いつの間にか自然あふれる土地の上に寝転がっていた。
虫の鳴き声が聞こえる。土のにおいがする。空気がおいしい。
うつぶせになっていた体を転がし、仰向けになる。
そこには青々とした空が広がっていた。
雲はこの青空を引き立てるアクセント程度に添えられている。
人一人いない、美しい自然。映画のワンシーンのような田舎。
人の波に押されて、心をすり減らしていた日々を忘れさせる美しい青空。
体を起こすと、朝日が昇ってくる。
子供のころに、通学路で見たような光景。
今よりもずっとゆっくりと気が流れていたあの頃。すべてのことを楽しんで笑顔を絶やさなかったあの頃。俺はいつから変わっちまったんだろう。
いつから俺は、この景色を見てなかったのだろう。走ってこれるくらいの距離にあるはずだった自然を。
頬を伝う一筋の汗。いつまでたっても止まる気がしない。
なぜだろうと思い、田んぼをのぞき込むと、自分が泣いていることが分かった。
なんで俺は泣いているのだろう。
やっと、自分の心がすり減っていたことに気が付いた。
自分は大丈夫と言い聞かせて頑張っていた日々が、今までの安定の代わりに心身の健康を切り売りする価値観が突然意味をなくしたように感じた。
俺は何にとらわれていたのだろう。
あぁ、この会社辞めよう
二日酔いの頭に、まぶしい朝日を食らい、吹っ切れた。
スマホをつけ、上司に「辞めます」とメッセージを送った。
久しぶりにスマホの光がまぶしいと感じた。
今までなら、辞職するなら上司の顔面に退職届をぶち当てようとしていただろうが、今はそんな気分じゃない。
心に、余裕が生まれている。
あぁ、明日からどうしよう。
まぁ、昨日よりはいい日になるんじゃないかな。
おれは、ゆっくりと歩き始めた。
次は何をしよう。
ゆっくりとやっていこう一つ一つ自分のペースで。
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