闇色令嬢と白狼

犬飼春野

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第一章 婚約破棄と追放、そして再会

肖像画

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「こちらです」

 宴の喧騒から離れ、しんと静まりかえった回廊の隅でジュリアンは足を止める。

「こんな……こんな大きな絵があったとは」

 騎士や側近を背後に引き連れたまま、呆然と見上げた。
 広い王宮内ゆえに、ジュリアンですら足を踏み入れていない所は多くある。
 ここはそういった場所の一つだった。

「すっかり忘れておりました。我ら上位貴族の通る場所ではありませぬゆえ」

 同行したネルソン侯爵も眉をひそめて絵を見つめる。

「ありえない。誰でも見られる場所にこのような不快なものをいつまでも飾っていたのか」

 その絵は、椅子に座る先王ギリアンと寄り添って立つ娘のレイラ王女の仲睦まじい姿を等身大に近い大きさで描かれていた。

 王女の濃紺の髪の色とこぼれんばかりの大きな金色の瞳は確かにエステルと同じ。
 しかしまだどこかあどけなく庇護欲を誘う可憐な容姿の細く小柄な少女だった。

 白い額、ほそい頤、バラ色の小さな唇。
 微笑みを浮かべたその顔は、花の妖精のようなふんわりとした愛らしさに満ちている。
 その華奢な身体をしっかり包むのは夜の闇のようなドレスで、裾がたっぷりと大理石の床に広がり、レース細工の美しさを強調していた。

 エステルの怜悧な顔だちと背の高さのせいで印象が全く違う為、側近たちはすぐに思い出せなかったようだが、確かに今夜見たものと同じ。

 細かく編んで結い上げられた小さな頭を彩る装飾の黄金の簪の挿し方や耳飾りに至るまで、気味悪い程ジュリアンの記憶と一致する。

「なるほど。あの侍女の言う通りではあったか」

 とはいえ手をこまねいてエステルの好きにさせ、せっかくの余興に水を差した責任は取らせるが。

「今すぐこの絵を降ろさせろ。壊しても構わん」

「はっ」

 騎士と従僕たちは手分けして一斉に壁に取りつき、肖像画を取り外した。

 壁に立てかけたそれにジュリアンは近づき、しばらく眺めた後、腰の剣を抜いておもむろに振り下ろした。

 ザシュッ――――。

 周囲の者は皆、息をのんだ。
 絵の中心を斜めに大きな裂け目ができ、更に二度三度と王子は剣を振り下ろしざくざくと切り裂いていく。
 だんだん興奮してきたのか、いつまで経ってもジュリアンは執拗に剣を振り回す。
 切っ先は主に王女をなぞっていたが、先王も次第にずたずたになった。

「で、殿下……」

 おそるおそる背後からネルソン侯爵が声をかける。

「こやつらは、王太后を苦しめた。その恨みを私が晴らしてやっているのだ」

 『こやつら』に先王が含まれることに、一同はぎょっとする。

「この女の母親はお祖母様の顔に泥を塗った。どれだけの屈辱だったことか。流民ごときが王の子を産むなど……」

 先王ギリアンと王太后アレクサンドラは政略結婚であるが互いに理性的な関係を保ち、より良い統治を行っていた。
 それに小さな亀裂が生じたのは、遠い大陸からアリーヤという異国の少女が現れてからだ。
 ギリアンは恋に落ち、歴代の王と違って側室を持たぬという信念をいともたやすく曲げた。

「これを焼き捨てろ。灰は汚水路に流してしまえ」

 ようやく気が済んだのか剣をしまったジュリアンの足元に、慌てて従僕たちが駆け寄り、切りくずをかき集めた。

「俺が王になったらまず一番にあの女たちを歴史から抹消する。この国の汚点にしかならないからな」

「はい。私どもも微力ながらお助けいたします。つきましては……」

 ちらちらと、上目遣いに王子を見るネルソンにジュリアンは軽くうなずく。

「わかっておる。そのためにわざわざここまでついて来たのだろう」

「ははは。さすがは殿下。察しの良いことで」

「行って来い。あそこはもう、義父であるお前の物だ、ネルソン侯爵」

「は。有り難き幸せ」

 深く一礼するなり、ネルソン侯爵は己の側近たちを引き連れ立ち去った。



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