36 / 54
第一章 婚約破棄と追放、そして再会
王女ジュヌヴィエーヴの『真実の愛』
しおりを挟む「……俺も、君に話しておくべきことがある。本来ならば、結婚を申し込む前にすべきことだったが、時間がなかった」
アシュフィールド国に聖グレジオ教会の特別転移施設を知られてしまうわけにはいかない。
王家に利用され尽くさないためには、どれほど従順な臣下でも手札が必要だ。
「ヴァンサン家について……。いや、俺と元妻と子供たちについてだ」
目を閉じて額と合わせたまま、言葉をつづける。
「今更だが、聞いてくれるか」
「はい」
吐息交じりの許しに、ウーゴは背筋を伸ばしてそのきらめく瞳を覗き込んだ。
「俺の十五歳の誕生日に、ヴァンサン辺境伯はローラン国の末の王女の降嫁を受諾した」
「……はい」
誰もが知っている、二十数年前の出来事。
ウーゴ・ノエ・ヴァンサンは黒髪にオッドアイの大人びた少年だった。
身体の成長が早く、背丈は並みの大人たちをあっという間に追い越し、長い手足と母親譲りの顎の細い中性的な整った顔立ちは、恋愛小説に傾倒する若い令嬢たちの関心を引き、熱烈な視線を送られることとなる。
その中の一人が、十八歳を目前に控えた王女ジュヌヴィエーヴだった。
彼女は先王妃が病死した後に妃の座についた子爵令嬢より生まれ、遅くに生まれた末子として両親に溺愛された。
目に入れても痛くないと豪語する王は、ジュヌヴィエーヴの望むことならなんでも叶えた。
その一つが許婚であった公爵との婚約解消、そしてウーゴ・ノエ・ヴァンサンとの婚姻。
戦闘狂と呼ばれるヴァンサン辺境伯は戦力拡大に金品を必要としていたため、王が多額の結納金を提示するとあっさり息子を差し出した。
ジュヌヴィエーヴはウーゴから熱烈なアプローチを受け、長年の婚約者と別れることにしたと社交界で自慢した。
これこそ、真実の愛だと。
その実は、十歳近く上のロンズデール公爵が気に入らず、社交界で注目の的だった美少年に飛びついただけのこと。
ローラン国の男は十代半ばまではエルフのように中性的な顔立ちだが、二十歳を過ぎると顔も体つきも頑強なものへ変化する。
ジュヌヴィエーヴはその最たるものであるロンズデールの容姿と、国の中枢を担う公爵としての振る舞いを年より臭いと嫌悪した。
美少女としてちやほやされた王女の身体は早熟で、受けるべき教育はなおざりに騎士や令息を侍らせて恋の真似事ばかり楽しんだ。
あらゆる不祥事を両親がもみ消してくれることをよいことに、『ちょっとした悪戯』にも興じた。
そんな彼女の誤算は、自分の美貌がウーゴの心に全く響かなかったことだ。
王命を受けて二か月足らずの婚約期間で王宮内の教会にて結婚式を挙げ、国内外の話題となった。
しかし、初夜は惨憺たるものだった。
十五歳になったばかりのウーゴには荷が重すぎたのだ。
プライドを傷つけられ、さらには『情熱的に愛されている』と触れ回った以上、後には引けないジュヌヴィエーヴは短絡的な行動に出る。
それは、『ちょっとした悪戯』でよく使った『モノ』をウーゴに飲ませることだった。
そして、ジュヌヴィエーヴは手に入れた。
大人向けの恋愛小説に描かれるような『蜜なる日々』を。
それからウーゴは部屋から一歩も出なくなった。
息子の異常にいち早く気づいたヴァンサン辺境伯夫人はすぐさま夫に訴えたが、まったく相手にされず、孤立した。
そしてある日。
ジュヌヴィエーヴは夫に飽きたと宣言しヴァンサン家のタウンハウスを飛び出して父の元へ戻り、その数日後に辺境伯夫人が病死した。
同じ病を罹患したらしいウーゴは生死の境をさまよい続け、一か月後にようやく目覚めた。
漆黒の髪は白銀へと変わり、彼の妖精のような甘い面差しは劇的に変わった。
まるで野生の狼のように鋭く険しい目つき、真一文字に結ばれた唇。
やせ細り、筋力の落ちた身体で王宮に現れ、王のみならず周囲は騒然となった。
一方のジュヌヴィエーヴは既に身ごもっていたが変わり果てた夫との面会を拒否し、男女の双子を王宮の奥深くで出産した。
王女の出奔後夫婦は再び会うことのないまま離婚が成立し、子供たちはヴァンサン家が引き取り、王女は元の婚約者であるロンズデール公爵家へ再降嫁。
急ごしらえだったヴァンサン家との結婚式を払拭すべく、王はさらに大聖堂にて盛大な式を執り行った。
それから十年余り、ウーゴと双子たちは王宮と社交界へは一切顔を見せず、辺境へ引きこもり続けることとなる。
これが、ウーゴ・ノエ・ヴァンサンと王女ジュヌヴィエーヴの『真実の愛』の顛末だ。
6
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説
数字で恋する男爵令嬢
碧井夢夏
恋愛
数学者の父を持つ男爵令嬢のリリス・マクウェル。
下級貴族ながらも裕福な家に育ち、何不自由ない生活を送っている。
リリスには憧れている男性騎士がいるが、特に好きなのはそのスタイル。
圧倒的なその数字に惚れて、彼の経営する騎士団に雇ってもらおうと自分を売り込んだ。
全く相手にされていないけど、会計士として活躍するリリス。
うまくいかない恋に悩み、親切な同僚のシンに相談するうちになんだか彼が気になって来て・・?
不器用令嬢×器用男子の恋の駆け引きは、最初から勝負になんてなっていない。
※アメイジング・ナイトシリーズの外伝(スピンオフ)ですが、本編未読でも問題なく読めます。
※R表現はありませんが、大人の恋のお話なので男女のことが出てきます、苦手な方はご注意・・。

【完結】仕事を放棄した結果、私は幸せになれました。
キーノ
恋愛
わたくしは乙女ゲームの悪役令嬢みたいですわ。悪役令嬢に転生したと言った方がラノベあるある的に良いでしょうか。
ですが、ゲーム内でヒロイン達が語られる用な悪事を働いたことなどありません。王子に嫉妬? そのような無駄な事に時間をかまけている時間はわたくしにはありませんでしたのに。
だってわたくし、週4回は王太子妃教育に王妃教育、週3回で王妃様とのお茶会。お茶会や教育が終わったら王太子妃の公務、王子殿下がサボっているお陰で回ってくる公務に、王子の管轄する領の嘆願書の整頓やら収益やら税の計算やらで、わたくし、ちっとも自由時間がありませんでしたのよ。
こんなに忙しい私が、最後は冤罪にて処刑ですって? 学園にすら通えて無いのに、すべてのルートで私は処刑されてしまうと解った今、わたくしは全ての仕事を放棄して、冤罪で処刑されるその時まで、押しと穏やかに過ごしますわ。
※さくっと読める悪役令嬢モノです。
2月14~15日に全話、投稿完了。
感想、誤字、脱字など受け付けます。
沢山のエールにお気に入り登録、ありがとうございます。現在執筆中の新作の励みになります。初期作品のほうも見てもらえて感無量です!
恋愛23位にまで上げて頂き、感謝いたします。

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね
さこの
恋愛
恋がしたい。
ウィルフレッド殿下が言った…
それではどうぞ、美しい恋をしてください。
婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました!
話の視点が回毎に変わることがあります。
緩い設定です。二十話程です。
本編+番外編の別視点


公爵令嬢の白銀の指輪
夜桜
恋愛
公爵令嬢エリザは幸せな日々を送っていたはずだった。
婚約者の伯爵ヘイズは婚約指輪をエリザに渡した。けれど、その指輪には猛毒が塗布されていたのだ。
違和感を感じたエリザ。
彼女には貴金属の目利きスキルがあった。
直ちに猛毒のことを訴えると、伯爵は全てを失うことになった。しかし、これは始まりに過ぎなかった……。

理不尽な理由で婚約者から断罪されることを知ったので、ささやかな抵抗をしてみた結果……。
水上
恋愛
バーンズ学園に通う伯爵令嬢である私、マリア・マクベインはある日、とあるトラブルに巻き込まれた。
その際、婚約者である伯爵令息スティーヴ・バークが、理不尽な理由で私のことを断罪するつもりだということを知った。
そこで、ささやかな抵抗をすることにしたのだけれど、その結果……。
ヒロイン不在だから悪役令嬢からお飾りの王妃になるのを決めたのに、誓いの場で登場とか聞いてないのですが!?
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
ヒロインがいない。
もう一度言おう。ヒロインがいない!!
乙女ゲーム《夢見と夜明け前の乙女》のヒロインのキャロル・ガードナーがいないのだ。その結果、王太子ブルーノ・フロレンス・フォード・ゴルウィンとの婚約は継続され、今日私は彼の婚約者から妻になるはずが……。まさかの式の最中に突撃。
※ざまぁ展開あり

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる