糸遣いの少女ヘレナは幸いを手繰る

犬飼春野

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本邸の使用人たち

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「全員、揃ったか」

 主階段の踊り場に立つヴァン・クラークは玄関ホールに集まった多くの人々を見下ろし、号令をかける。

 何事か聞かされないままホールに立つのは主に屋敷内で働く者たちばかりだ。

 不安げに近くの同僚とこそこそと会話を交わしていたが、踊り場から無表情に見つめる執事ウイリアム、侍従長ヴァンのいつにない様子に、やがて静まりかえる。
 二人が立つ踊り場にはなぜか小さなサイドテーブルが置かれていた。

「門番、騎士、庭師、馬丁、御者たちは持ち場を離れにくいため、ここには呼んでいない。通いの者も来るよう通達したが、漏れはないだろうな? 侍女頭」

「はい。数人宿下がりしておりますが、それについては後程報告します」

 ヴァンの問いに、侍女頭のヨアンナはしおらしく頭を下げる。

「ではまず今回、ゴドリー伯爵家にとって大切なことを通達するとともに、立会人を紹介する」

 ヴァンとウィリアムが主階段の上を見上げると、秘書官ライアンの先導で二人の人物が現れ、ゆっくりと降りてくる。

 一人は魔導騎士団の騎士服を着た背の高い女性で、片手に巻物を一つ持ちワインレッドの長い髪をなびかせて堂々とした足取りだ。

 もう一人は若い魔導師で彼女の隣を歩き、クリーム色のくせのある短髪に縁どられた顔は小さくどこか中性的であどけない微笑みを浮かべていた。

 どちらも美しく、使用人たちは再びざわめく。

「私の名は魔導士庁所属第二魔導士団団長スカーレット・ラザノだ。そして、こちらは部下のリド・ハーン。王妃陛下からの特命により、今回ここに立ち会うこととなった。詳しい説明については執事のウィリアム・コール殿に任せる」

 ライアンに促され前に出て低い声でさらりと告げると、スカーレットは部下と紹介した青年の肩を抱いてサイドテーブルの後ろに下がった。

「それではスカーレット・ラザノ様のご指名により、私、ウィリアム・コールが説明を始める」

 スカーレットからライアンへ、そしてウィリアムへと手渡された巻物を優雅な所作で広げ、宣言する。

「まず、パトリシア王女殿下が嫁ぐ際の道具の一つとなるタピスリーの製作を、ゴドリー伯爵家において行うように。これが王妃陛下から受けた特命の主文」

 ホールは一気にどよめいた。
 それを、ヴァンが「静かに」と一喝して沈める。

「製作者として指名されたのは、当主リチャード・ゴドリー伯爵夫人である、ヘレナ様だ。ヘレナ様の亡き母上は生前、王妃陛下の侍女であったことから、その腕を買われ、先日王宮に呼ばれて直接命を受けた。その場にはリチャード様、ゴドリー侯爵夫妻、ヘレナ様の義母であるストラザーン伯爵夫人、そして王宮文官やわれわれ側近たちも立会い、諸処決決められた。試作も含めて製作期間は二年。全ての作業はヘレナ様が現在生活されている『別邸』にて行う」

 使用人たちは頭を低め、こそこそと小声で話し合う。

『タピスリー?』
『特命?』

 ウィリアム・コールの口から伝えられることに対し、理解がついて行かない様子だ。

「つまりこれは、王妃陛下直々に指名された任務ということだ」

 ウイリアムは巻物から視線を上げ、使用人たちに語り掛ける。

「明日から材料や資材を主にラッセル商会が運び、打ち合わせなどのために王宮の人々が別邸へ来ることとなるだろう。正式な任務ゆえに正門から入り、この本邸の前を通って別邸へ行く。今後、いかなる理由があっても別邸を目指す積荷や人を伯爵家の者が止めてはならない。また、本邸の中へ引き入れるなどはもってのほかだ。一切の関与を許さない」

「しかし…!」

 侍従の一人が手を挙げて遮った。

「しかしながら…。我々には王命による積荷なのか、何なのか、分かりかねます。もし、あのガ…いや、その、ベ、別邸の方が他所の者を引き込み、贅沢三昧や、『奥様』に害をなすような真似をしたら…」

 ガン! と強い音が響く。

 人々が踊り場に目を向けると、それまで静観していたはずのスカーレットがいつのまにか腰から長い剣を外して鞘を握りこみ、床に打ち付けていた。

「…お前たちは己の立場と『王妃の特命』の何たるかが、さっぱりわかっていないようだな…」

 低く唸るような声と、ぎらぎらと光る瞳の金色が、離れているにもかかわらず階下の者たちを制圧する。

 そんななか、彼女の部下と説明されたローブ姿の青年がにこやかに笑みを浮かべ、前に出た。

「まあ、本邸の皆さんの心配も分かります。そもそも魔導士庁が今回ここに臨場する理由の一つはそれです。この任務で正門を通る人々には必ず王宮と魔導士庁が発行した認定証を持たせます。まずはこれですね」

 彼は手のひらほどの大きさのブローチを掲げた。

「遠くてよく見えないでしょうから、後程側近の皆様に見せてもらってください。真ん中に王妃の瞳を模した緑の魔石がはめられていて、周囲の細工は今回のために作られた特別な紋章が造形されています。で、これを手に持った者が一言『任務により参りました』というと、このように光を放ちます」

 緑の魔石がワインレッドへ変わり、赤い光を放つ。

「ね。ちょっと面白いでしょう。けっこう高度な術と貴重な石を使っているので、認定された人でないと光らないし、色も変わりません」

 親し気な言葉でふんわりと笑うリド・ハーンに、人々は密かに胸をなでおろした。

「そもそも本邸から見える道を通るが、直近ではなく、適度に離れた中央道だ。安心してくれ」

 ヴァンも横から補足する。

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