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スパルタな家族愛

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「そのようなわけで、明日は貴方たちに早起きしてもらうわよ」

 カタリナ・ストラザーン伯爵夫人は両手を腰に当て、毅然と決定事項を述べる。
 彼女の視線の先にはそれぞれソファに崩れ落ちている姪と甥…いや、娘と息子がいた。

「早起き…ですか」

 屍になりかけているヘレナがようよう身を起こす。
 令嬢にあるまじき姿だが、容赦してもらいたい。

 朝一番でストラザーン伯爵の迎えが別邸に来てほぼ拉致に近い状態でストラザーン邸へ連れていかれ、到着するなり風呂に突っ込まれて全身磨き上げられ、よろよろになって案内された部屋へ行くと、同じく全身磨かれてふらふらになった弟クリスがドレスメーカーの人々に取り囲まれてなんやかやされていた。

 ヘレナとクリスは互いに、ここ一か月で驚異的な身体成長を果たした。
 よって、ストラザーンへ養子に入ってすぐに作ってもらった衣装はどれも身体に合わない。

 やる気に満ちた人々に気圧されたヘレナとクリスは、既に縫いあがっている衣装を何着も脱いだり着たり針を刺されたりを何時間も耐えなければならなかった。

 ようやく解放されての今。

 カタリナがこの苦行の理由を語り始めたのだ。


「明日の午後に、王妃殿下のお茶会に招かれているの。そのための衣装を徹夜で何とかしてもらうために彼らには来てもらったのよ」

 たった一着のためにこのようなことを。

 以前もお世話になったドレスメーカー『メリーアン』の面々の、かつてない鬼気迫る様子に納得した。
 王宮の最奥へ入り込むにあたって誰にも文句を言われない衣装を明日の朝までに仕上げねばならないのだ。
 彼らは今夜徹夜になるだろう。

 いや、そもそも。
 どうして没落貴族の姉弟が王妃殿下と面会できるのだ。

「まあ、顔合わせをまとめてやっちゃいましょうっていうご提案の招待状を頂いたの」

「まとめて? とは…」

 なんとかクリスもソファから顔を上げる。

「まずは、ゴドリー侯爵への挨拶ね。マリアロッサ様はヘレナと別邸でお会いしたけれど、ベンホルム様とはまだでしょう。それに結婚式があんなこんなだったから、クリスはリチャード様と顔合わせをしていないし」

「そういえば…」

 なんとか起き上がったヘレナとクリスは互いに顔を見合わせる。

 クリスは結構な頻度で別邸を尋ねてくれているが、正門を通らない上にそもそもリチャードが別邸を尋ねることはイチイの木を植えた時以来ない。
 言われてみれば書類上とはいえ妻の弟と全く面識がないのだ。
 会えない距離と言うわけでもないのに。

「それとね。貴方たちのお母様は王妃様がとても大切にしていた侍女なの。ぜひ会って話がしたいとのことで、一堂に会すこととなったわ」

「叔母様、待ってください、あの…」

「お・か・あ・さ・ま、よ。クリス」

 指を一本立てて左右に軽く振り、チチチと舌を鳴らす。

「もちろん生みの母はルイズ様だけどね。ただ外での事を考えて、そろそろストラザーン家の息子であることに慣れてちょうだい。ああ、ヘレナもね」

「え、ええと、…はい。お気遣いありがとうございます、おば…いえ、お母様」

「ふふ。急には無理よね。でもとりあえず明日、この屋敷から出たら『お母さま』でお願いね」

 カタリナの茶目っ気たっぷりのウィンクに、姉弟はこくこくと首を縦に振った。



 翌日は実に清々しい天気だった。

 日の出前に侍女たちに起こされもう一度磨き直され、姉弟は爪の先までピカピカにされた。
 そして、ヘレナは超絶技巧の編み込みを施され、色々な物をたくさん顔に塗られた。
 もちろん、衣装は間に合った。

「姉さん…。色々別世界だね」

「クリスこそ」

 玄関ホールで落ち合った二人は互いにまじまじと見つめ合う。

「クリス、お化粧しているの?」

 クリスの黒髪はつやつやで、少し長めの前髪から覗く青い瞳とともになにやらきらきら輝いている。
 白くきめの整った肌も頬のあたりはうっすらと薔薇色に色づき、唇もいつもよりプリプリしていて赤い。

「そんなわけないに決まっているでしょ。朝から捏ねられてこうなったんだよ…」

「それは…。お疲れ様。こういうのもなんだけど、綺麗になったわね」

「言わないでそれ以上…」

 どこから見ても貴公子然とした弟は、くたりと頭を傾け片手を顔に当てて、はあーと深いため息をついた。
 手足がますます伸びて、ささいな仕草が優雅に見える。
 そんなところまで、ずいぶん格好良くなったなとヘレナは眩しく思った。

「お待たせ。それでは、そろそろ行こうか」

 母カタリナをエスコートして階段を降りてきたのは、従兄のユースタスだ。
 明るい茶色の髪はゆるい癖がかかってふわりと舞い、優しい声の彼らしい。
 エメラルドの瞳をほころばせてユースタスは微笑んだ。

「さすがメリーアンだね。ヘレナを最高に可愛く仕上げてくれた」

「あ、ありがとうございます、ユースタス様」

「ユス兄さま」

 にこりと笑顔のまま訂正が入った。

「は?」

「もういい加減、僕のことをユス兄さまと呼ばなきゃ。君は僕の妹なんだからね」

 ユースタスの隣ではお母上が重々しくうなずいている。

「あ、クリス君もだよ。さあ、とりあえず今、三回言ってみようか、『ユス兄さま』」

「え…。その、ユー」

「ユス兄さま」

 ユースタスの口角がさらに上がった。

 カタリナを始め、執事や侍女たちは興味津々の様子だ。

「…はい、ユス兄さま」

 そのようなわけで、ヘレナとクリスは直立姿勢で三回復唱した。

 ストラザーン家の人々の愛は時としてスパルタだ。




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