糸遣いの少女ヘレナは幸いを手繰る

犬飼春野

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【閑話】ミカエル ① ~孤独な孔雀~

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 生まれた瞬間から、ミカエル・パットは家族の中で余所者だった。

 鳥に例えるならば両親と兄は砂のような色をしたシギでミカエルは白い羽のサギ、もしくは孔雀。

 地味な容姿の両親からいきなり金髪碧眼の自分が生まれ、事情を知らない人々は托卵を疑ったようだが、そうではなく。母が金髪碧眼ばかりで有名なフォサーリ侯爵の庶子だったからだ。

 フォサーリはエスペルダ国のガルヴォ公爵家と隣り合う、サルマン国最南端の領を所有する、伝統ある公爵家だが、怠慢な領地経営で内情は火の車だった。

 そこで目を付けたのが新興貴族のブライトン子爵家。
 商才ある当主は野心家で王家にも覚えめでたく、いずれ昇爵するであろうと噂されていた。

 そこで美姫として名高いが贅沢好きで性格に難のあるアザレアと侍女に産ませた娘、この姉妹ともブライトンへ嫁に出すことに決めた。

 アザレアはもちろん跡取り息子である長男の妻とし、休眠していたパット男爵位を庶子である妹に継がせ、ブライトンの次男を婿養子にする。
 どちらも生まれてくる子供は侯爵家の血を引く。つまりその子たちは高位貴族との婚姻も夢ではない。
 ブライトン家は快諾し、侯爵家は経営立て直しに惜しみなく援助を行い、かつての栄華がよみがえった。

 両親たちの結婚が哀れなセット売りだったことをミカエルが知るのは少し後のこと。

 なんにせよ、商才がなく形ばかりの小さな領地を管理する仕事に満足している父と、生家で虐待されたせいで引っ込み思案の母と、両親と同じく寡黙で地味で何を考えているかわからない兄。

 容姿も性格も真逆のミカエルは家族の中で浮いていてどこか腫れもの扱いだった。そのせいで物心がついたころから居場所がなかった。

 家族の亀裂が顕著になったのは、ミカエルが六歳の夏。

 珍しく家族で流行の避暑地へ出かけた。

 おそらく、ブライトンの祖父が気を使って次男家族を招待してくれたのだろう。
 小規模だが綺麗な宿に夏の間滞在することとなった。

 今思えば衣装も食事も全てブライトンが手配してくれたのだろう。
 普段は平民と変わらない服装で生活しているのに、家族全員華美ではないが上質な服を着て貴族らしい休暇を体験できた。

 ついでにマナーも色々と習い覚えた頃にどこかの屋敷のお茶会に招待された。
 大規模な昼の催しは、子どもだけで過ごす場所も用意され、そこで年の近い子息たちと知り合い仲良くなった。

 ジェームズ・スワロフ。
 デイビッド・リース。
 マイク・ペレス。
 ドナルド・ヘザー。
 ギブリー・スターズ。

 彼らとは馬が合い、はしゃいでいたところに、真っ白なレースのワンピースを着た女の子がやって来た。

『わたしのなまえは、ハリ・ブルー。五歳』

 子どもでも、心臓が止まりそうな瞬間はある。

 宗教画ですら見たことがない、とても美しい女の子。
 ハリのはにかんだ微笑みに、ミカエルたちは一瞬にして虜になった。

 あとで現れたハリの母アザレアは実は伯母にあたることを知り、マナー教師に習ったとおりにお辞儀をして自己紹介をしたミカエルを、豪華なドレスと宝飾を身に着けた彼女は冷たい目で散々眺めまわした末に鼻で笑ったが、気にならない。

 このあと両親たちも合流して知ったのは、ミカエルからすると母方の伯母と父方の伯父という組み合わせの夫婦の家はブライトン子爵と言ってとてつもなく裕福であること。

 自分たちと違い、彼らは別荘としての大邸宅をこの避暑地の目玉であるヴェンティア湖のほとりに構えており、父方の祖父母に当たる人々やハリの二つ下の妹のカタリナも来ていて、紹介された。

 ブライトン家での食事会は、身内だけにもかかわらず豪華絢爛だった。
 驚き見とれながらも、ハリと従妹と聞かされ、ミカエルは有頂天になった。

 従妹なら、これからいくらでも会える。

 父と伯父にまた会って良いかと尋ねたら二人は嬉しそうに頷いた。

 ミカエルはこれからの未来に期待に胸を膨らませる。
 大きくなったら、ハリをお嫁さんにするのだと夢見心地だった。


 しかしそれもあっけなく崩れ去った。

 数日後、外で遊んでいる最中に尿意を催したミカエルはハリに適当な言い訳をして川辺へ向かった。

 人気のない場所でこっそりズボンの前を開いて川面の光に向かって飛ばしていたら、いつの間にか後を追っていたらしいハリが隣に並んだ。

「私もおしっこする」

 言うなりスカートをまくり上げて、ハリはミカエルより遠くに尿を飛ばす。

「うそだ…」

 思わずハリのスカートの下を覗き込むと、自分と同じものがハリの足の付け根についていた。

「すっきりしたね」

 身支度を終えて無邪気に笑うハリが、空恐ろしいものに見えた。

 男なのに、女の子の格好をしている。

 なんで、なんで?
 なんで、おかしいよ。
 なんで、ハリが笑っていられるのか、わからない。

 ミカエルは混乱した。

 初恋の女の子が男の子だった衝撃と。

 あの、自分にそっくりな容姿の伯母の顔と。
 ぐるぐる眩暈がするなか、湧き出たのは憎悪。

 こんなのは、間違っている。

 女の子の格好なんかしているハリが男の子なのも。
 ちゃんとした男の子のミカエルがパット家の子であることも。

 だから、ハリを川に落として。
 ミカエルがハリになればいい。

 ミカエルは、本当はミカエル・ブライトンなのだ。

「おまえなんか、きえちゃえ」

 ミカエルは、ハリを川へ突き落した。




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