糸遣いの少女ヘレナは幸いを手繰る

犬飼春野

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すべて。貴方のものよ。

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「バター六十グラム、砂糖三十グラム、卵一個、小麦粉五十グラム…」

 材料を用意して前準備をする。

 粉をふるって、卵を溶いておき、それからボウルにあけたバターを木べらで練り始めた。
 柔らかくなり気泡をまとっていくバターの香りと、材料と器具から聞こえる音はどんな時も心が弾む。砂糖を混ぜ合わせてさらにクリーム状になるまで練り上げたら、溶き卵を何度か分けて入れ、さらに混ぜる。
 最後に小麦粉をさっくり混ぜ合わせてまとめたら口金を嵌めた絞り袋に詰め、紙を敷いた鉄板へ棒状に絞り出す。
 オーブンの中に入れてしばらく見守るとたまご色の棒があっという間に熱で溶けて平べったい楕円形になっていく。そしてふちへちりりと濃い色がつき、真ん中が黄金色になったところで鉄板をだし、焼き上がったものを次々と紙から外して網の上に並べて冷ました。

 短時間で次々と焼き上がる、黄金色の猫の舌たち。


「できました」

 誰に告げるともなく呟くと、背後で拍手が起こった。

「え?」

 振り向いたら、三人の美女が満面の笑みで惜しみない拍手を贈ってくれているではないか。

「おめでとう、ヘレナ。完成させたわね」

 デラたちはずっと見守ってくれていたのだ。
 なんだかこそばゆい。

「まあ…どうしましょう。ええと、ありがとうございます」

 頭を下げると、ノラとロラのそれぞれに両腕を取られた。

「さあ、あなたの席はここよ」

 真っ白でふわふわの一人がけソファに座ると彼女たちはヘレナを囲む形で手をつないで立つ。

「あの…」

 困惑顔で見上げるヘレナに、ローズマリーの花冠をのせた頭を軽く傾け、ノラが片目を閉じた。

「だいじょうぶよう。私たちにどーんとおまかせなさい」

 そう言われるとますます不安になるのは何故だろう。

 ヘレナが口を開く前に、三人はいきなりつないだ両手を挙げ歌いだした。


「まわるまわる
 糸車が回る
 カモミール
 ローズマリー
 ラベンダー
 花輪も回って
 天地も回る
 ぐるぐる回ってみんなあわさった
 あらあら
 あらあらあら
 どうしましょう
 もっともっと回るよ
 もっともっと早く
 もっともっとたのしくね」


 わらべ歌のような不思議な旋律を繰り返し歌いながら、美しい三人の女性は手をつないだまま時には不思議なステップを踏みふわりと跳ねて踊る。

 それぞれの花の香りと柔らかな空気がふわりふわりとヘレナを撫でて、心地よさにだんだん瞼が重くなっていく。

「どうしましょう…」

 眠っては失礼にあたるのではないかとしばらく眠気と戦ったが、耐えきれずにヘレナはソファに埋もれた。


『パン』

 三つの手が同時に拍手した音でヘレナは覚醒する。


「え………」

 目を開き、背もたれに預けてしまっていた身体を起こすと、いつの間にか膝の上にはネロ、そして目の前には花やナフキンなど華やかに飾られたお茶会のテーブルが設置されていた。

 真ん中にはヘレナが作った菓子たちが綺麗な皿に載せられてひときわ輝いている。

「おはよう、ヘレナ。さあ、これからお茶会を始めましょう」

「ええと…」

 ふと両手の中指を見ると、そこにはカモミールの花で作られた指輪がはめられている。

 もう一度目を閉じて、開く。

 全てが一つになっている。

 懸命にシュー・アラ・クレームとラング・ド・シャの製作を挑んでいた自分。
 あの部屋の事、少女たち、竜王、そしてミカエルとその家族。
 泣きすぎて呼吸もままならなかった幻燈の世界。
 無我夢中で縫った願い。
 そしてネロ。

 色々な記憶がヘレナの中に根付いていた。

「それもこれもすべて。貴方のものよ」

 ふふふ、とロラが笑う。

「さあ、完成祝いのお茶会としましょうか」


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