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大事の前の腹ごしらえ

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「大変失礼ながら本日は席をこのように決めさせていただきました」

 マーサとミカ、そしてクラークとコールがそれぞれの席へ案内し、長いテーブルに十二人が向かい合い、ヘレナが窓際の主人の座に座ることとなった。

「え…。俺がなんでここに」

 ライアンはヘレナに向かって左の席の二番目。主人であるリチャードは隣である。

「今日お集まりいただいた趣旨に絡み、ライアン卿はホランド夫人と並んで座って頂きたいのでご理解ください」

 ヘレナに一番近い席へ着座した母から無言の圧を感じたライアンは末っ子から一人前の大人へ少し立ち位置を変え、こほんと咳払いをした後、よそいきの声を出した。

「…そうおっしゃるならば」

 ライアンの向かいにはマリアロッサ、カタリナ、クリスという並びなのでさぞかし居心地が悪いだろうが、仕方がない。

「まずは食事に致しましょう。先日私が眠り続けた件についてはデザートが終わってからにしたいと思います」

 ヘレナの合図にマーサとミカがスーピエールとスープ皿を運んでくる。

「良い蕪が手に入りましたのでポタージュにしました」

 クリームたっぷりのスープを二人はそれぞれ取り分けていく。
 蕪の甘い香りが漂った。

「優しい味ですわね。温かさが身体に染みわたるわ」

「ありがとうございます。そう言って頂けると嬉しいです」

 リリアナの褒め言葉にヘレナは微笑む。

 そして皆がスープ皿を空けた頃に芽キャベツのローストと温野菜のサラダを供した。

 リリアナとマリアロッサ、そしてカタリナの三人は旧知の仲らしく和やかに歓談し、クリスも隣のモルダーから何かと話しかけられて答えている。

「メインは豚ロース肉の焼いてローズマリー、オレンジ、レモンでじっくりと煮たものです」

 最後に蜂蜜を混ぜて少し甘めに作ったソースをかけた豚肉はしっかりと煮込まれて柔らかく、皿の上に一緒に添えたほうれん草ともよく合う。
 パンは少し重めのもっちりとした生地のものを焼いた。

 離れた席まで視線をやるとソースまでしっかりと食べてもらえたようで、ヘレナはほつと息をつく。

「軽いデザートはブランデーを少しきかせた焼き林檎にローストしたナッツを添えたものをお出しします。それと…その後にシュー・アラ・クレームとラング・ド・シャも用意しているのでそちらも召し上がっていただけると嬉しいです」

「シュー・アラ・クレーム?」

 リリアナが不思議そうな顔をするので、ヘレナは説明する。

「私が三日間眠り込んでしまう前の日に、マリアロッサ様から頂いたお菓子は初めて食べるものばかりで、それはそれは美味しくて。ミカと感動していたのですが、ネロ…うちの猫がそれにヤキモチを焼いたのです。自分を放り出して美味しい美味しいばっかり言ってと」

「まあ。可愛らしい子ね」

「はい。それで双子剣の主たちが親しいと思われる不思議な世界の女性たちに『めっ』ってしてって頼みまして。すると女性の一人がそれらの菓子を私が作るようにと課題を与えました。その結果、皆さんに三日三晩ご心配かけることとなったのです」

「あらあら。それで、出来たのがこちらと言うわけね?」

「はい。有り難いことにあの時の記憶はほぼ全て私の中に残っています。実際、この家で何度か作ってみて一度も失敗をしていません。もちろん、マリアロッサ様のお抱え職人の皆様には遠く及びませんが」

 ミカとマーサは焼き林檎の皿を配り終えてすぐにシュー・アラ・クレームを始め他の菓子をテーブルに並べた。

「ふふ。神の領域で菓子作りをしたなんて話、初めて聞いたわ。なかなか面白い経験だと思うの」

 きらきらと目を輝かせてリリアナはヘレナの修行の結果を見つめた。
 好奇心でいっぱいの瞳はロラを思い出す。

「さっそくいただきましょう。猫のヤキモチの成果を」

 リリアナ・ホランドはミニミニミニ族の誕生に一役買っているとシエルたちから聞いている。
 彼らの多様で愛らしい個性は、ホランド領で培われたものなのかもしれないとヘレナは心の中で思った。



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