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二人の少女 ② ~仮面舞踏会へ~

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「ある日突然、長兄から妹ジュリアを匿ってくれないかと打診され、困惑したわ。私はようやくリチャードを産んで疲労困憊だし、それより前に義弟が義兄と大喧嘩して出奔したまま行方不明でゴドリー侯爵家はおおわらわだしで、もう手がいっぱいよ! と、叫んだわ」

 それに様々な理由からジュリアとはあまり面識がなく、遠い親戚のようなものだ。

 しかし平身低頭の兄から事情の全てを聞きいているうちに、ベンホルムがマーガレットに会わせてみようと言い出した。

 歳が近い者同士で意外と馬が合うかもしれないと。


 公爵邸で同居していた長兄が言うには、公爵夫人にとってジュリアは愛玩動物でしかなかった。

 いや、装飾品と言うべきか。

 着飾らせ連れ歩くときだけは娘に夢中な母親となり、用済みとなれば使用人たちに任せ、屋敷の一角に押し込めて存在を忘れた。

 やがて幼いころからすでに隣国の小公子と婚約が決まっていたジュリアは、男子禁制で淑女教育に力を入れている女学校に入れられ、それなりに楽しく過ごしていた。

 ただ公爵夫人との中途半端な関わりが影を落とす。

 世間知らずで夢見がちであったジュリアはある日、母が旅行に出かけて不在の時に泊まりに来た友人たちと悪戯心を起こし、こっそり衣装室を探索した。

 そこで見つけたのは仮面舞踏会の衣装と仮面にかつらだった。

 公爵夫人は一時期仮面舞踏会に足しげく通い、息子夫婦から咎められて以来ぱたりとやめたが、うかつにも道具を処分せずに箱に詰め込んで忘れていたのだ。

 誰が言い出したのか。

 その仮面をつけて、舞踏会へ行ってみないかと話が弾んだ。

 ちょっと大人向けの恋愛小説では仮面舞踏会で運命の人に出会う話がいくつもあった。

 背伸びしてみたい年ごろの四人の少女たちは都で行われる仮面舞踏会をいくつか調べ上げ、口裏合わせて護衛や侍女たちをうまくだまし、上流階級の人々が行くと言う噂の夜会へ、公爵夫人の衣装を着せ合ってうきうきと向かった。

 そこでジュリアはまばゆい美貌の『王子様』と出会ってダンスをし、手を取られるまま二人きりになれる場所へ行ってしまった。

 一夜限りの。
 愚かな行い。

 一緒に行った少女たちのうち二人は想像と違う世界に驚き、手を取り合い隅の方で震えているのを主催者が見つけて保護したが、もう一人は良くない男に酒を飲まされ汚される寸前だった。

 泣きじゃくる少女たちを慰め二度と来るのではないと説いたのち護衛と侍女を付けて返したが、一緒に来たはずの公爵令嬢だけが見つからない。

 まもなく居場所を確認できたが、これを機にその主催者は仮面舞踏会を開催するのを辞めた。
 とてつもなく面倒なことになったと気づいたからだ。

 後になって分かったのは、令嬢は最高級の部屋を買った少年と過ごし、彼が手配した馬車で丁重に送られたということと。
 天使のような容貌の少年が提示した全ての支払はブライトン子爵家の小切手だったということ。


 それから半月後。
 ジュリアは体調を崩し、妊娠が発覚した。
 その時になり、クラインツ家の人々は初めて十四歳の少女があろうことか仮面舞踏会へ参加していたことを知った。 


 夢から醒めないジュリアは頬を赤らめて長兄の妻に告白した。

 『王子様』の名前は『ハンス』だと。
 


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