34 / 50
王都編
五本勝負
しおりを挟む
ガンッ・・・ッ。
凄まじく重い音が響き渡る。
木と木の打ち合いなら、もっと軽く高めの音のはずなのだが、全く違う。
しかも、連打に次ぐ連打。
ふたりの体の動きも先ほどの比ではない。
それなのに。
【×××、×× ×××× ×××、×××××―っ!】
耳慣れない言葉をナタリアが木剣を振り下ろしながら叫ぶ。
しかも、それに対し。
【×× ××××× ×××、××××・・・】
剣を交える男もどうやら同じ言語で返している。
【×××、××× ×、××××~!】
【××・・・】
【×××、×××、×××× ××】
【×××】
【××】
絶え間ない攻撃と口撃の連続だ。
しかし、二人ともどちらも辞めずにひたすら続ける。
「ぶっ・・・っ。まったく、あの二人ときたら・・・」
たまらず、パール夫人が噴き出し、腹を抱えて笑いだした。
「・・・彼らが言っている言葉、わかるのですか」
トリフォードが首を傾けて尋ねると、彼女はメガネの下の目じりから涙をぬぐいながらうなずく。
「ええ、まあ。ばらしても良いかしら。今使っているのは北のザルツガルドの言葉ね。ほら、わが国とはほぼ断絶に近いから、あまりわかる人いないだろうって思ったのでしょうね。言いたい放題言い合ってるところ」
「ザルツガルド?」
「ナタリア様の母君のヘンリエッタ様の出身国なのよ。ナタリア様の体格はザルツガルド系ね」
説明している間にも、二人は速攻の言い合いと打ち合いを続けている。
「ぶは・・・っ」
いつの間にかトリフォードたちの近くにいたダビデが噴き出した。
「た、たまらん・・・」
口元を大きな手で覆い方をふるわせダビデが悶絶する。
「あら、あなたもしかして・・・」
岩のように縦にも横にも大きい男を見上げてパール夫人は首をかしげた。
「はい。私は両親がザルツガルド出身です。昔、商隊の警護をやっていてそのままこの国へ定着したもので…。ふ、ふっ・・・くくく」
パール夫人へ返事をしながらも、耳がナタリアの叫びを聞き取ってしまうらしく、大きな目から涙を流して爆笑するのを耐えている。
「これは、すごいですね。お二人はザルツガルド語で罵倒の限りを。・・・ぶふっ・・・っ」
とうとう、ダビデはこらえきれずに膝をついて笑い始めた。
「そう・・・なのよ、わかる人がいて、うれしい・・・わ・・・ははははっ」
パール夫人も扇子を握りしめ、胸を叩きながら笑い続けている。
貴婦人の鎧をかなぐり捨て、大口を開けて笑っている。
どうやら二人が使っているのは、『ヘンリエッタ様』がとても使うような言葉ではないらしい。
貴族で言うなら、『悪いことば』。
親や乳母から鞭で叩かれるレベルの罵詈雑言。
しかも、賭場で聞くような『べらんめえなまり』らしく、ダビデとパール夫人が笑いすぎて呼吸困難に陥っている。
「どこから・・こんなのを・・・」
ひいひいと喉から空気を振るわせながらダビデが言ったその時。
バキッッッ!
ナタリアが振り下ろした木剣が折れた。
「・・・」
ナタリアは冷静に折れた刃先の軌道を目で追った。
誰もいない所へ飛ぶのを確認したと同時に残された木剣を放り出し、直ぐに身体を沈め、地面に両手をつく。
ガンッ。
リロイの容赦ない一振りがナタリアのすぐ脇に落ちた。
それをわずかにそらして避け、そのまま地面を蹴り、先ほど撒いた木剣の一つへ向かって駆けだす。
もちろんリロイはその後を追い、背中に向かってまたもや繰り出す。
刃先が届く前にナタリアは木剣をつかみ、受け止めた。
ガッ・・・。
「これは・・・」
「これが、ルールなのよ。身分に関係なく、実戦を想定した戦いをすること」
「実戦?」
「ダドリーはね。山岳地帯も抱えているから色々悪いモノが潜伏しやすいの。とくに、傭兵崩れがヤリたくなったら降りてくるから困ったものよ」
ザルツガルドをはじめ接する他国との多少の小競り合いはあるが、ここのところ戦争らしきものはない。
そうなると仕事にあぶれるのが傭兵をはじめとした戦闘稼業の者たちだ。
戦闘に明け暮れた彼らは、普通の生活になじめず、平穏な社会からはじかれる。
能力のある者、軍律に同意できる者は騎士団へ就くことができるが、そうでないものはあっという間に給金を使い果たし、路頭に迷う。
戦争は、あらゆる禁忌を合法化する。
平時は、隣人を愛せ、奪うなと諭し、それに基づいてこそ人々の営みが成り立つ。
しかし戦時は、他人の土地と財産を奪い、女を犯し、弱いものを理由なくなぶり殺しにすることが許され、むしろ推奨される。
他者を叩き潰す強さこそ正義だ。
雄であることを誇ってこその人生だ。
そんな世界を享受しつづけた者が、戦争が終わったから明日から倫理と法に基づいた従順で平凡な暮らしに戻れと言われても無理がある。
彼らがゆっくりと「日常」へ戻る準備機関が設けられたなら、少しは違うかもしれない。
上層部でそのような論議が多少はあったが、『はみ出し者』のことを国はすぐに忘れた。
結局、無責任にも彼らは野に放たれた。
一度人肉の味を覚えてしまった野生動物は元の森の生活へ戻れないように、戦地の快楽を覚えてしまった者の根源はなかなか変えられない。
そうして、行き場をなくした男たちは徒党を組み、己の欲望に沿った法を作り、本能の赴くままに行動する。
腹がすいたら、誰かの成果を奪いに行けばイイ。
女は無理やり犯すのがイチバンだ。
弱い奴は殴り殺してシマエ。
そんな彼らに、騎士団の上品な戦法は通用しない。
ひたすら泥臭く。
脳と力を最大限に使って戦わねば、勝てない。
「だからこの訓練の時は、常に全力。そして、相手の欠点を必ず攻める。その方が絶対いずれ役立つのですって」
パール夫人が語る間も、二人は激しく立ち回る。
がんっと地面を蹴り、大きく飛び上がったナタリアが体重をかけて振り下ろす。
【☆☆☆、☆☆ ☆ ☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆☆!】
「あ。今度は神聖語だわ。ウインター卿は話せるのかしら」
神聖語とは、司祭たちが公の場などで聖書を読み上げるときに使う言葉だ。
文法的にはこの国の基礎となるが、単語や発音は全く違うため、解る人が少ない。
【☆☆☆!】
受けたリロイはわずかに眉をひそめたものの、すぐ足を狙って払い、ナタリアはまた後ろに飛びずさる。
「あ、仕込まれたのね…」
暗号として使っているのか、とトリフォードは頭の中で考えを巡らせる。
元傭兵たちで神聖語を使えるものはほぼいないだろう。
【☆☆・・・!】
【☆☆、☆☆ ☆☆☆ ☆ ☆☆☆☆☆!】
【☆☆☆☆☆☆~~!】
会話の中身が分かるパール夫人はにやにやしながら成り行きを見ている。
「・・・何を言い合っているのか教えていただいても?」
「もうね、悪口は言い飽きたみたいで、ナタリア様は実家のご飯が食べたいって言いだして、二人でメニューをひたすら叫んでいるの」
「・・・すごいですね、これだけ打ち合っているのに」
「うーん、郷愁?もう、今すぐ帰りたいのに帰れないはけ口が、爆発しているようね」
次の瞬間、今度はリロイの木剣が折れ、彼が次のものを取りに走った。
そして、また、打ち合いが始まる。
【◇◇ ◇◇◇・・・】
【◇◇◇◇ ◇◇】
リロイがまた違う言葉を発して、ナタリアが返す。
ざっと見まわして、今度も彼らの会話が分かる人はいないようだ。
「もしかして、この五本勝負のルールの一つは、言語ですか」
「ご名答。先に言葉を発した方の言語で始めて折れたら変更可能ですって。別に何語でも良いし一度使った言語はダメというわけではないらしいのだけど」
剣術の訓練をしながら、多国語の練習。
「すごいスパルタですね」
集中が途切れた時に負けるのは目に見えている。
「ちなみにこれはダドリーと西北で接しているサイオン国の言葉ね」
「はい、これはさすがにわかります。『もう疲れた』って言い始めていますよね、ウインター卿」
トリフォードは苦笑する。
そういうわりにはリロイの動きは全く衰えていない。
驚くべきことだ。
「あら。・・・もしかして、トリフォード卿のご実家は・・・」
「はい、大公閣下に頼み込んでダドリーと領地替えをしたトランタン伯爵の係累です」
正直に答えると、ああと、パール夫人はため息をついた。
「ならギルフォード家とも近しかったのね」
ギルフォード家は、長年住み慣れた土地への愛着から領地替えの時にトランタン伯爵についていかずに残った一族だ。
「父とは従兄弟だったと聞いていますが、私は十代前半で家を出ているので・・・」
両親が離縁した時に母に付き添い一緒に家を出たが、すぐに他界したため、トリフォード家についてはあまり知らない。
「そう・・・そうだったの」
何事かを憂うようなパール夫人の様子に眉をひそめていたら、また木剣が折れ、とうとう最後の試合が始まった。
ナタリアがまた、最初のザルツガルド語へ戻す。
「そのうち話すつもりだったのかどうなのかはわからないけれど・・・。よそから聞くより今知っておいた方があなたも気構えができて楽だと思うから・・・」
パール夫人はとんとんとんと、扇子の端を顎に当てて思案しながら言葉をつづけた。
【ナタリア様の今は、ギルフォード一族の乱に起因するわ】
パール夫人はサイオン語で語り始めた。
なるべく周囲に聞かれたくない話なのは一目瞭然だ。
ギルフォード一族の乱。
初耳だった。
【どういうことですか、それは・・・】
トリフォードもサイオン語に換えて、尋ねる。
視線の先には、軽々とリロイの剣を払いのけて攻めの姿勢に変えるナタリアの生き生きとした戦いぶりがあった。
二十歳の伯爵令嬢が。
ウェズリー騎士団の頂点に立てるほどの剣豪ぶりであるなどと。
それは才能なんて生易しい理由からではないのだと。
パール夫人はそう言いたいのだ。
【どうか、教えてください】
二人は騎士たちの輪から少し離れた見通しの良い場所へ移動する。
【あれは十二年くらい前になるかしら・・・】
凄まじく重い音が響き渡る。
木と木の打ち合いなら、もっと軽く高めの音のはずなのだが、全く違う。
しかも、連打に次ぐ連打。
ふたりの体の動きも先ほどの比ではない。
それなのに。
【×××、×× ×××× ×××、×××××―っ!】
耳慣れない言葉をナタリアが木剣を振り下ろしながら叫ぶ。
しかも、それに対し。
【×× ××××× ×××、××××・・・】
剣を交える男もどうやら同じ言語で返している。
【×××、××× ×、××××~!】
【××・・・】
【×××、×××、×××× ××】
【×××】
【××】
絶え間ない攻撃と口撃の連続だ。
しかし、二人ともどちらも辞めずにひたすら続ける。
「ぶっ・・・っ。まったく、あの二人ときたら・・・」
たまらず、パール夫人が噴き出し、腹を抱えて笑いだした。
「・・・彼らが言っている言葉、わかるのですか」
トリフォードが首を傾けて尋ねると、彼女はメガネの下の目じりから涙をぬぐいながらうなずく。
「ええ、まあ。ばらしても良いかしら。今使っているのは北のザルツガルドの言葉ね。ほら、わが国とはほぼ断絶に近いから、あまりわかる人いないだろうって思ったのでしょうね。言いたい放題言い合ってるところ」
「ザルツガルド?」
「ナタリア様の母君のヘンリエッタ様の出身国なのよ。ナタリア様の体格はザルツガルド系ね」
説明している間にも、二人は速攻の言い合いと打ち合いを続けている。
「ぶは・・・っ」
いつの間にかトリフォードたちの近くにいたダビデが噴き出した。
「た、たまらん・・・」
口元を大きな手で覆い方をふるわせダビデが悶絶する。
「あら、あなたもしかして・・・」
岩のように縦にも横にも大きい男を見上げてパール夫人は首をかしげた。
「はい。私は両親がザルツガルド出身です。昔、商隊の警護をやっていてそのままこの国へ定着したもので…。ふ、ふっ・・・くくく」
パール夫人へ返事をしながらも、耳がナタリアの叫びを聞き取ってしまうらしく、大きな目から涙を流して爆笑するのを耐えている。
「これは、すごいですね。お二人はザルツガルド語で罵倒の限りを。・・・ぶふっ・・・っ」
とうとう、ダビデはこらえきれずに膝をついて笑い始めた。
「そう・・・なのよ、わかる人がいて、うれしい・・・わ・・・ははははっ」
パール夫人も扇子を握りしめ、胸を叩きながら笑い続けている。
貴婦人の鎧をかなぐり捨て、大口を開けて笑っている。
どうやら二人が使っているのは、『ヘンリエッタ様』がとても使うような言葉ではないらしい。
貴族で言うなら、『悪いことば』。
親や乳母から鞭で叩かれるレベルの罵詈雑言。
しかも、賭場で聞くような『べらんめえなまり』らしく、ダビデとパール夫人が笑いすぎて呼吸困難に陥っている。
「どこから・・こんなのを・・・」
ひいひいと喉から空気を振るわせながらダビデが言ったその時。
バキッッッ!
ナタリアが振り下ろした木剣が折れた。
「・・・」
ナタリアは冷静に折れた刃先の軌道を目で追った。
誰もいない所へ飛ぶのを確認したと同時に残された木剣を放り出し、直ぐに身体を沈め、地面に両手をつく。
ガンッ。
リロイの容赦ない一振りがナタリアのすぐ脇に落ちた。
それをわずかにそらして避け、そのまま地面を蹴り、先ほど撒いた木剣の一つへ向かって駆けだす。
もちろんリロイはその後を追い、背中に向かってまたもや繰り出す。
刃先が届く前にナタリアは木剣をつかみ、受け止めた。
ガッ・・・。
「これは・・・」
「これが、ルールなのよ。身分に関係なく、実戦を想定した戦いをすること」
「実戦?」
「ダドリーはね。山岳地帯も抱えているから色々悪いモノが潜伏しやすいの。とくに、傭兵崩れがヤリたくなったら降りてくるから困ったものよ」
ザルツガルドをはじめ接する他国との多少の小競り合いはあるが、ここのところ戦争らしきものはない。
そうなると仕事にあぶれるのが傭兵をはじめとした戦闘稼業の者たちだ。
戦闘に明け暮れた彼らは、普通の生活になじめず、平穏な社会からはじかれる。
能力のある者、軍律に同意できる者は騎士団へ就くことができるが、そうでないものはあっという間に給金を使い果たし、路頭に迷う。
戦争は、あらゆる禁忌を合法化する。
平時は、隣人を愛せ、奪うなと諭し、それに基づいてこそ人々の営みが成り立つ。
しかし戦時は、他人の土地と財産を奪い、女を犯し、弱いものを理由なくなぶり殺しにすることが許され、むしろ推奨される。
他者を叩き潰す強さこそ正義だ。
雄であることを誇ってこその人生だ。
そんな世界を享受しつづけた者が、戦争が終わったから明日から倫理と法に基づいた従順で平凡な暮らしに戻れと言われても無理がある。
彼らがゆっくりと「日常」へ戻る準備機関が設けられたなら、少しは違うかもしれない。
上層部でそのような論議が多少はあったが、『はみ出し者』のことを国はすぐに忘れた。
結局、無責任にも彼らは野に放たれた。
一度人肉の味を覚えてしまった野生動物は元の森の生活へ戻れないように、戦地の快楽を覚えてしまった者の根源はなかなか変えられない。
そうして、行き場をなくした男たちは徒党を組み、己の欲望に沿った法を作り、本能の赴くままに行動する。
腹がすいたら、誰かの成果を奪いに行けばイイ。
女は無理やり犯すのがイチバンだ。
弱い奴は殴り殺してシマエ。
そんな彼らに、騎士団の上品な戦法は通用しない。
ひたすら泥臭く。
脳と力を最大限に使って戦わねば、勝てない。
「だからこの訓練の時は、常に全力。そして、相手の欠点を必ず攻める。その方が絶対いずれ役立つのですって」
パール夫人が語る間も、二人は激しく立ち回る。
がんっと地面を蹴り、大きく飛び上がったナタリアが体重をかけて振り下ろす。
【☆☆☆、☆☆ ☆ ☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆☆!】
「あ。今度は神聖語だわ。ウインター卿は話せるのかしら」
神聖語とは、司祭たちが公の場などで聖書を読み上げるときに使う言葉だ。
文法的にはこの国の基礎となるが、単語や発音は全く違うため、解る人が少ない。
【☆☆☆!】
受けたリロイはわずかに眉をひそめたものの、すぐ足を狙って払い、ナタリアはまた後ろに飛びずさる。
「あ、仕込まれたのね…」
暗号として使っているのか、とトリフォードは頭の中で考えを巡らせる。
元傭兵たちで神聖語を使えるものはほぼいないだろう。
【☆☆・・・!】
【☆☆、☆☆ ☆☆☆ ☆ ☆☆☆☆☆!】
【☆☆☆☆☆☆~~!】
会話の中身が分かるパール夫人はにやにやしながら成り行きを見ている。
「・・・何を言い合っているのか教えていただいても?」
「もうね、悪口は言い飽きたみたいで、ナタリア様は実家のご飯が食べたいって言いだして、二人でメニューをひたすら叫んでいるの」
「・・・すごいですね、これだけ打ち合っているのに」
「うーん、郷愁?もう、今すぐ帰りたいのに帰れないはけ口が、爆発しているようね」
次の瞬間、今度はリロイの木剣が折れ、彼が次のものを取りに走った。
そして、また、打ち合いが始まる。
【◇◇ ◇◇◇・・・】
【◇◇◇◇ ◇◇】
リロイがまた違う言葉を発して、ナタリアが返す。
ざっと見まわして、今度も彼らの会話が分かる人はいないようだ。
「もしかして、この五本勝負のルールの一つは、言語ですか」
「ご名答。先に言葉を発した方の言語で始めて折れたら変更可能ですって。別に何語でも良いし一度使った言語はダメというわけではないらしいのだけど」
剣術の訓練をしながら、多国語の練習。
「すごいスパルタですね」
集中が途切れた時に負けるのは目に見えている。
「ちなみにこれはダドリーと西北で接しているサイオン国の言葉ね」
「はい、これはさすがにわかります。『もう疲れた』って言い始めていますよね、ウインター卿」
トリフォードは苦笑する。
そういうわりにはリロイの動きは全く衰えていない。
驚くべきことだ。
「あら。・・・もしかして、トリフォード卿のご実家は・・・」
「はい、大公閣下に頼み込んでダドリーと領地替えをしたトランタン伯爵の係累です」
正直に答えると、ああと、パール夫人はため息をついた。
「ならギルフォード家とも近しかったのね」
ギルフォード家は、長年住み慣れた土地への愛着から領地替えの時にトランタン伯爵についていかずに残った一族だ。
「父とは従兄弟だったと聞いていますが、私は十代前半で家を出ているので・・・」
両親が離縁した時に母に付き添い一緒に家を出たが、すぐに他界したため、トリフォード家についてはあまり知らない。
「そう・・・そうだったの」
何事かを憂うようなパール夫人の様子に眉をひそめていたら、また木剣が折れ、とうとう最後の試合が始まった。
ナタリアがまた、最初のザルツガルド語へ戻す。
「そのうち話すつもりだったのかどうなのかはわからないけれど・・・。よそから聞くより今知っておいた方があなたも気構えができて楽だと思うから・・・」
パール夫人はとんとんとんと、扇子の端を顎に当てて思案しながら言葉をつづけた。
【ナタリア様の今は、ギルフォード一族の乱に起因するわ】
パール夫人はサイオン語で語り始めた。
なるべく周囲に聞かれたくない話なのは一目瞭然だ。
ギルフォード一族の乱。
初耳だった。
【どういうことですか、それは・・・】
トリフォードもサイオン語に換えて、尋ねる。
視線の先には、軽々とリロイの剣を払いのけて攻めの姿勢に変えるナタリアの生き生きとした戦いぶりがあった。
二十歳の伯爵令嬢が。
ウェズリー騎士団の頂点に立てるほどの剣豪ぶりであるなどと。
それは才能なんて生易しい理由からではないのだと。
パール夫人はそう言いたいのだ。
【どうか、教えてください】
二人は騎士たちの輪から少し離れた見通しの良い場所へ移動する。
【あれは十二年くらい前になるかしら・・・】
10
お気に入りに追加
123
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
推しの幼なじみになったら、いつの間にか巻き込まれていた
凪ルナ
恋愛
3歳の時、幼稚園で机に頭をぶつけて前世の記憶を思い出した私は、それと同時に幼なじみの心配そうな顔を見て、幼なじみは攻略対象者(しかも前世の推し)でここが乙女ゲームの世界(私はモブだ)だということに気づく。
そして、私の幼なじみ(推し)と乙女ゲームで幼なじみ設定だったこれまた推し(サブキャラ)と出会う。彼らは腐女子にはたまらない二人で、もう二人がくっつけばいいんじゃないかな!?と思うような二人だった。かく言う私も腐女子じゃないけどそう思った。
乙女ゲームに巻き込まれたくない。私はひっそりと傍観していたいんだ!
しかし、容赦なく私を乙女ゲームに巻き込もうとする幼なじみの推し達。
「え?なんで私に構おうとするかな!?頼むからヒロインとイチャイチャして!それか、腐女子サービスで二人でイチャイチャしてよ!だから、私に構わないでくださいー!」
これは、そんな私と私の推し達の物語である。
─────
小説家になろう様、ノベリズム様にも同作品名で投稿しています。
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる