24 / 54
第一章 婚約破棄と追放、そして再会
肖像画
しおりを挟む「こちらです」
宴の喧騒から離れ、しんと静まりかえった回廊の隅でジュリアンは足を止める。
「こんな……こんな大きな絵があったとは」
騎士や側近を背後に引き連れたまま、呆然と見上げた。
広い王宮内ゆえに、ジュリアンですら足を踏み入れていない所は多くある。
ここはそういった場所の一つだった。
「すっかり忘れておりました。我ら上位貴族の通る場所ではありませぬゆえ」
同行したネルソン侯爵も眉をひそめて絵を見つめる。
「ありえない。誰でも見られる場所にこのような不快なものをいつまでも飾っていたのか」
その絵は、椅子に座る先王ギリアンと寄り添って立つ娘のレイラ王女の仲睦まじい姿を等身大に近い大きさで描かれていた。
王女の濃紺の髪の色とこぼれんばかりの大きな金色の瞳は確かにエステルと同じ。
しかしまだどこかあどけなく庇護欲を誘う可憐な容姿の細く小柄な少女だった。
白い額、ほそい頤、バラ色の小さな唇。
微笑みを浮かべたその顔は、花の妖精のようなふんわりとした愛らしさに満ちている。
その華奢な身体をしっかり包むのは夜の闇のようなドレスで、裾がたっぷりと大理石の床に広がり、レース細工の美しさを強調していた。
エステルの怜悧な顔だちと背の高さのせいで印象が全く違う為、側近たちはすぐに思い出せなかったようだが、確かに今夜見たものと同じ。
細かく編んで結い上げられた小さな頭を彩る装飾の黄金の簪の挿し方や耳飾りに至るまで、気味悪い程ジュリアンの記憶と一致する。
「なるほど。あの侍女の言う通りではあったか」
とはいえ手をこまねいてエステルの好きにさせ、せっかくの余興に水を差した責任は取らせるが。
「今すぐこの絵を降ろさせろ。壊しても構わん」
「はっ」
騎士と従僕たちは手分けして一斉に壁に取りつき、肖像画を取り外した。
壁に立てかけたそれにジュリアンは近づき、しばらく眺めた後、腰の剣を抜いておもむろに振り下ろした。
ザシュッ――――。
周囲の者は皆、息をのんだ。
絵の中心を斜めに大きな裂け目ができ、更に二度三度と王子は剣を振り下ろしざくざくと切り裂いていく。
だんだん興奮してきたのか、いつまで経ってもジュリアンは執拗に剣を振り回す。
切っ先は主に王女をなぞっていたが、先王も次第にずたずたになった。
「で、殿下……」
おそるおそる背後からネルソン侯爵が声をかける。
「こやつらは、王太后を苦しめた。その恨みを私が晴らしてやっているのだ」
『こやつら』に先王が含まれることに、一同はぎょっとする。
「この女の母親はお祖母様の顔に泥を塗った。どれだけの屈辱だったことか。流民ごときが王の子を産むなど……」
先王ギリアンと王太后アレクサンドラは政略結婚であるが互いに理性的な関係を保ち、より良い統治を行っていた。
それに小さな亀裂が生じたのは、遠い大陸からアリーヤという異国の少女が現れてからだ。
ギリアンは恋に落ち、歴代の王と違って側室を持たぬという信念をいともたやすく曲げた。
「これを焼き捨てろ。灰は汚水路に流してしまえ」
ようやく気が済んだのか剣をしまったジュリアンの足元に、慌てて従僕たちが駆け寄り、切りくずをかき集めた。
「俺が王になったらまず一番にあの女たちを歴史から抹消する。この国の汚点にしかならないからな」
「はい。私どもも微力ながらお助けいたします。つきましては……」
ちらちらと、上目遣いに王子を見るネルソンにジュリアンは軽くうなずく。
「わかっておる。そのためにわざわざここまでついて来たのだろう」
「ははは。さすがは殿下。察しの良いことで」
「行って来い。あそこはもう、義父であるお前の物だ、ネルソン侯爵」
「は。有り難き幸せ」
深く一礼するなり、ネルソン侯爵は己の側近たちを引き連れ立ち去った。
1
お気に入りに追加
128
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
下げ渡された婚約者
相生紗季
ファンタジー
マグナリード王家第三王子のアルフレッドは、優秀な兄と姉のおかげで、政務に干渉することなく気ままに過ごしていた。
しかしある日、第一王子である兄が言った。
「ルイーザとの婚約を破棄する」
愛する人を見つけた兄は、政治のために決められた許嫁との婚約を破棄したいらしい。
「あのルイーザが受け入れたのか?」
「代わりの婿を用意するならという条件付きで」
「代わり?」
「お前だ、アルフレッド!」
おさがりの婚約者なんて聞いてない!
しかもルイーザは誰もが畏れる冷酷な侯爵令嬢。
アルフレッドが怯えながらもルイーザのもとへと訪ねると、彼女は氷のような瞳から――涙をこぼした。
「あいつは、僕たちのことなんかどうでもいいんだ」
「ふたりで見返そう――あいつから王位を奪うんだ」
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。

悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

【1章完結】婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでのこと。
……やっぱり、ダメだったんだ。
周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間でもあった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表する。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放。そして、国外へと運ばれている途中に魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※毎週土曜日の18時+気ままに投稿中
※プロットなしで書いているので辻褄合わせの為に後から修正することがあります。

悪役令嬢だったので、身の振り方を考えたい。
しぎ
恋愛
カーティア・メラーニはある日、自分が悪役令嬢であることに気づいた。
断罪イベントまではあと数ヶ月、ヒロインへのざまぁ返しを計画…せずに、カーティアは大好きな読書を楽しみながら、修道院のパンフレットを取り寄せるのだった。悪役令嬢としての日々をカーティアがのんびり過ごしていると、不仲だったはずの婚約者との距離がだんだんおかしくなってきて…。
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

番ではなくなった私たち
拝詩ルルー
恋愛
アンは薬屋の一人娘だ。ハスキー犬の獣人のラルフとは幼馴染で、彼がアンのことを番だと言って猛烈なアプローチをした結果、二人は晴れて恋人同士になった。
ラルフは恵まれた体躯と素晴らしい剣の腕前から、勇者パーティーにスカウトされ、魔王討伐の旅について行くことに。
──それから二年後。魔王は倒されたが、番の絆を失ってしまったラルフが街に戻って来た。
アンとラルフの恋の行方は……?
※全5話の短編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる