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王妃の応接室へ
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ヘレナたちが顔合わせをしていたゴドリー侯爵の執務室及び応接室は広すぎる王城ゆえに指定されたお茶会の会場からはかなり離れている。
王妃直々の呼び出しとあって転移魔法を許可され、王妃宮内にある控室まであっという間に着地した。
「実はこの、皆様をお連れする役目を立候補した者がおりましたが、彼は空間酔いするため王妃から却下され、親戚に早く会いたい私が獲得したのです」
きらきらと光のオーラを無駄にまき散らしながらナイジェルはカタリナを筆頭にしたストラザーン伯爵家一行を案内する。
こんな歩く金粉噴霧機がどうやってリチャードたちと戦場で活躍したのか、ヘレナには想像がつかない。
標的になりやすいからこそ、彼は強いのか。
そんな現実逃避をしている最中に、先に転移したゴドリー侯爵夫妻とリチャードは既に王妃の元にいると別の近衛騎士がナイジェルに告げる。
「さあ、こちらへどうぞ」
行き届いた装飾の廊下をしばらく歩き、たどり着いた突き当りの大きな扉を騎士たちが一斉に開いた。
「………!」
ヘレナは思わず目を見張る。
奥に見える大きな縦長の窓が並びアーチ状になったサンルームから柔らかな光が入るが、目に入る全ての装飾は重厚なもので、壁から柱から天井画に至るまで芸術品だった。
「どうぞ」
促されておずおずと一歩踏み出す。
床に敷かれた絨毯も深い色合いの素晴らしいデザインで、踏むのがためらわれる。
懸命に平静を装って足を繰り出すと、ふと、広い壁を覆っているタピスリーが気になった。
「………」
つい吸い込まれるようにその前へ立つ。
背景は赤を基調として様々な花とハーブと小動物が散らされ、中心には貴婦人と神獣が戯れている姿が丁寧に織り込まれていた。
まるで絵を描いたように大胆でありながら寓意に満ち、繊細な技による織物。
よく見ると隅にうずくまる兎や地面をつっつくコマドリは何とも愛らしい。
ヘレナは次第にタピスリーの世界の中に取り込まれていった。
「姉さん。行こう」
クリスに腕を引かれてはっと現実に引き戻される。
振り向くと、カタリナたちが少し先で止まってヘレナを優しく見つめていた。
「申し訳ありません」
思わずせわしない足取りで彼らを追いかけると、カタリナがにっこりと笑い声を潜めてヘレナに声をかける。
「大丈夫よ。おそらく今日それが飾られているのはわざとだから」
「……わざと」
「いつもはこの応接室ではないの。もっと私的な部屋よ」
「…そう、なのですか」
義母の意味深な微笑みに、ヘレナは二重の意味でおののく。
王妃にとって重要な人間しか入れない部屋に飾られているタピスリーが、今日、応接室への続き部屋に飾られていたこと。
そして、このタピスリーがどこに飾られていることを熟知しているカタリナ。
「ええ。だから、貴方が足を止めたことを咎められることはないから、安心なさい」
そう言いおいて歩き始めたカタリナの後ろについていきながら、ヘレナはついタピスリーにもう一度目をやってしまう。
謎めいた貴婦人のまなざしが、ふわりと柔らかくほころんだように見えた。
王妃直々の呼び出しとあって転移魔法を許可され、王妃宮内にある控室まであっという間に着地した。
「実はこの、皆様をお連れする役目を立候補した者がおりましたが、彼は空間酔いするため王妃から却下され、親戚に早く会いたい私が獲得したのです」
きらきらと光のオーラを無駄にまき散らしながらナイジェルはカタリナを筆頭にしたストラザーン伯爵家一行を案内する。
こんな歩く金粉噴霧機がどうやってリチャードたちと戦場で活躍したのか、ヘレナには想像がつかない。
標的になりやすいからこそ、彼は強いのか。
そんな現実逃避をしている最中に、先に転移したゴドリー侯爵夫妻とリチャードは既に王妃の元にいると別の近衛騎士がナイジェルに告げる。
「さあ、こちらへどうぞ」
行き届いた装飾の廊下をしばらく歩き、たどり着いた突き当りの大きな扉を騎士たちが一斉に開いた。
「………!」
ヘレナは思わず目を見張る。
奥に見える大きな縦長の窓が並びアーチ状になったサンルームから柔らかな光が入るが、目に入る全ての装飾は重厚なもので、壁から柱から天井画に至るまで芸術品だった。
「どうぞ」
促されておずおずと一歩踏み出す。
床に敷かれた絨毯も深い色合いの素晴らしいデザインで、踏むのがためらわれる。
懸命に平静を装って足を繰り出すと、ふと、広い壁を覆っているタピスリーが気になった。
「………」
つい吸い込まれるようにその前へ立つ。
背景は赤を基調として様々な花とハーブと小動物が散らされ、中心には貴婦人と神獣が戯れている姿が丁寧に織り込まれていた。
まるで絵を描いたように大胆でありながら寓意に満ち、繊細な技による織物。
よく見ると隅にうずくまる兎や地面をつっつくコマドリは何とも愛らしい。
ヘレナは次第にタピスリーの世界の中に取り込まれていった。
「姉さん。行こう」
クリスに腕を引かれてはっと現実に引き戻される。
振り向くと、カタリナたちが少し先で止まってヘレナを優しく見つめていた。
「申し訳ありません」
思わずせわしない足取りで彼らを追いかけると、カタリナがにっこりと笑い声を潜めてヘレナに声をかける。
「大丈夫よ。おそらく今日それが飾られているのはわざとだから」
「……わざと」
「いつもはこの応接室ではないの。もっと私的な部屋よ」
「…そう、なのですか」
義母の意味深な微笑みに、ヘレナは二重の意味でおののく。
王妃にとって重要な人間しか入れない部屋に飾られているタピスリーが、今日、応接室への続き部屋に飾られていたこと。
そして、このタピスリーがどこに飾られていることを熟知しているカタリナ。
「ええ。だから、貴方が足を止めたことを咎められることはないから、安心なさい」
そう言いおいて歩き始めたカタリナの後ろについていきながら、ヘレナはついタピスリーにもう一度目をやってしまう。
謎めいた貴婦人のまなざしが、ふわりと柔らかくほころんだように見えた。
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