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許されざる者
しおりを挟む金の刃に貫かれたまま、がくりと異形の女は膝をつく。
「おのれ、おのれおのれ…っ。邪魔をするなど、ゆるさん…っ」
艶やかな黒髪だったバレリアのそれは呼吸するたびに色が抜けていき、肌も萎みしわだらけになっていった。
身体が高温になっているのか、雨粒が当たるたびにシュウシュウと煙と音が立つ。
「女、それを返せ………っ。さもなくば…」
手を伸ばすアルバを黙殺し、若い女は白銀の衣に赤ん坊を包み直し、何事か唱えた。
まばゆいばかりの金色の光が二人を包み、さながら黄金の彫像のようだ。
「な………っ」
眩しさに、アルバは慄く。
「お前の相手はわしだ。スアレスの奥方だった者よ」
思い通りにならないことに腹を立て、アルバは四つん這いのまま咆哮を上げた。
「まずは、この大地と空にたまった禍を祓おうか」
エルドは杖を両手に持ち、高く振り上げて小さく一言呟く。
「……」
黒雲のあちこちから杖を目指し一斉に光の刃が落ちる。
全ての光は杖の頭に次々と吸い込まれていく。
その間、エルドもそばに立つ金色の彫像も静かに佇むままだ。
「去ね」
雷鳴が治まると、エルドは低く唱えるなり、大きく振りかぶり杖の先を大地に突き刺した。
ドオオオオ―――ンンンン………。
地面に大きな衝撃音が響き、ザザザザ――と風が起きる。
風は大地を駆け巡り、そして、空へと向かった。
一筋の強い力が黒雲を貫き、渦巻きながら闇を潰していく。
やがて。
空は透明な青を取り戻し、太陽が高い位置から大地を照らす。
空気のよどみは拭われ、土や草木を叩きつけていた水は次々と空へ昇っていく。
見渡す限りの世界は、日常を取り戻した。
「む…。ようやく来たか」
エルドは杖を地面から引き抜き独り言ちる。
すると、双方とも少し離れた地に赤い色の光を放つ魔法陣が現れ、それは途方もない大きさまで広がった。
そして円の中心から現れたのは黒竜と、黒衣の男。
三か所で相対することとなった。
「これは…。どういうことだ」
ミゲルは目の前の光景が理解できない。
雲に覆われて鈍色の光しかささない中で、翼竜騎士団の騎士服姿の白髪の女が金色の剣に突き刺された状態で這いつくばり、離れて立つ灰色のローブ姿の老人は魔導師の杖を手に、重心を下にしていつでも戦える構えを取っていた。
「まさか…。お前は、バレリアか…?」
ガルヴォで翼竜に乗る権利を持つ女性はバレリアしかいない。
「総帥…。どうかお助け下さい…。この者たちがご子息をさらおうとしております。私は戦いの末にこんなことに」
嗚咽しながら女が顔を上げる。
白髪だが、間違いない。
「なんじゃ。まだそんな小手先ができる元気は残っておったのか」
老人は呆れたような声を上げた。
「貴様…。何者だ」
剣を抜くと、背後の黒竜も威嚇の唸り声を出し、前足で地面を掻く。
「今、この状況でその様子。お前さんたちの浸食はずいぶん深いと言う事か」
「は?」
癇に障る物言いに口を開こうとすると、老人はわずかに杖を前に倒した。
「―――っ」
ごう、と強い風がミゲルと竜を襲う。
とっさに防御盾を展開しようとしたがきかず、そのまま土や草のかけらなどが容赦なく身体を叩かれ、目をつぶって腰を落とし両腕で顔をかばった。
「とりあえず今はこのくらいでどうだ」
風がやんで目を開くと、視界は驚くほど明るい。
「いったい…」
そして、真上に昇ろうとしている太陽の下で見るバレリアは、しわだらけの老婆となっていた。
「騙されないでください、ミゲル様! その男はサルマンの手下です!」
声だけがバレリアで…。いや、腹心の部下の声に別の何かが被さっている。それに。
「お前、誰だ」
ミゲルは素早く術を展開する。
そもそも魔導の剣だとしてもそれが身体の真ん中に刺さったまま生きている時点で、既にこの女は異形の者だ。
なぜ自分はそんな単純なことも考えらなかったのか。
疑念と後悔と腹立ちに頭が沸騰し、気が遠くなりそうになるのを堪える。
今は。
目の前のことに集中せねば。
捕らえて、聞き出さねばならないことは山ほどある。
今度は難なく思うままに操れ、地面をはいずる女を素早く鎖と枷で固定し、さらにその上に闇の檻を被せることができた。
「ミゲル様! みげるさま、なにゆえにこんなひどいことを」
「黙れ。俺はバレリアに名を呼んでよいと許した覚えはない」
ミゲルにすり寄る女は幼いころからたくさんいた。
ゆえに、ミゲルは自国の女には徹底して名を呼ばせたりはしなかった。
その権利をもつのは家族のみ。
「…ふっ。そういやそうだったの。忘れておったわ」
女は片頬を歪めた。
ざらりと不快な声。
高慢な言葉遣い。
常に自分はこの国で一番偉いのだと信じて疑わなかったのは。
「その声は。まさか、伯母上か」
「ふふふ…。だから何だ。今更気づいたとて、何になる。お前は多くを失い…。そう、そこで女が必死になってつなぎとめようとしているようだが、お前の息子の命ももう消える。こうしている間にもな!」
虫を思わせる骨ばった指が示す先は、魔導師の後ろに見える、金色の光を放つ塊。
治癒魔法を発動しているのをミゲルは理解した。
「な…に…」
「たくさん、食ろうてやったわ。同族とはいえ竜の血筋の命がこれほど美味だったとは知らなんだ。エルドの邪魔さえ入らなんだら、残らずすすり上げてやったものを!」
アルバだったモノはケケケケケと高い声を上げる。
「お前!」
「ミゲルよ。お前のせいで娘は不本意な家へ嫁がされ、格下の夫に冷遇され、哀れにも若い身空で閉じ込められた塔から身を投げて醜い躯となり果てた。許せると思うか?なあ、わたくしと娘にあれほどの屈辱を味あわせて、どうして無事で済むと思ったのか。奪われたものは取り返すのが道理だろうが!」
アルバの口から黒い塊がねろりと伸び、ミゲルめがけて飛んでいった。
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