闇色令嬢と白狼

犬飼春野

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第一章 婚約破棄と追放、そして再会

考えろ。

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「そっちはどうだ?」

「わからん! くそっ、暗すぎる!」

 松明を灯したいがこの森の木はどれも夜露に湿って使えない。
 火魔法を得意とする二人が真っ先にやられ、持参している魔石の灯篭では光が弱く、痕跡をたどるのが困難だ。
 しかも、焦った者たちが馬であたりを走り回り、さらにかき回された形になってしまった。
 魔物と戦う機会の多い辺境騎士団と違い、国の真ん中に位置し平穏な王都の警備隊の魔力は雇用条件としてあまり重要視されずせいぜいほんの少し身体強化が出来る程度だ。
 騎士という肩書の男が八人もいるのに急ごしらえの関係で統率もへったくれもない。

 いや、笑えるほど使えない編成だ。
 これは、偶然なのだろうか。

 デイヴは横倒しになったままの馬車の中をもう一度確認しながら考える。
 闇色のドレスは切り裂かれ、邪魔になるコルセットとクリノリンは脱ぎ捨てられていた。

「身体に刺さっていたのはこれか……」

 女性の下着をじっくり手に取ったことがないのでよくわからないが、おそらく針金を何本か抜いて凶器を仕立てたのだろう。
 ぽとんと転がるヒールの高い靴。
 散らばる装飾のかけら。
 彼女が機動性を重視して裸同然の姿で脱出したということだけは分かった。

「おい、色男。お前の姫さんはいったい何者なんだ。いっぺんに二人倒すとかどんなバケモンかよ」

 横からラッセンが声をかけてくる。
 辛うじて生き残った方は両目を潰されて治癒師がここにいない以上使い物にならない。
 誰もが動揺していた。

「分からない」

「おい。ふざけてんのか」

「本当にわからないんだ。俺が知るエステル様は淑女であることを常とし、一切のことを使用人たちに任せて座っているだけの人形だった。走る姿なんて見たことがない」

「……お前、本当に専属護衛だったんだよな?」

「ああ。もうすぐ七年になる」

 ラッセンが片眉を思いっきり上げたところで、遠くから叫び声が聞こえて来る。

「どうした!」

 方角は坂を上った山に続く森の中。
 二人が木々をかき分けすぐさま駆け付けると、腰を抜かして座り込んでいる男がいた。
 ダニエルや他の騎士たちも駆け付け、息をのむ。

「魔物だ……。あの女、魔物にちがいねえ……」

 視線の先を見ると、また仲間が二人地面に転がっていた。
 一人は最も大柄で相当な力自慢だったにもかかわらず難なく倒されており、発見した者は恐怖を覚えたらしい。
 大柄な男は鋭利な刃物による殺傷、小柄な男は首が不自然な方角に曲がっていた。
 誰が見てもわかる。
 これは、人を殺し慣れている人間のしわざだ。
 まるで、凄腕の暗殺者のように。

「そんなばかな……」

 ダニエルは呆然と呟く。
 ほんの数刻前の断罪の場で無様に床へ叩きつけられていた公女の姿と一致しない。
 彼女は、自分たちからの暴力に容易く翻弄されていた。

「くそっ。武器を持っていかれた。こいつは剣と弓だったか」

 ラッセンが舌打ちをする。
 首を折られた男は丸腰にされていた。

「色男。考えろ。あの姫さんの目的は何だ。男をいたぶる変態なのか。それとも――」

 デイヴの肩を掴んでラッセンはすごむ。
 森の中はますます騒がしくなってきた。
 夜の獣たちにじわじわと取り囲まれている気配に全員焦っている。
 実際、数人は蝙蝠系の魔物に襲われ多少の怪我をすでに負っていた。

「いや。こいつらはたまたま遭遇したに過ぎない。あの方は高潔であることを常としていたはずだ」

 己の無実を証明するためならば神聖裁判も厭わないと言い放った、彼女ならば。

「なら逃げることか」

「それもある。可能性としては時間を稼いで夜が明けるのを待っているだろう」

「助けが来ると思っているのか? 見捨てられたんじゃなかったのかよ」

 宴は第三王子とその一派の独壇場だった。
 しかし、それはそれ以外の勢力を切り離していたからできたこと。

「こっちに来たのは何でなんだろうな。陽動か? 坂を下った方が騎士団か麓の民に助けを求められると考えるのが普通じゃないか」

 ラッセンの疑問はもっともだ。
 しかし、それは真相の令嬢ならばの話で。
 両手を目に当てて、デイヴはうつむく。


 考えろ。
 あの方は、どこを目指す?
 浮かぶのは、着任の挨拶に出向いた時に見上げた、小さな顔。

『お前。不服なら無理に仕える必要はないのよ』

 金色の瞳がずばりと核心をついた。

 せっかく公爵家の騎士になれたのに、まだ十歳そこそこの小娘のお守を任ぜられ不満に思っていることを早々に見抜かれた恥ずかしさが今も尾を引いている。
 

「上を……。エステル様は山の頂を目指しているかもしれない」

 今ならわかる。
 あの少女なら。
 たとえ捕まるとしても。
 こんな雑木林の中ではなく、見晴らしの良い頂上だろうと。

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