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ミカの偵察
しおりを挟むゴドリー伯爵王都邸の正面はたちまちにぎやかになった。
次々と到着する馬車と護衛騎士、そして馬。
さらに出迎えの使用人たちでごった返し、大騒ぎだ。
「無事に仕事を終えたようだな。お疲れ様」
馬から降り、端に寄って喧騒を眺めていたスミス家の女たちにテリーは背後から声をかけた。
「ああ。無事っていや無事なんだけどさ。やっぱりお貴族様の護衛は肩がこるね」
六人姉妹はそれぞれ苦笑いを返す。
同行していたゴドリーの騎士たちはたまたま運よく処罰を免れただけで、スミスの女からすれば見掛け倒しの名ばかりの男たちだった。
正直、襲撃に遭った時も足手まといでいっそ盗賊にやられてもらったほうが楽だなと内心思ったが、信用商売だから仕方がない。
「急な依頼に応じてもらった分の特別手当をリチャード様から頂いているからあとで支給する。それと……」
「セドナ姉さんお疲れ様。これ、少しだけどお裾分け。みんなで食べてよ」
あとから現れたミカがバスケットをセドナへ渡す。
「ふうん。これ、もしかして例の?」
蓋を開けて覗き込むセドナに、二人はにやりと頷いた。
「そう。そこらの滋養強壮剤よりよっぽど効くから。本当はヘレナが寄って欲しいって言っていたけど、まあ今回はちょっとね」
バスケットの中にはチーズ、パン、とりどりのセイボリー、ケーキ、そしてミルクと蜂蜜の瓶がびっしりと詰められている。
「ありがたく頂くよってヘレナによろしく言っておいて。まあ、子どもたちも待っているし、今日はうちらもまっすぐ帰るよ」
六人姉妹は身支度を終えるとすぐ馬にまたがりその場を後にした。
手を振って見送るテリーたちは、ふと息をつく。
そこへライアン・ホランドが偶然を装って合流した。
「ああ、ここにいたのか、ラッセル。契約終了の手続きと今後の打ち合わせをしたいから中へ入ってくれないか」
ほんの少し前まで餓鬼のようにミートパイとキャロットケーキを貪り食っていた姿が記憶に新しい二人は、表情筋を引き締めるのに苦労しつつ、挨拶のために頭を下げる。
「この度は、我々の商会をご利用くださりありがとうございます。なんとか務めを終えることができたようで何よりです」
「リチャード様は王宮にいて不在だが、労うよう言われている」
少し横柄に見える仕草でついてくるように指示し、ホランドは背を向けて歩き出した。
颯爽とした後ろ姿を追いながら、テリーはぼそりと呟く。
「……なんだろう。こういうのってまさに」
ツンデレ。
ミカは笑いをこらえるために、精一杯こぶしを握り締めた。
声を掛け合いながら荷物を運び入れる使用人たちを眺めつつ、ミカとテリーは屋敷の中へ入る。
さすが資産が潤沢なゴドリー伯爵と言うべきか。
コンスタンスを迎えるために使用人たちはほぼ勢ぞろいしていると考えると、その多さに圧倒される。
ただきちんと教育がされていないのは、行きかう使用人たちの様子で見て取れ、なんとも残念なことだと二人は思った。
そんな中、ミカの目の端に一人の男が映る。
「ああ……なるほど」
従僕たちと手分けしてコンスタンスの衣装を運び入れている若い男。
あれが、ニール・ゴア。
二十歳そこそこで身長は低すぎないが高い方でもなく、瘦せ型、黒に近い茶色の髪と瞳。
柔和な印象でそれなりに整っているが、この屋敷内には美形ばかり集められているせいで目立たない。
いや。
目立たないようにふるまっているのか。
観察していることに気付かれないように気を付けたが、あれは。
「ばれたかもしれないね」
ミカは階段を上る速度を速めた。
「で、どうだった」
ソファに座るなり、ライアンはミカに尋ねる。
バーナード・コールとヴァン・クラークは使用人たちを捌くのとコンスタンスの相手で手がいっぱいだ。
なので、ミカには『人間関係を感知する力がある』ことをライアンに教えている。
もちろん、守秘義務を破ったら喉がきゅっと締まる術をシエルからかけられた上で。
彼らの代わりにライアンが偵察の件に関わることになったのだが、好奇心いっぱいに目を光らせている彼に、ミカは片眉を上げつつも率直に答えた。
「この間、ここへ来た時にすれ違わなかったのが運のつきだね。いや、あの時気づいてもまだここまでたどり着けていないなら同じか」
「どう言う意味だ」
「ニール・ゴア。あれは、男娼だね」
ミカはきっぱりと断言する。
「幼いころから男とも女とも……どんな人とも相手をさせられた、『奥様』と同じくらいかそれ以上の経験を積んでいて、色々な匂いが染みついている」
そして爆弾を投下した。
「多分、今頃もうこの屋敷から消えているに違いない。恐ろしく勘のいいヤツだから」
「な……っ!」
ミカの発言が耳に届くなり、ライアンは部屋を駆けだす。
慌てて階下のヴァンを捕まえ手分けして男を探してみたが、見つからない。
ニール・ゴアは、まるで蒸発したかのように消えた。
ライアンが発見したはずの複数の靴クリームの缶とともに。
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