30 / 54
第一章 婚約破棄と追放、そして再会
耐えがたい真実
しおりを挟むエステルはこんこんと眠り続ける。
この場へ運び込んだ折に清拭と着替えを行ったソルタンの部下である修道女二人に彼女を預け、隣室で四人は話し合うことにした。
「ウーゴ、クライヴ、そしてソルタン殿。改めてこの度の事、深く感謝する。娘の窮地を救い、保護してくれたことをこのエイドリアン・ヘイヴァース、一生忘れず恩に報いたい」
エイドリアンは右手を胸に当て、三人に向かって深く頭を下げた。
「エイドリアン。俺たちはただ、領内に現れた不審者を追跡しているうちにたまたまエステル嬢を発見しただけのことだ。生まれてすぐから知っているあの子を我々が見殺しに出来るわけはないのだから」
クライヴはエイドリアンの肩を軽く叩いてソファに座ることを促す。
「ところで、俺が連絡するより前にこうなることをある程度把握していたようだったが、何があった」
向かいに腰を下ろした長年の友人の目をしっかりと見つめてエイドリアンは答えた。
「まず、今夜はエステルの誕生と成人の祝い、そして半年後に控えた結婚式に対するお披露目の宴が王都で開催されていたはずなのは、知っているな」
「ああ。申し訳ないが俺は冬を前に魔獣狩りを徹底せねばならないから欠席した。エステル嬢には申し訳なかったが、うちへ宴の開催の正式な招待状が来たのがなぜか数日前で、息子も出られないから王都にいる者を代理で出席させたが、それが?」
第三王子とはいえ、その妃になる女性のための宴が開催されるかどうかなかなか明確にされなかった上に、国王夫妻と王太子は国を空けており、第二王子も宿下がりしている妃が流産しかけて見舞いのために領地へ詰めているため、奇妙な催事だという印象はあった。
「お前の元へ全く知らせが行っていないのなら、情報が錯綜しているのか、それとも王宮にその者も留め置かれているのかどちらかだろうな……。王宮でエステルはジュリアン殿下とその取り巻きたちによって嵌められ、断罪されたのだと思う」
「思う?」
「ああ。ここへ跳ぶ直前にヘイヴァースの王都邸が完全崩壊した」
「は?」
クライヴだけでなく、ウーゴとソルタンも驚愕に目を見開く。
「何者かが屋敷の正面玄関に掲げている紋章に刃を打ち付けたらしい」
その一言で、三人は全てを悟った。
「ああ……。馬鹿だな。そんな馬鹿をやるのはネルソンしかいないか」
「ネルソン侯爵は……。まさか……」
「おそらく、エステルの罪を口実にヘイヴァースの制圧に乗り込んだのだろう。あれのやりそうなことだ」
ネルソン侯爵が一方的にエイドリアンとヘイヴァース公爵家を敵視していることは周知の事実だ。
「馬鹿だ馬鹿だと思っていたけれど、本当に馬鹿なんだな、あいつは……」
私兵を率いて襲撃したか。
いや、ジュリアンを焚きつけて王命で国の兵を出動させたに違いない。
国王が戻る前にエステルを亡き者にし、ヘイヴァースの資産と爵位を取り上げる心づもりだったのだろうが、好き放題にもほどがあるだろう。
「しかし、その馬鹿が糸を引いている茶番劇にエステルが出向くのを阻止できなかった俺こそ能無しだ」
エイドリアンの瞳の碧がいっそう暗く落ちていく。
「……エステル嬢は宴で何が起きるか解っていながら王宮へ向かったのか。それはなぜ」
ウーゴが静かに尋ねると、エイドリアンは両手を額に当てた。
「あの子には王家の影が一人付けてあった。婚約指輪に紐づけされた『セオ』という男で、空間移動に長けていた。彼が突然俺の前に現れて言うには、今夜のために王家より贈られたドレスと宝飾と化粧品など身に着けるものすべてに細工が為されていたと」
ドレスは素材の等級を変え、一部縫い目をしつけ糸のままに。
真珠のチョーカーはまがい物を用い、つなぐのは同じく木綿の千切れ易い糸で。
化粧品と香水は肌に異常が起きる物質を混入させ、数時間後の、程よい時間に醜い姿へ変わるよう念入りに作られた。
「おそらくとある演出の為に違いないが、それが何なのかなど今更考えるまでもなく……」
「婚約破棄、そしてネルソン侯爵令嬢への乗り換え宣言か」
「ばかばかしいが、それしかないだろう。どんな罪を作り上げたかは不明だが、余興としては大いに盛り上がると彼らは本気で信じていた」
ネルソン侯爵令嬢への過度の寵愛は隣国にも聞こえている。
彼女を側妃にするのか、それとも……と、賭場で話題になるほどに。
「そして、セオが会話の途中で消えた。まるで別次元へ吸い込まれてしまったように。そこで考えられるのは、正式な手順を踏んで婚約破棄が為された……。指輪が消滅したということだ」
「なるほど。ではその婚約破棄の立会を務めた聖職者が密かに強靭な『祝福』』を施したのだな」
王家の婚約には聖魔法がなければ成立しない。
「そうですな。神はエステル様を惜しまれたのでしょう」
ウーゴの言葉にソルタンが深くうなずく。
「私の見立てではあの軌跡は大司教たちのものではなく……」
そもそも、あの茶番に関わりたがる者はいない。
上層部は全員なんらかの口実を設けて逃げ出し、失っても惜しくない者に押し付けただろう。
「ナサニエル司教で間違いないかと。後ろ盾のない末席を生贄に出したつもりでしょうが、彼の慈悲の力は強大ですからな。エステル様を無理やりこの世にとどめることも可能でしょう」
「この世に無理やりとどめる……とは、いったいどういう……」
うつろな声が三人へ問いかける。
「エイドリアン。俺がエステル嬢を発見した時、首に深い傷があり、確実に命が尽きるよう刃を当ててあった。それはもう、思い切りよく」
自害だと、あの時ウーゴは一目で理解した。
あの少女らしい刀瑕だった。
「この腕に抱いて確認した時。全身血まみれだったが、傷口を神聖魔法がしっかりと塞ぎ、治癒魔法のようなものが見たことのない速さで施され始めていた。そして、驚くことに呼吸は正常と変わらなかったんだ」
実際、首の傷跡はもうほとんど残っていない。
まるで何事もなかったかのように。
「つまりは……」
「俺は思うに、あの子は一度……。いや、一瞬……。死んで、戻ってきたのではないかと思う」
「…………!」
エイドリアンは拳を強く握りしめた。
「死んだ、だと……」
彼は胸を掻きむしり、熱い吐息を吐く。
「許しがたい……。許してなるものか」
耐えがたい真実だった。
1
お気に入りに追加
125
あなたにおすすめの小説
【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね
さこの
恋愛
恋がしたい。
ウィルフレッド殿下が言った…
それではどうぞ、美しい恋をしてください。
婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました!
話の視点が回毎に変わることがあります。
緩い設定です。二十話程です。
本編+番外編の別視点
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
ヒロイン不在だから悪役令嬢からお飾りの王妃になるのを決めたのに、誓いの場で登場とか聞いてないのですが!?
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
ヒロインがいない。
もう一度言おう。ヒロインがいない!!
乙女ゲーム《夢見と夜明け前の乙女》のヒロインのキャロル・ガードナーがいないのだ。その結果、王太子ブルーノ・フロレンス・フォード・ゴルウィンとの婚約は継続され、今日私は彼の婚約者から妻になるはずが……。まさかの式の最中に突撃。
※ざまぁ展開あり
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
リアンの白い雪
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。
いつもの日常の、些細な出来事。
仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。
だがその後、二人の関係は一変してしまう。
辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。
記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。
二人の未来は?
※全15話
※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。
(全話投稿完了後、開ける予定です)
※1/29 完結しました。
感想欄を開けさせていただきます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる