糸遣いの少女ヘレナは幸いを手繰る

犬飼春野

文字の大きさ
上 下
235 / 332

クリスとシエル、そして土魔法最強説

しおりを挟む


「そうですか。そんなことが…」

 スケッチブックに鉛筆を走らせながらクリスは口元に柔らかな笑みを浮かべる。

「はい。ミニミニミニ族の中でも一番面白い子ではありますが、まさかここまで行動力があるとは思いもせず、さすがの老師も爆笑していました」

 近くの椅子に腰かけているシエルも遠くに目をやったまま、くすりと笑った。

 二人がいるのは屋外で、テーブルを一つと椅子をいくつか運び出してそれぞれ座っている。


 休日の昼下がり。

 画材を携えてやってきたクリスは早速スケッチに取り掛かり、シエルはナイジェルたちから預かった双剣とイズーを管理するために傍にいた。


 拡張した敷地はさすがに広く、枯れ色ばかりの原っぱを白い狐が二匹、元気よく走り回っては取っ組み合いを繰り返し、それに白い大型犬と黒い猫、そして鴉が参戦している。

 フウ、ライ、パール、ネロ、イズー。

 種族を越えてのびのびと遊ぶ彼らの姿は愛らしく、タピスリーの題材としてもってこいだ。

 もちろん、シエルが結界を貼り認識阻害をかけているので誰が通りかかってもこの光景は一切見えない。


「それで。そのハラグロって子、あっさり引き下がったのですか? けっこう本気のプロポーズだったのですよね?」

 クリスはさらさらと紙に彼らの姿を写し取りながらシエルに問う。

「ええ、まあ。ミニミニミニ族の精神的な年齢は人間と違って…。そうですね、あそこで遊んでいる彼らと変わりません。ようは幼子が母親をお嫁さんにすると宣言するようなものなので、少ししょんぼりしますが、執着したりしません。そもそも雌雄の別がありませんし」

「え? 性別なかったんだ…って、すみません」

 目を見開いて振り返ったクリスは慌てて鉛筆を持つ手で口を押えた。

「いえ、構いませんよ。楽にされてください」

「ええと雄雌ないなら、彼らは繁殖しないのですか」

「いわゆる交尾や出産はしないのですが、仲間が欲しい場合は作ります。あの家を作った時のような感じで」

 ゴーレムたちが踊って歌って別棟が生まれ育ったのを目の当たりにしたクリスは深く頷く。

「ああ…。なるほど」

「ただし大幅に増えることはなく、この世界がつまらないと感じた者から土に戻る、といった感じです」

 そのようなわけで、常におおむね三十一人であるミニミニミニ族なのだ。

「それにしてもあの群舞の一体感から、その個性の弾けぶりは想像していませんでした」

「そうですね。『ハラグロ』の次に現れた『キッチリ』は真逆でしたから、ミカも驚いたそうですよ」


 翌日現れた『キッチリ』は礼儀正しく几帳面で、お詫びの魔石を抱えてやって来たらしい。

 その魔石はネロや家畜たち魔改造生物のおやつだと言うので、ヘレナはありがたく頂いた。


 そして、『ずる』をして一番くじを引いたハラグロは、三十一日目に予定している族長『あまあま』の番になるまでここには来られないペナルティを受けているとのこと。

 ハラグロがヘレナのそばではしゃいでいる間にミニミニミニ族会議で決定し、今後は公正なるくじ引きでやってくると、キッチリは淡々と説明した。

 しかし実際彼の口から出てくるのははわわ語であるし見た目はそのままだしで、ヘレナは両手を頬に当てて悶えっぱなしだ。

 ちなみに、その族長あまあま降臨日とは大晦日である。

 『さぞ、賑やかな年越しとなるだろうね』とのミカの予想に、誰もが大きく頷く。


「まあ、でもミニミニミニ族の唱える『土魔法最強説』は頷けますね」

 ハラグロ達曰く、土のある所ならどこでも彼らは現れることができ、力もほぼ使えるとのことで、言われてみれば、この世界のどこにもひとかけらの土、砂のないところは存在しない。

 どんな貴重な魔石も土のある所に埋まっており、自在に見つけ出すことができ、剣を作る石にしても同じこと。

「そうですね。そう言う意味では、ヘレナ様がミニミニミニ族に気に入られたのは大きな後ろ盾となるでしょう」


 この国では土魔法は農耕などに特化しており戦いの場面では防御くらいしか使い道がないように思われ軽んじられている。

 ホランド伯爵家はこの地味だという印象を逆手にとってゴドリー侯爵の家臣として密かに活躍し、強い信頼を得てきた。

 生れた瞬間から親のいないライアンが、そのホランド家へ養子として渡されたのはそういった経緯によるものだ。


「最強の後ろ盾ですよね…。姉さん、うきうきしていたから」

「そうですね。よくよく考えてみれば媒染液も土の管轄ですし」

 今日やって来たのは『しずしず』という、比較的おとなしく控えめな子だった。

 しかし、ヘレナがお茶を一緒にしながら糸を染める話を始めた途端、生き生きと目を輝かせ、手伝うと手を挙げたのだ。

 『しずしず』は金属を取り出すのが得意で、どんな比率の媒染液もすぐに作ることが可能だと言われ、ヘレナは『しずしず』を抱き上げて地下の染色用の部屋へ駆けて行った。

 糸を染める過程はまず素材から色素を抽出し、布や糸を抽出した染色液で染め、思う状態になったら引き上げて水洗いをし、媒染液にくぐらせて色を定着させ、もう一度水洗いをし、干してようやく終了となる。

 そのようなわけで、昼食から少し遅れて到着してしまったクリスは姉と詳しい話もできないまま、とりあえずスケッチに勤しむこととなったのだ。

 どうせ今日は泊まりだ。
 あとでゆっくり本人からも話は聞けるだろう。

 クリスは再び賑やかな庭に視線を戻した。


しおりを挟む
感想 124

あなたにおすすめの小説

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。 そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。 そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。 「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」 そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。 かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが… ※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。 ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。 よろしくお願いしますm(__)m

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜

白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます! ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

子供が可愛いすぎて伯爵様の溺愛に気づきません!

屋月 トム伽
恋愛
私と婚約をすれば、真実の愛に出会える。 そのせいで、私はラッキージンクスの令嬢だと呼ばれていた。そんな噂のせいで、何度も婚約破棄をされた。 そして、9回目の婚約中に、私は夜会で襲われてふしだらな令嬢という二つ名までついてしまった。 ふしだらな令嬢に、もう婚約の申し込みなど来ないだろうと思っていれば、お父様が氷の伯爵様と有名なリクハルド・マクシミリアン伯爵様に婚約を申し込み、邸を売って海外に行ってしまう。 突然の婚約の申し込みに断られるかと思えば、リクハルド様は婚約を受け入れてくれた。婚約初日から、マクシミリアン伯爵邸で住み始めることになるが、彼は未婚のままで子供がいた。 リクハルド様に似ても似つかない子供。 そうして、マクリミリアン伯爵家での生活が幕を開けた。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

傾国の美兄が攫われまして。

犬飼春野
恋愛
 のどかな春の日差しがゆるゆるとふりそそぐなか、  王宮の一角にある庭園ではいくつものテーブルと椅子が据えられ、  思い思いの席に座る貴族の女性たちの上品な話声がゆったりと流れていた。  そんななか、ひときわきりりとした空気をまとった令嬢がひとり、物憂げなため息をついていた。  彼女の名はヴァレンシア。  辺境伯の娘で。  三歳上の兄がひとりいる。  彼は『傾国の』が冠される美青年だった。  美女と見紛う中性的な美貌の兄と  美青年と見紛う中性的な風貌の妹。   クエスタ辺境伯の兄妹を取り巻く騒動と恋愛模様をお届けします。 ※ 一年くらい前に思いついた設定を発掘し練り直しておりますが。   安定の見切り発車です。   気分転換に書きます。 ※ 他サイトにも掲載しております。

十三月の離宮に皇帝はお出ましにならない~自給自足したいだけの幻獣姫、その寵愛は予定外です~

氷雨そら
恋愛
幻獣を召喚する力を持つソリアは三国に囲まれた小国の王女。母が遠い異国の踊り子だったために、虐げられて王女でありながら自給自足、草を食んで暮らす生活をしていた。 しかし、帝国の侵略により国が滅びた日、目の前に現れた白い豹とソリアが呼び出した幻獣である白い猫に導かれ、意図せず帝国の皇帝を助けることに。 死罪を免れたソリアは、自由に生きることを許されたはずだった。 しかし、後見人として皇帝をその地位に就けた重臣がソリアを荒れ果てた十三月の離宮に入れてしまう。 「ここで、皇帝の寵愛を受けるのだ。そうすれば、誰もがうらやむ地位と幸せを手に入れられるだろう」 「わー! お庭が広くて最高の環境です! 野菜植え放題!」 「ん……? 連れてくる姫を間違えたか?」 元来の呑気でたくましい性格により、ソリアは荒れ果てた十三月の離宮で健気に生きていく。 そんなある日、閉鎖されたはずの離宮で暮らす姫に興味を引かれた皇帝が訪ねてくる。 「あの、むさ苦しい場所にようこそ?」 「むさ苦しいとは……。この離宮も、城の一部なのだが?」 これは、天然、お人好し、そしてたくましい、自己肯定感低めの姫が、皇帝の寵愛を得て帝国で予定外に成り上がってしまう物語。 小説家になろうにも投稿しています。 3月3日HOTランキング女性向け1位。 ご覧いただきありがとうございました。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

処理中です...