179 / 332
試金石
しおりを挟むその日は、小春日和と言えるようなのどかな天気に恵まれた。
「初めてお目にかかります。コンスタンス・ディ・マクニール・オブ・リンデマンと申します」
髪をきっちりと編み込んで結い、貴金属は一切つけず、首を覆う高い襟に袖も裾も装飾がほとんどないシンプルな青いビロードのドレスに身を包んだコンスタンスは、スカートの裾をつまみ深々と頭を下げ淑女の礼の形をとる。
「貴方がコンスタンス嬢ね。仕事が立て込んでいるせいでなかなか帰国できず申し訳なかったわ。どうぞ座ってちょうだい」
「ありがとうございます」
予告通り昼過ぎに数人の護衛と侍女を連れて来訪したマリアロッサ・ゴドリー侯爵夫人の出迎えはリチャードと側近たち、そして本邸の使用人全員で行った。
その後応接室でリチャード、コール、クラーク、ホランドの四人で小一時間ほど会話を交わしたのち、コンスタンスが呼ばれる。
マリアロッサに促され、リチャードとコンスタンスは正面の長椅子に並んで座った。
コールがまず茶を煎れ、クラークとホランドは用意していた茶菓子を並べる。
壁際にはマリアロッサ配下の騎士と侍女が立ち、リチャード配下の使用人たちは扉の外で控えた。
小量を試飲用のカップに注いで味を確認した後に、コールはそれぞれへ茶を配った。
「ウィリアムのお茶は叔父のバーナード譲りね。相変わらず良い味」
「恐れ入ります」
マリアロッサの微笑みに、コールは応える。
「まずは、シエナ島で我が息子リチャードを救ってくれたこと。深く感謝します。貴方の看病のおかげで私はこうして元気な息子と会うことができたと思っています」
茶器をテーブルに戻した後、マリアロッサはコンスタンスに頭を下げた。
「……っ、そんな、頭をお上げください、ゴドリー侯爵夫人。当然のことをしただけです」
コンスタンスは身を乗り出し、両手に胸を当て訴える。
伏し目がちなその姿はしおらしく、楚々として見えた。
「コンスタンス嬢も知っての通り、息子はレスキュエル国とのいざこざに巻き込まれ、疲弊したままさらに南国への赴任を命じられたため、熱病にあっさり罹ってしまった。とても独りでは乗り越えられないもので最悪の場合は死に至っただろうと聞いています。だから、私たち夫婦はリチャードが命の恩人である貴女を伴侶にしたいと言うならば、それを認めようと決めました」
顔を上げたマリアロッサはまっすぐにコンスタンスを見据え、きっぱりと告げる。
「え……」
予想外の言葉だったのだろう。
ぽかんと唇を半開きにしたままコンスタンスはリチャードの母親を見つめた。
「息子が変に気を回して子どものような小細工をしたようですが、その件の処理については後に『彼女』の意志を尋ねてから行うとして……」
『彼女』とは、この場にいない別邸の少女のこと。
外交に専念していたにもかかわらず彼女をすでに把握していることに、じわりと手のひらに汗を感じた。
「正式にリチャード・ゴドリー伯爵の正式な妻になる意思がコンスタンス嬢の中にあるならば、これから示すことに同意していただかねばなりません」
マリアロッサが背後の文官に合図を出すと、彼は数枚の書類をホランドに渡し、それを彼がコンスタンスへ手渡す。
「これは……」
びっしりと書き込まれた文章の最初の数行を読むやいなや、コンスタンスは即座に顔を上げた。
母と息子の表情は変わらず、応接室にはマリアロッサの朗々とした声が響く。
「まず初めに。
リチャード・アーサー・ゴドリー伯爵がコンスタンス・ディ・マクニール・オブ・リンデマン男爵令嬢と正式な婚姻関係を結ぶにあたり、以下の条項を示す。
一つ。
リチャード・アーサー・ゴドリーのゴドリー侯爵における一切の継承権と相続の放棄。
一つ。
リチャードとコンスタンス夫妻はゴドリー侯爵家のいち家臣として存在すること。
一つ。
二人の名乗るゴドリー伯爵家は、一代限りの爵位、いわば騎士爵であり、リチャード・アーサー・ゴドリーの死後は爵位と領地をゴドリー侯爵家へ返上。
一つ。
リチャードとコンスタンス夫妻にはゴドリー伯爵家継承のための養子縁組は認めない。
一つ。
もしリチャード早世の場合、コンスタンスには準男爵並みの資産は与えるが、ゴドリー伯爵家の特権の利用は認めない。
一つ。
王宮内でのコンスタンス・ディ・マクニール・オブ・リンデマンでの待遇は、王家の正式な許可がない限り、あくまでも彼女のリンデマン国の養子先同様に男爵位であること。
以上、六つの項目は国から示された判断であり、たとえベンホルムとマリアロッサ・ゴドリー侯爵夫妻、および現国王または王太子が亡くなったとしても覆ることはない、未来永劫定められた事項である。
これらを同意するならば、二人の真実の愛と正式な婚姻を認めることとする」
マリアロッサは書面を手に取ることないまま、一語の誤りもなく、コンスタンスが手にする条項をそらんじた。
「これが、侯爵家からの最大の譲歩であり、先の戦で多大な功績を示したリチャードへの国の恩賞。このことについては前もってリチャードの了解を得ています。あとは、どうするか……」
鷲のように鋭いまなざしで、マリアロッサはコンスタンスに問うた。
「決めるのは貴方よ、コンスタンス嬢」
38
お気に入りに追加
470
あなたにおすすめの小説

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。
そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。
そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。
「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」
そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。
かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが…
※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。
ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。
よろしくお願いしますm(__)m

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜
白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます!
➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

子供が可愛いすぎて伯爵様の溺愛に気づきません!
屋月 トム伽
恋愛
私と婚約をすれば、真実の愛に出会える。
そのせいで、私はラッキージンクスの令嬢だと呼ばれていた。そんな噂のせいで、何度も婚約破棄をされた。
そして、9回目の婚約中に、私は夜会で襲われてふしだらな令嬢という二つ名までついてしまった。
ふしだらな令嬢に、もう婚約の申し込みなど来ないだろうと思っていれば、お父様が氷の伯爵様と有名なリクハルド・マクシミリアン伯爵様に婚約を申し込み、邸を売って海外に行ってしまう。
突然の婚約の申し込みに断られるかと思えば、リクハルド様は婚約を受け入れてくれた。婚約初日から、マクシミリアン伯爵邸で住み始めることになるが、彼は未婚のままで子供がいた。
リクハルド様に似ても似つかない子供。
そうして、マクリミリアン伯爵家での生活が幕を開けた。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
傾国の美兄が攫われまして。
犬飼春野
恋愛
のどかな春の日差しがゆるゆるとふりそそぐなか、
王宮の一角にある庭園ではいくつものテーブルと椅子が据えられ、
思い思いの席に座る貴族の女性たちの上品な話声がゆったりと流れていた。
そんななか、ひときわきりりとした空気をまとった令嬢がひとり、物憂げなため息をついていた。
彼女の名はヴァレンシア。
辺境伯の娘で。
三歳上の兄がひとりいる。
彼は『傾国の』が冠される美青年だった。
美女と見紛う中性的な美貌の兄と
美青年と見紛う中性的な風貌の妹。
クエスタ辺境伯の兄妹を取り巻く騒動と恋愛模様をお届けします。
※ 一年くらい前に思いついた設定を発掘し練り直しておりますが。
安定の見切り発車です。
気分転換に書きます。
※ 他サイトにも掲載しております。

十三月の離宮に皇帝はお出ましにならない~自給自足したいだけの幻獣姫、その寵愛は予定外です~
氷雨そら
恋愛
幻獣を召喚する力を持つソリアは三国に囲まれた小国の王女。母が遠い異国の踊り子だったために、虐げられて王女でありながら自給自足、草を食んで暮らす生活をしていた。
しかし、帝国の侵略により国が滅びた日、目の前に現れた白い豹とソリアが呼び出した幻獣である白い猫に導かれ、意図せず帝国の皇帝を助けることに。
死罪を免れたソリアは、自由に生きることを許されたはずだった。
しかし、後見人として皇帝をその地位に就けた重臣がソリアを荒れ果てた十三月の離宮に入れてしまう。
「ここで、皇帝の寵愛を受けるのだ。そうすれば、誰もがうらやむ地位と幸せを手に入れられるだろう」
「わー! お庭が広くて最高の環境です! 野菜植え放題!」
「ん……? 連れてくる姫を間違えたか?」
元来の呑気でたくましい性格により、ソリアは荒れ果てた十三月の離宮で健気に生きていく。
そんなある日、閉鎖されたはずの離宮で暮らす姫に興味を引かれた皇帝が訪ねてくる。
「あの、むさ苦しい場所にようこそ?」
「むさ苦しいとは……。この離宮も、城の一部なのだが?」
これは、天然、お人好し、そしてたくましい、自己肯定感低めの姫が、皇帝の寵愛を得て帝国で予定外に成り上がってしまう物語。
小説家になろうにも投稿しています。
3月3日HOTランキング女性向け1位。
ご覧いただきありがとうございました。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる