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王妃命令よ
しおりを挟む「まあああ。まあ、まあ!本当に凄いわね。これじゃあ、確かにお茶会にしかならないわよね」
口元に指先を当てて王妃はころころと笑う。
ヘレナたちが持たせてくれた土産はゆうに四、五人分あり、王妃が席に加わっても全く問題がなかった。
外交先で土産にもらった最新の食器の上に侍女たちが美しく盛り付けて並べ、それを遠慮なく王妃は優雅にかつ次々と口に運ぶ。
「それに、この美味しさときたら…。ゴドリー侯爵夫人があっという間に懐柔されてしまうわけよね」
「あら、人聞きの悪いことおっしゃらないでくださいませ。王妃様こそ、ヒルが休憩中にぱくついていたショートブレッドを強奪なさったそうではありませんか」
「いやあねぇ。油断も隙もありゃしない。ゴドリー侯爵家の情報網ときたらそんなささいなことまで拾ってしまうのだから」
ふふふ…うふふ…と、微笑み合う二大巨頭に、同席しているベンホルムだけでなく、背後に控えるヒルやゴドリーの人々はげんなりとする。
「このメニュー、どちらかと言うとセイボリーに重きを置いているのは、ゴドリーの男たちが頻繁にごちそうになっているせいかしら。そういえばシエナ島から帰還したら高慢ちきで鼻持ちならない残念な美形になったと評判のホランドの末っ子が、ここ最近急に丸くなったのですってね」
王妃の爆弾投下にベンホルムは軽く吹き、慌ててナフキンで口元を拭う。
「…その情報は」
胸元を抑え、おそるおそる尋ねるゴドリー侯爵を横目にキッシュを丁寧に切り分けた。
「まあ、色々? あの末っ子はナイジェル・モルダーとセットで注目の的ですからね」
しかしふいに手を止め、ぽつりと問う。
「人の家庭に口を出すのもどうかと思うけれど、そろそろあの子たちときちんと話をしたらいかが? 彼らがいまだにふらふらしているのは根っこがないせいだと思うのよね」
ちらりと斜め後ろで控えていたヒルに視線をやり、王妃は続けた。
「ヒルがやや例外なのは、加護が多少効いていたおかげもあるでしょうけれど、それだけではないわね」
キッシュをひと切れ口に入れ、うっとりと目を閉じて味わう。
「…なんて美味なの。鴨のハムと卵の絶妙な味のバランスがたまらないわ」
「その鴨のハムは、ヘレナ嬢が仕留めて燻製にしたものだそうですよ」
マリアロッサの説明に、ベンホルムは驚きの表情を露わにしてヒルを見つめた。
「なんですって。ヘレナ・ストラザーンは子どものように幼くて小さい子だと聞いていたのに、狩猟の才能があるというの?」
「ブライトンのタウンハウスで腕を鍛えたそうで、そちらの肉のパイの雉も同じくクロスボウで仕留めたとか」
短い説明ですべてを読み解いた王妃の顔がさっと曇る。
「ハンス・ブライトン…。あの男。いったい娘に何をさせていたのかしら…」
常に朗らかな王妃が銀のフォークとナイフを握りしめて暗く笑うさまに、全員息をのむ。
「だから、私はあれとの結婚を反対したというのに」
周囲の視線に気づいた王妃は紅茶を飲んで気持ちを落ち着けたあと、ぽつりとつぶやいた。
「それでも、行くと言ったのよ。ルイズときたら…」
まるで妹か娘を思うような、情のあふれる嘆きように、マリアロッサは首に巻いていたショールを外し、侍女に渡す。
「エリザベート殿下。このショールは先ほどヘレナ嬢からお土産に頂いたものです」
両手で受け取った瞬間、王妃は目を大きく見開いた。
「え…。これは…。本当に、ヘレナ・リー・ストラザーンが?」
「そうです。さすがはルイズ・ショアの娘だと思いませんか」
ゆっくりと指を滑らせながら、細部まで意匠の確認をした王妃は軽くため息をついた後、にやりと笑う。
「さすがも何も。…なるほど。これはゴドリーで囲む必要がありそうね」
「私もそう思いますの」
「本当ならばリチャードにその役を全うしてほしい所だけど、難しいでしょうね。ベージル・ヒル。貴方、何とかならないの? しょっちゅう彼女の手料理を食べさせてもらうほど親しいのでしょう」
「…失礼ながら王妃殿下。なんとか…とは?」
おそるおそるヒルは直立姿勢のまま困惑気に尋ねる。
「決まっているでしょう。ヘレナの夫…はまだ無理ね。恋人になる気は…いいえ。王妃命令よ。あなたたち恋仲になりなさい!」
ビシッと王妃はヒルを指さした。
「無理です」
ヒルの即答に、全員首をかしげる。
「本当に、無理なのです」
ヒルは至って真剣だ。
王妃とゴドリー侯爵夫妻のお茶会は、混迷を深めていった。
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