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ベージル・ヒルの告白-2-

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 シエナ島ははるか遠くの南方の地にある。

 故郷から遠く離れた飛び地だが、軍事拠点の一つでもあり、商船の寄港地でもあり、更には未知の資源を多く内包した自然豊かで重要な場所だった。
 ただし、乾燥し夏の日差しを待ち望む母国とは真逆で、日中はぎらぎらとした陽光と熱波に悩まされ、雨も良く振り湿度高い。
 植物も生物も初めて見るものばかりだった。

 リチャード・ゴドリー伯爵率いる騎士団がこの島の土を踏み、提督の交代式を行った翌日。

 彼は誰よりも早く風土病の洗礼を受けた。

 それは昆虫を媒介したもので、途方もない高熱を発し人によっては死に至る。
 もちろん自国で策を講じてから渡ったが長い不眠で体調を崩したままなのが災いし、何日も高熱に苦しむこととなった。
 医師や治療師も同郷の者ゆえに、治療は後手に回る。

 前提督は『若いから回復も早いだろう』とさほど気に留めることもなく、予定通り帰国の途につき、去り際に紹介されたのが娼館の女たちだった。

 任期中に羽目を外していた前任者たちは騎士団駐屯地の一角に娼婦たちの滞在場所を勝手に設け、そこに彼女たちを呼び接待させていた。
 彼らの言い訳としては、駐屯地の外は言葉の通じない原住民や放浪者が入り混じり、夜遊びは危険だからだと言う事だったが、羽目を外しすぎているのは明らかだ。
 在任中の様々な不都合をうやむやにするために前提督は貴族出身者を始め地位ある部下を全て引き連れて離陸した。
 おかげでこの地での暮らし方や風土病に対する対処など、事細かに教えてくれるのは娼婦たちしかおらず、多くを頼ることとなる。

 そして、彼女たちの中で一番地位が高いのは母国で一番大きな娼館からシエナ島へ派遣されていたコンスタンス・マクニーという美しい女性だった。

 彼女はまずつきっきりでリチャードの看病をして見事回復させたことにより、本人のみならず部下たちの信頼を勝ち得た。

 その後リチャードはあくまでも提督として駐屯地に常駐し、ヒルが下級騎士たちを率いて治安を守る形が定着し、時は過ぎていく。

 この地を奪還しようとする他国勢力や海賊の来襲、そして部族間もしくは移民たちの争いなど、気の抜けない日々は続き、ヒルはなかなか駐屯地へ帰る暇がない。

 気が付けばコンスタンスはリチャードの恋人としてふるまい始める。
 そして娼婦たちの多くもそれに倣って城内を自由に闊歩し、結局、前の慣習を踏襲し続けることとなった。

 ヒルの配下にいた古参組の騎士たちは眉をひそめた。
 彼らとて清廉潔白ではないが、『らしくない』と思った。

 何よりも不思議なのは側近の三人が、この事態を受け入れ、むしろ二人の仲を応援していることだ。
 平民の中で育った経験のあるクラークが最初に打ち解け、次に貴族としての矜持は高いが享楽的なところのあるホランドは面白がり、侯爵夫妻への忠誠心が篤く聖職者のように高潔なコールですら、貴婦人に仕えるように跪いた。

 どこかが、妙だ。

 頭のどこかでそんな思いがちらつくが、突き詰めて考えることができない。
 いつまでも慣れることのできない熱気。
 舌触りがねっとりとした甘い果実をはじめとした異国の食材。
 自分たちとは法則の違う言語を話す、小麦色の肌をした現地の人々。
 毎日どこかで事件は起き、きりのない治安業務。
 そもそもこの島は中心に高い山がそびえ、起伏にとんだ地形で、リチャードの配下だけでは完全に掌握するのは無理なのだ。
 幸運だったのは原住民たちの気性は温和で比較的友好な関係を維持できたこと。
 それでも少しずつ積み重なっていく疲労は、思考能力を奪っていく。

 やがてヒル自身が、コンスタンスと言う女性は不遇の人生を歩いてきた気の毒な人なのだと同情してしまった。

 そうしていつの間にか。
 コンスタンスは身請けされこのシエナ島において提督リチャード・ゴドリーの公然たる恋人であり、騎士団の女主人であり、サルマン帝国の男たちの女神と崇められる存在となった。

 任期を終え帰国する時もリチャードの妻として最上級の部屋で過ごし、港から都の入り口までの道中もゴドリー伯爵夫人として遇し、王宮までの凱旋もそのつもりで行軍した。

 提督の馬に相乗りしている黒髪の美女を街道に詰めかけた見物客たちは物語の姫君に重ねて花びらを投げ歓声を上げた。
 コンスタンスは貴婦人のようにふるまい、リチャードの胸に抱かれたまま上品に手を振る。

 しかし、コンスタンスが同行を許されたのは王城の一番外の門をくぐるまで。

 城門を閉じて観衆たちと遮断されると事態は一変した。

 そこには王城警備を担当する騎士団の詰め所があり、彼女はそこに留め置かれることとなった。

 シエナ島へ派兵された者はみな、それよりもずっと奥へ進み王族の労いを受けることが決まっている。
 それはもちろんヒルたち側近も同じだ。

 せめてもう少し先の王宮の貴族用休憩室へつれていくようリチャードたちは交渉したものの許可が下りず、コンスタンスと付き従う侍女や従僕たちは騎士団の簡素な控室に詰め込まれたまま長い間待たされることとなった。

 コンスタンス・マクニーはどれほど上等なドレスと宝飾で身を飾っていても、平民としての届けすら出していない、生粋の娼婦。

 また、使用人たちはゴドリー家からの者もいたが、腹心ともいえる者は娼館から買い上げ連れてきたため、出生は似たようなものだ。


 この王城、いやサルマン帝国では下級侍女よりも劣る身分であることを、はっきりと思い知らされた事件だった。


「正直なところ、あれで目を覚ましてくれればという、私なりの親心だったのだけど」

 王妃は頬に手を当てて、ほうとため息をついた。

「逆に煽ってしまったのね」


 凱旋についてはどうにもならない。
 まさか、そこまで入れあげているとは思わなかったのだ。

 だからもう夢物語は終わったのだと線引きをして見せていたが逆効果にしかならなかった。

 リチャードたちはコンスタンスの名誉回復をまず試み、それがかなわないと知るやいなや抜け道を探し始める。

 いくつかの手立てを考え、紳士クラブや闇ギルドなどに餌を撒き、最短でことを為そうと決めた。
 ベンホルム夫妻が外交で不在の間に、出来るだけ。


 そして釣り上げたのがハンス・ブライトン子爵とその娘ヘレナだった。
 
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