207 / 332
本邸の使用人たち
しおりを挟む「全員、揃ったか」
主階段の踊り場に立つヴァン・クラークは玄関ホールに集まった多くの人々を見下ろし、号令をかける。
何事か聞かされないままホールに立つのは主に屋敷内で働く者たちばかりだ。
不安げに近くの同僚とこそこそと会話を交わしていたが、踊り場から無表情に見つめる執事ウイリアム、侍従長ヴァンのいつにない様子に、やがて静まりかえる。
二人が立つ踊り場にはなぜか小さなサイドテーブルが置かれていた。
「門番、騎士、庭師、馬丁、御者たちは持ち場を離れにくいため、ここには呼んでいない。通いの者も来るよう通達したが、漏れはないだろうな? 侍女頭」
「はい。数人宿下がりしておりますが、それについては後程報告します」
ヴァンの問いに、侍女頭のヨアンナはしおらしく頭を下げる。
「ではまず今回、ゴドリー伯爵家にとって大切なことを通達するとともに、立会人を紹介する」
ヴァンとウィリアムが主階段の上を見上げると、秘書官ライアンの先導で二人の人物が現れ、ゆっくりと降りてくる。
一人は魔導騎士団の騎士服を着た背の高い女性で、片手に巻物を一つ持ちワインレッドの長い髪をなびかせて堂々とした足取りだ。
もう一人は若い魔導師で彼女の隣を歩き、クリーム色のくせのある短髪に縁どられた顔は小さくどこか中性的であどけない微笑みを浮かべていた。
どちらも美しく、使用人たちは再びざわめく。
「私の名は魔導士庁所属第二魔導士団団長スカーレット・ラザノだ。そして、こちらは部下のリド・ハーン。王妃陛下からの特命により、今回ここに立ち会うこととなった。詳しい説明については執事のウィリアム・コール殿に任せる」
ライアンに促され前に出て低い声でさらりと告げると、スカーレットは部下と紹介した青年の肩を抱いてサイドテーブルの後ろに下がった。
「それではスカーレット・ラザノ様のご指名により、私、ウィリアム・コールが説明を始める」
スカーレットからライアンへ、そしてウィリアムへと手渡された巻物を優雅な所作で広げ、宣言する。
「まず、パトリシア王女殿下が嫁ぐ際の道具の一つとなるタピスリーの製作を、ゴドリー伯爵家において行うように。これが王妃陛下から受けた特命の主文」
ホールは一気にどよめいた。
それを、ヴァンが「静かに」と一喝して沈める。
「製作者として指名されたのは、当主リチャード・ゴドリー伯爵夫人である、ヘレナ様だ。ヘレナ様の亡き母上は生前、王妃陛下の侍女であったことから、その腕を買われ、先日王宮に呼ばれて直接命を受けた。その場にはリチャード様、ゴドリー侯爵夫妻、ヘレナ様の義母であるストラザーン伯爵夫人、そして王宮文官やわれわれ側近たちも立会い、諸処決決められた。試作も含めて製作期間は二年。全ての作業はヘレナ様が現在生活されている『別邸』にて行う」
使用人たちは頭を低め、こそこそと小声で話し合う。
『タピスリー?』
『特命?』
ウィリアム・コールの口から伝えられることに対し、理解がついて行かない様子だ。
「つまりこれは、王妃陛下直々に指名された任務ということだ」
ウイリアムは巻物から視線を上げ、使用人たちに語り掛ける。
「明日から材料や資材を主にラッセル商会が運び、打ち合わせなどのために王宮の人々が別邸へ来ることとなるだろう。正式な任務ゆえに正門から入り、この本邸の前を通って別邸へ行く。今後、いかなる理由があっても別邸を目指す積荷や人を伯爵家の者が止めてはならない。また、本邸の中へ引き入れるなどはもってのほかだ。一切の関与を許さない」
「しかし…!」
侍従の一人が手を挙げて遮った。
「しかしながら…。我々には王命による積荷なのか、何なのか、分かりかねます。もし、あのガ…いや、その、ベ、別邸の方が他所の者を引き込み、贅沢三昧や、『奥様』に害をなすような真似をしたら…」
ガン! と強い音が響く。
人々が踊り場に目を向けると、それまで静観していたはずのスカーレットがいつのまにか腰から長い剣を外して鞘を握りこみ、床に打ち付けていた。
「…お前たちは己の立場と『王妃の特命』の何たるかが、さっぱりわかっていないようだな…」
低く唸るような声と、ぎらぎらと光る瞳の金色が、離れているにもかかわらず階下の者たちを制圧する。
そんななか、彼女の部下と説明されたローブ姿の青年がにこやかに笑みを浮かべ、前に出た。
「まあ、本邸の皆さんの心配も分かります。そもそも魔導士庁が今回ここに臨場する理由の一つはそれです。この任務で正門を通る人々には必ず王宮と魔導士庁が発行した認定証を持たせます。まずはこれですね」
彼は手のひらほどの大きさのブローチを掲げた。
「遠くてよく見えないでしょうから、後程側近の皆様に見せてもらってください。真ん中に王妃の瞳を模した緑の魔石がはめられていて、周囲の細工は今回のために作られた特別な紋章が造形されています。で、これを手に持った者が一言『任務により参りました』というと、このように光を放ちます」
緑の魔石がワインレッドへ変わり、赤い光を放つ。
「ね。ちょっと面白いでしょう。けっこう高度な術と貴重な石を使っているので、認定された人でないと光らないし、色も変わりません」
親し気な言葉でふんわりと笑うリド・ハーンに、人々は密かに胸をなでおろした。
「そもそも本邸から見える道を通るが、直近ではなく、適度に離れた中央道だ。安心してくれ」
ヴァンも横から補足する。
176
お気に入りに追加
470
あなたにおすすめの小説

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。
そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。
そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。
「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」
そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。
かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが…
※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。
ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。
よろしくお願いしますm(__)m

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜
白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます!
➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

子供が可愛いすぎて伯爵様の溺愛に気づきません!
屋月 トム伽
恋愛
私と婚約をすれば、真実の愛に出会える。
そのせいで、私はラッキージンクスの令嬢だと呼ばれていた。そんな噂のせいで、何度も婚約破棄をされた。
そして、9回目の婚約中に、私は夜会で襲われてふしだらな令嬢という二つ名までついてしまった。
ふしだらな令嬢に、もう婚約の申し込みなど来ないだろうと思っていれば、お父様が氷の伯爵様と有名なリクハルド・マクシミリアン伯爵様に婚約を申し込み、邸を売って海外に行ってしまう。
突然の婚約の申し込みに断られるかと思えば、リクハルド様は婚約を受け入れてくれた。婚約初日から、マクシミリアン伯爵邸で住み始めることになるが、彼は未婚のままで子供がいた。
リクハルド様に似ても似つかない子供。
そうして、マクリミリアン伯爵家での生活が幕を開けた。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
傾国の美兄が攫われまして。
犬飼春野
恋愛
のどかな春の日差しがゆるゆるとふりそそぐなか、
王宮の一角にある庭園ではいくつものテーブルと椅子が据えられ、
思い思いの席に座る貴族の女性たちの上品な話声がゆったりと流れていた。
そんななか、ひときわきりりとした空気をまとった令嬢がひとり、物憂げなため息をついていた。
彼女の名はヴァレンシア。
辺境伯の娘で。
三歳上の兄がひとりいる。
彼は『傾国の』が冠される美青年だった。
美女と見紛う中性的な美貌の兄と
美青年と見紛う中性的な風貌の妹。
クエスタ辺境伯の兄妹を取り巻く騒動と恋愛模様をお届けします。
※ 一年くらい前に思いついた設定を発掘し練り直しておりますが。
安定の見切り発車です。
気分転換に書きます。
※ 他サイトにも掲載しております。

十三月の離宮に皇帝はお出ましにならない~自給自足したいだけの幻獣姫、その寵愛は予定外です~
氷雨そら
恋愛
幻獣を召喚する力を持つソリアは三国に囲まれた小国の王女。母が遠い異国の踊り子だったために、虐げられて王女でありながら自給自足、草を食んで暮らす生活をしていた。
しかし、帝国の侵略により国が滅びた日、目の前に現れた白い豹とソリアが呼び出した幻獣である白い猫に導かれ、意図せず帝国の皇帝を助けることに。
死罪を免れたソリアは、自由に生きることを許されたはずだった。
しかし、後見人として皇帝をその地位に就けた重臣がソリアを荒れ果てた十三月の離宮に入れてしまう。
「ここで、皇帝の寵愛を受けるのだ。そうすれば、誰もがうらやむ地位と幸せを手に入れられるだろう」
「わー! お庭が広くて最高の環境です! 野菜植え放題!」
「ん……? 連れてくる姫を間違えたか?」
元来の呑気でたくましい性格により、ソリアは荒れ果てた十三月の離宮で健気に生きていく。
そんなある日、閉鎖されたはずの離宮で暮らす姫に興味を引かれた皇帝が訪ねてくる。
「あの、むさ苦しい場所にようこそ?」
「むさ苦しいとは……。この離宮も、城の一部なのだが?」
これは、天然、お人好し、そしてたくましい、自己肯定感低めの姫が、皇帝の寵愛を得て帝国で予定外に成り上がってしまう物語。
小説家になろうにも投稿しています。
3月3日HOTランキング女性向け1位。
ご覧いただきありがとうございました。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる