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寝室への強制突入
しおりを挟む「なんで…」
ぎりりと奥歯をかみしめる。
ナイトドレスにガウンを羽織ったコンスタンスは窓辺に立ち、忌々し気に外を睨んだ。
「奥様…」
背後で侍女頭のヨアンナがおろおろと声をかけてくる。
情けない顔で揉み手を絞っているのが容易に想像できるだけに鬱陶しいことこの上ない。
ちょうど一日前。
リチャードの執務室に呼ばれて行くとウィリアムたちが待っていた。
『ようやく使用人全員に周知を終えたので、早速明日の午後に別邸への搬入と改修工事が開始されます』
ウィリアム曰く、機織りの道具と材料を収納する倉庫のようなものを別邸の隣に建てることになり、あの忌々しい野茨の囲いの範囲を広げるとのことだった。
そもそも敷地の隅で朽ち果てようとしていただけに多少改築されようが増設されようが構いはしない。
コンスタンスはわざわざ自分を呼び出して説明するウィリアムの生真面目さに内心あきれ返っていた。
あからさまに気のない返事をするのに、ウィリアムは作成した書類通りに話を進めていく。
雪が来る前に終えたいため、人海戦術で行うこと、資材を載せた荷馬車が多く来ること。
そして、金銭のやり取りも絡むため王宮から使いが立ち会うこと。
リチャードは当主として出迎え、挨拶をする必要がある。
明日は午前中のうちに支度をして執務室で側近たちと待つことになるが、コンスタンスは通常通りに過ごして欲しいと締めくくり、話は終わった。
私室へ戻り、ヨアンナたちに風呂の用意をさせ、身体を磨かせながらコンスタンスは思案した。
金勘定の確認のために来る王宮の使いとなれば、文官あたりだろう。
もし、彼らを怒らせたなら。
タピスリーの発注は破談になるのではないか。
そして、あの娘は王妃の寵愛を失うだろう。
『ねえ、ヨアンナ…?』
容易いこと。
不快なことが重なれば、プライドの高い貴族はすぐにへそを曲げるものなのだから…。
そして。
いつものように、リチャードには情事の最中に薬を盛った。
念入りに部屋中に仕掛けを施し、完璧。
更にはいつもよりも効果が強いものを用いたため、彼は深く眠り…日が暮れるまで目覚めない筈だった。
ヨアンナや侍従に主は体調不良で起き上がれないと伝え、裸でこんこんと眠るリチャードの隣に身体を滑らせ、寝室の外とで繰り広げられるだろう騒ぎとこれから起きるであろうちょっとした惨事を思い浮かべてコンスタンスはご機嫌だった。
案の定、側近たちによって扉は何度も叩かれるが、知らんぷりを決め込む。
鼻歌交じりに動かぬ人形に悪戯をして楽しんでいる最中に、扉を容赦なく蹴り上げる音がした。
ドンっ!
頑丈な扉はさすがに壊れることはなかったが、振動でテーブルに載っているグラスや食器、そして調度品なども揺れて音を立てた。
ありえない。
身を起こすと、珍しくライアンが怒鳴る声が聞こえた。
『リチャード様、コンスタンス様。今日の予定は王命によるものです。なにがあっても立ち会わねばなりません。十、数を数えたら強制的に我々、ウィリアムとライアンほか数名の侍女と侍従が入室しますので、『身支度』をお願いします』
『え…』
ありえない。
私たちが一糸まとわぬ姿であることは承知の上で強制的に入ると言うのか。
しかも、大勢で。
『じゅーう』
ドガッ!
ライアンが声を張り上げた。
そして威力は軽減されているものの、扉を足蹴する音が再び響く。
これほどの事が起こっているのに、寝台の上のリチャードはぴくりとも動かない。
『リック…、起きて、リック…ッ!』
どれほど強く腕を掴んで揺さぶっても、端正な寝顔は静かに寝息を立てるだけだ。
使えない。
まったくこの男はいつも、何の役にも立たない。
慌ててベッドから飛び降りて床に散らばった総レースのナイトドレスを掴んだ。
『きゅーう』
ドガッ!
急いで身に着けようと焦れば焦るほどうまくいかない。
整えられた爪で繊細な布地を破ってしまった。
『はーち』
ドガッ!…
ライアンの暴挙は誰にもとがめられることがなく、続いていく。
緊張と恐怖から全身の毛穴から汗が吹き出す。
癇癪を起して喚き散らしたいのを抑え、一呼吸おいてから足を入れ、肩ひもに腕を通す。
裸足のままソファに駆け寄り、折り重なるリチャードと自分の衣類からガウンを見つけ出し、羽織って腰ひもを結ぶ。
テーブルの下から室内履きを見つけて両足を入れたところでカウントダウンは終了した。
『時間切れです。入ります』
今度は、ウィリアムの憎たらしいほど冷たい声が聞こえてくる。
斧や武器で扉を破壊すると言うのか。
恐慌状態になったコンスタンスは走って扉から一番遠い窓際へ逃げた。
「では、開けます」
がちゃり。
鍵を回す音が聞こえた。
そうだった。
この屋敷の管理責任者であるウィリアムは全ての鍵を保管していることを、今になってコンスタンスは思い出す。
『奥様…!』
窓辺で固まっているコンスタンスの元へヨアンナが駆け寄り、大判のショールを身体に巻き付けてきた。
さらに侍女たちも毛布などで哀れな姿を隠しいたわってくれたが、そのすぐそばでずかずかと入ってきたライアンがカーテンを引き、次々と窓を開け始める。
『ちょっと、なにを…』
『手荒な真似をして申し訳ありません。しかし、もうすぐ到着すると商会の使いが来ております。我々としては何としてもリチャード様に出て頂かねばなりません。コンスタンス様。これは昨日から決まっていたことです』
ウィリアムが割って入り、馬鹿の一つ覚えのように予定を遂行する旨を口にした。
『な…。なんて横暴なの。お前たちの主に対するその行いは不敬罪で処されるわ!』
『それについては、後程、事が終わってからにしていただきます。私共はこの件について、リチャード様不在はまかりならぬとゴドリー侯爵夫妻からの厳命を受けておりますので』
『……っ』
マリアロッサ・ゴドリーの険しい目つきを頭の中で思い浮かべ、コンスタンスは唇をかみしめる。
『リチャード様を今から起こす。ここで色々準備をするから、とりあえず奥様を別室へご案内しろ』
人が変わったようにライアンは冷たい目で女主人を一瞥し、侍女たちへ指示をした。
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