silent love

犬飼春野

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出会い

うつしいひと ルカ視点

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 冬の朝はじわりじわりと始まる。
 星のきらめく夜空をゆっくりと朝の色と温度に変えるまで、獣たちは深い眠りの底で待つ。
 それができないのが人間世界である。
 夏の朝も、冬の朝も、全く同じ時に始まり、同じ時に動き出す。
 なんと自然に反したことか。


「ここは・・・」



 朝靄がうっすらと立ちこめ、足早に行き交う人々の中で、ぽつんと所在なげにたたずむ。

「どこだろう・・・」


 不揃いであるもののつややかな茶色の前髪をかきあげ、ため息をついた。
 腕時計を見ると八時前。
 徹夜明けを通り越して、世の中は通常通りに動いている。
 睡魔と空腹でこのままでは大学にもたどりつけないと途方に暮れたところ、コーヒーの香りに誘われて首を巡らす。
 その先にはヨーロッパの街角のオープンカフェを再現したような店があった。
 ついふらふらと吸い込まれるように入り口へと足を向けると、中からさっと扉が開いた。

「・・・!」
「・・・あ」

 突然のことに息を呑むと、ギャルソン姿の男と目が合った。
 一瞬驚いた顔だったのもつかの間、すぐににこりと笑みを作り、優雅に扉を支えて会釈した。

「いらっしゃいませ」

 細面にすっと通った鼻梁と、涼しげな目元が印象的だった。
 歳は、自分よりいくつか上の、大学生といった感じで長めの前髪から理知的な額がちらりと覗く。
 そして、口元に浮かべた笑みは人なつっこくて暖かい。

「店内にしますか?それともテラスにします?」

 足下にある折りたたみの木椅子と膝掛けを見て、彼はテラス席用の椅子を外に出そうとしている所だったことに気づく。
 外の澄んだ空気の中にいた方が、気分も良いかもしれない。

「・・・じゃあ、テラス席で」
「了解しました」

 そういうと、ドアを固定して、二脚の椅子をテーブルへと運ぶ。

「どうぞ。まだ寒いから、膝掛けを敷いて座って下さい。」

 座ると、後からまた数枚の膝掛けを持ってきた。

「よろしければこれも」

 渡されて、素直に膝の上に広げた。
 それを見届けた後、小脇に挟んでいたメニューを取り出し、広げながら説明を始める。

「今の時間だと飲み物と軽い食事がメインです」

 目を落とすとコーヒーやビールなどの飲み物の他にサンドイッチなどが表記されていた。そこで、ここは少し高めの値段設定の店だと気づく。
 今はあまり持ち合わせがない。
 コーヒー程度にしておかないと、電車代が足りないかもれないと眉を寄せた。

「今ですと・・・」

 言葉がそこで途切れたので顔を上げると、彼が思案顔で見下ろしていた。
 首をかしげると、顎に手を当てていた彼がふわりと笑う。

「ええと、失礼だけどもしかして徹夜明けとか、かな?」

 少し砕けた口調でずばりと当てられ、目を見開いた。

「・・・え、ええ。その通りですが・・・」

 昨日の昼間に大学の食堂で劇団を立ち上げている友人達に裏方として拉致に近い形で連れ出されてから今まで、いいように振り回された挙げ句適当なところで放り出された。
 実際、一睡もさせてもらえなかった。

「もしもよければ野菜たっぷりのスープを食べない?」
「スープ?ですか?」

 メニューの中にそのようなものはない。

「うん。朝食のレパートリーを増やそうって話があって、その試作品があるんだけど、食べてみない?試作だからお代はいらないよ。一言感想を言ってくれればそれで十分」

 無料と言う言葉に惹かれたわけではない。
 ただ、初対面の客である自分に対する気遣いが嬉しかった。

「じゃあ・・・。お言葉に甘えて・・・良いですか?」
「もちろん。こちらの勝手なお願いだから。じゃあ、すぐに支度するから待っていてね」

 そう言ってくるりと背を向けて足取りも軽く、大股で店内へ戻っていく。
 優雅にすらりとのびた長い手足。
 長い指先。
 まっすぐな背中。
 無造作に後ろで束ねられた髪から覗く首筋も、どこか品があって、綺麗だ。

 
 人の後ろ姿に見とれたのは、これが初めてだった。
 目が、離せない。


 うつくしい、ひと。
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