糸遣いの少女ヘレナは幸いを手繰る

犬飼ハルノ

文字の大きさ
189 / 333

王妃命令よ

しおりを挟む

「まあああ。まあ、まあ!本当に凄いわね。これじゃあ、確かにお茶会にしかならないわよね」

 口元に指先を当てて王妃はころころと笑う。

 ヘレナたちが持たせてくれた土産はゆうに四、五人分あり、王妃が席に加わっても全く問題がなかった。
 外交先で土産にもらった最新の食器の上に侍女たちが美しく盛り付けて並べ、それを遠慮なく王妃は優雅にかつ次々と口に運ぶ。 

「それに、この美味しさときたら…。ゴドリー侯爵夫人があっという間に懐柔されてしまうわけよね」

「あら、人聞きの悪いことおっしゃらないでくださいませ。王妃様こそ、ヒルが休憩中にぱくついていたショートブレッドを強奪なさったそうではありませんか」

「いやあねぇ。油断も隙もありゃしない。ゴドリー侯爵家の情報網ときたらそんなささいなことまで拾ってしまうのだから」

 ふふふ…うふふ…と、微笑み合う二大巨頭に、同席しているベンホルムだけでなく、背後に控えるヒルやゴドリーの人々はげんなりとする。

「このメニュー、どちらかと言うとセイボリーに重きを置いているのは、ゴドリーの男たちが頻繁にごちそうになっているせいかしら。そういえばシエナ島から帰還したら高慢ちきで鼻持ちならない残念な美形になったと評判のホランドの末っ子が、ここ最近急に丸くなったのですってね」

 王妃の爆弾投下にベンホルムは軽く吹き、慌ててナフキンで口元を拭う。

「…その情報は」

 胸元を抑え、おそるおそる尋ねるゴドリー侯爵を横目にキッシュを丁寧に切り分けた。

「まあ、色々? あの末っ子はナイジェル・モルダーとセットで注目の的ですからね」

 しかしふいに手を止め、ぽつりと問う。

「人の家庭に口を出すのもどうかと思うけれど、そろそろあの子たちときちんと話をしたらいかが? 彼らがいまだにふらふらしているのは根っこがないせいだと思うのよね」

 ちらりと斜め後ろで控えていたヒルに視線をやり、王妃は続けた。

「ヒルがやや例外なのは、加護が多少効いていたおかげもあるでしょうけれど、それだけではないわね」

 キッシュをひと切れ口に入れ、うっとりと目を閉じて味わう。

「…なんて美味なの。鴨のハムと卵の絶妙な味のバランスがたまらないわ」

「その鴨のハムは、ヘレナ嬢が仕留めて燻製にしたものだそうですよ」

 マリアロッサの説明に、ベンホルムは驚きの表情を露わにしてヒルを見つめた。

「なんですって。ヘレナ・ストラザーンは子どものように幼くて小さい子だと聞いていたのに、狩猟の才能があるというの?」

「ブライトンのタウンハウスで腕を鍛えたそうで、そちらの肉のパイの雉も同じくクロスボウで仕留めたとか」

 短い説明ですべてを読み解いた王妃の顔がさっと曇る。

「ハンス・ブライトン…。あの男。いったい娘に何をさせていたのかしら…」

 常に朗らかな王妃が銀のフォークとナイフを握りしめて暗く笑うさまに、全員息をのむ。

「だから、私はあれとの結婚を反対したというのに」

 周囲の視線に気づいた王妃は紅茶を飲んで気持ちを落ち着けたあと、ぽつりとつぶやいた。

「それでも、行くと言ったのよ。ルイズときたら…」

 まるで妹か娘を思うような、情のあふれる嘆きように、マリアロッサは首に巻いていたショールを外し、侍女に渡す。

「エリザベート殿下。このショールは先ほどヘレナ嬢からお土産に頂いたものです」

 両手で受け取った瞬間、王妃は目を大きく見開いた。

「え…。これは…。本当に、ヘレナ・リー・ストラザーンが?」

「そうです。さすがはルイズ・ショアの娘だと思いませんか」

 ゆっくりと指を滑らせながら、細部まで意匠の確認をした王妃は軽くため息をついた後、にやりと笑う。

「さすがも何も。…なるほど。これはゴドリーで囲む必要がありそうね」

「私もそう思いますの」

「本当ならばリチャードにその役を全うしてほしい所だけど、難しいでしょうね。ベージル・ヒル。貴方、何とかならないの? しょっちゅう彼女の手料理を食べさせてもらうほど親しいのでしょう」

「…失礼ながら王妃殿下。なんとか…とは?」

 おそるおそるヒルは直立姿勢のまま困惑気に尋ねる。

「決まっているでしょう。ヘレナの夫…はまだ無理ね。恋人になる気は…いいえ。王妃命令よ。あなたたち恋仲になりなさい!」

 ビシッと王妃はヒルを指さした。

「無理です」

 ヒルの即答に、全員首をかしげる。

「本当に、無理なのです」

 ヒルは至って真剣だ。

 王妃とゴドリー侯爵夫妻のお茶会は、混迷を深めていった。



しおりを挟む
感想 129

あなたにおすすめの小説

初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした

わらびもち
恋愛
ガーネット侯爵、エリオットに嫁いだセシリア。 初夜の寝所にて夫が来るのを待つが、いつまで経っても現れない。 無情にも時間だけが過ぎていく中、不意に扉が開かれた。 「初夜に放置されるなんて、哀れな子……」 現れたのは夫ではなく義母だった。 長時間寝所に放置された嫁を嘲笑いに来たであろう義母にセシリアは……

ローザリンデの第二の人生

梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。 彼には今はもういない想い人がいた。 私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。 けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。 あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。 吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。

最初から間違っていたんですよ

わらびもち
恋愛
二人の門出を祝う晴れの日に、彼は別の女性の手を取った。 花嫁を置き去りにして駆け落ちする花婿。 でも不思議、どうしてそれで幸せになれると思ったの……?

いいえ、望んでいません

わらびもち
恋愛
「お前を愛することはない!」 結婚初日、お決まりの台詞を吐かれ、別邸へと押し込まれた新妻ジュリエッタ。 だが彼女はそんな扱いに傷つくこともない。 なぜなら彼女は―――

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに対して、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載しております。

処理中です...