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コンスタンスの帰還

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 馬車に揺られ続けて今日で三日目となった。

 風景がようやくどこか馴染みのあるものとなり、コンスタンスはため息をついた。
 旅というものは見知らぬ土地へ向かう行きの方が道のりと時間を長く感じ、帰りはあっという間に思うのが普通だろう。
 しかし今回は逆だった。

 いったいいつになったら帝都へたどり着くのか。
 馬車の中で苛立ち続け、疲ればかりがたまる。


 信じられないことに、五日前に転移魔法でライアンとともに国からの呼び出しに応じ王宮へ行ってしまったリチャードは、そのまま戻らないままで連絡一つ寄こさないばかりか、突然ゴドリーの騎士たちよりも大柄な女たちが六人も現れ、自分たちが護衛をするので翌日出立だと宣言した。
 聞けば、ゴドリーの別邸にいる侍女の親戚で、彼女たちは六人姉妹。どうりで雰囲気と骨格が似ているはずだ。
 その中でもひときわ大きい上に赤茶色の髪を男顔負けに短く刈り込んでいる女は長女でセドナと名乗った。

「我々六人で十分です。貴族の私兵は圧倒的に経験が足りなくて、いざという時に役に立ちませんから」

 褐色の肌に赤みを帯びた茶色の瞳。
 手のひらも指も服の袖から覗く手首も本当に女性なのかと疑いたくなるほど頑丈だが、少し空いた襟元から見える胸元には柔らかな谷間が見える。
 女性で間違いないはず。
 だが、このセドナは野蛮なあの地にいた高額な賞金を稼いでいた傭兵たちと似た空気を全身にまとっていた。
 彼女はリチャードとライアンの署名の入った契約書を携えており、そこには都までの旅路の全てを六姉妹に委ねよと書いてあった。

 随行していたゴドリーの騎士団の三分の二以上が隊長のヒルに私刑を行った罪で解雇され、散り散りになってもういない。
 彼らは、実に単純な男たちだった。
 騎士道精神や道徳を重んじることはなく欲に忠実で、中途半端に貴族の血筋を持つためにたいした努力をしないで女と金と名誉を手に入れたがっていた。
 ほんの少し甘い視線を送り囁くだけで、コンスタンスを女神のように崇めいいなりになる。
 そんな男たちがまとめてばっさりと切られたのは痛手だ。
 別邸の小娘を追い詰めるのにはとても使い勝手の良い道具だったというのに。
 事の発端はコンスタンスの仕組んだ冤罪だが、ベージル・ヒルの剣に関わる騒動の衝撃で事の真相を問うものは誰もいないのがせめてもの救いだ。

 なくした道具はまた作ればよいだけのこと。
 たいしたことではない。

 そう思いなおし、手始めに復路の護衛のために臨時で雇い入れる騎士たちの中で使えそうな者を篭絡してリチャードへ推薦しようと考えていたのに、やってきたのは女ばかり。
 しかもこのセドナがライアンの代理を兼ねているとの指示書が添付されていたせいで、使用人たちの中で筆頭の地位にあった侍女長のヨアンナよりも上となり、全権を握った。
 休息は十分に取ってくれはしたものの、観光も買い物も省いた面白みのない旅。
 コンスタンスのわがままは一切聞いてもらえず、ただただ進むだけ。
 つまらないことこの上ないではないか。



「このあと、二時間足らずで屋敷へ着きますよ」

 森を抜けて開けた場所に出たところで一度全員馬車から降ろされ、休憩となった。

 ヨアンナと四人のコンスタンス専属侍女と料理長と料理人二人、リチャード付き侍従が三人と下級侍女が四人。
 全員が晩秋の野原でセドナたちが手際よく支度した暖かい飲み物と軽食を受け取り、身体を休める。
 ヒルの件に全く関与しなかったため離脱せずに済んだ七人の騎士たちは周囲の見回りに行ったため不在だ。


 実はなんと、出立して半日ほど経った渓谷で盗賊に襲われた。

 まさかヒルをこの旅に参加させる口実にしていたならず者たちが本当に現れるとは思わなかったコンスタンスは馬車の中で恐怖に震え上がったが、あっという間にセドナたち女六人で倒してしまったのには心底驚いた。
 馬車も馬もほぼ無傷。
 彼女たちに至っては言うまでもない。
 腕が確かなのを目の当たりにしたコンスタンスたちは素直に従うことにした。

「ねえセドナ。あなたいくつなの?」

 あと数時間でようやくこの軍隊のような旅から解放される嬉しさから、今まで全く興味がなかったことを尋ねる。

「そうですね…。二十八かな。多分」

 まるで思いもしなかった質問だと言わんばかりに一瞬宙を見た後、セドナは答えた。

「多分?」

「仕事に追われて、年を数えるのを忘れていました。妹たちの歳なら解るので遡ればおよそそんな感じかと」

 もう一度指折り数えて確認した後、「やはり多分二十八あたりです」と笑った。
 そして、彼女と負けず劣らず武人の体格をしている妹たちの中にはすでに子供を産んだ者もいることを知り、コンスタンスは驚く。
 正直、男よりも頑丈な身体つきの彼女たちに言い寄る存在がいるとは到底思えなかった。
 娼館ではそんな女は売り物にならないと、下女の仕事に回されるし、貴族社会では言わずもがなだ。

「帝都のゴドリー邸で働いているミカという娘と親戚なのよね?」

「はい。末の妹と同い年です。数日違いで生まれたので双子のように育ちました」

「全員ずっとこんな暮らしを?」

 彼女たちは野盗相手に剣を振るうのにためらいがなかった。
 そして彼らの上下関係も瞬時に察して捕縛し、次の集落の自警団へ突き出すときに説明をしていた。
 騎士よりずっと手慣れている。

「そうです。それが我々の生業ですから。まあ、向かない者には強要しません。好きで働いているのです」

「好き? こんな毎日が?」

「ええ。変化に富んでいますからね」

 彼女の瞳には一切の迷いがなく心からの言葉だとわかるが、コンスタンスには理解できない。

「そう…」

 更に尋ねると、セドナ自身は恋人も夫も必要ないという。
 別に忘れられないような秘めた恋があるわけでもないし、そもそもそんな情熱的な経験はない。
 男が嫌いだというわけでもない。
 一人が気楽で好きだと。
 彼女のあっさりとした笑顔を見ているうちにコンスタンスは少し混乱してくる。
 価値観の相違。
 いや、違う。
 もっと違う何か。
 奇妙な焦燥感が胸の奥で沸き上がった。



 休憩を終え、また一行は進む。
 行きの馬車ではリチャードと二人きりで濃密な戯れを楽しんだが、彼が不在の今、かわりに侍女たちを招き入れ帰り道はずっと一緒に過ごした。

 彼女たちは同僚のドナが行方不明になったことについてたいして動揺していない。
 むしろせいせいしたというところか。
 もともと、下っ端でさえない容姿のドナがいきなり専属侍女に大抜擢されたことにかなり不満を持っていたため、宴の酔いにまかせて誰かが攫ったならざまあみろと内心ほくそ笑んでいる様子が見えた。
 そんな彼女たちは帰り支度の時にドナの私物を多少発見したらしいが、アビゲイルのごみ捨て場へ不要物と一緒に出したらしい。
 帰宅したら部屋の荷物も同じように処理するだろう。
 ドナという使用人は存在しない。
 これに関してはコンスタンスの目論見通りに終えられそうだ。

「あ、屋敷が見えてきました、奥様!」

 侍女の一人のはしゃぐ声にコンスタンスは我に返り、視線を窓の外へ向けた。
 確かに木の枝々の先に本邸の尖塔と白い壁が見える。

「そうね」

 ほっと息をついた。

 ゴドリー伯爵邸は王都と郊外の境目に位置し、北側は森が広がっている。
 いつも南側の門をくぐって華やかな街を目指すばかりで、このさえない場所に足を踏み入れることはまずない。
 アビゲイルの別荘地へ向かう時に初めて通ったが、たまに屋敷を見かけても格の低い家ばかりで、今後関わることもないだろう。
 そう思いを巡らせながら窓の外を眺めていると、木々の中に煙が上がっているのが見えた。
 車道からはそう遠くなく、樹木もまばらなのでそれなりに様子がわかる。

「あれは…」

 一瞬の事だった。

 焚火を囲んで休む者が幾人か。
 身なりは悪くなさそうだが、薪を拾いに来た王都の平民?
 そう思い興味をなくして視線を外そうとしたが、その中でも手前にいた少年少女が妙に気になった。

 こちらに顔を向けている十代後半と思われる黒髪の少年は若い鹿のようにすらりとしていて、遠目にも顔が整って見えた。

 車道にやや斜めに背を向け、おそらく彼の手を取りその手のひらを覗き込んでいる少女も黒髪で長い一つの三つ編みを腰より後ろに垂らしていて、体格から妹と言ったところか。

 なぜなのだろう。
 仲睦まじい兄妹が目に焼き付いて離れない。

「どうかしましたか?」

 隣に座っている侍女長に尋ねられたが、コンスタンスは曖昧に笑ってごまかす。

「いいえ、何も。こんなところまで薪を拾いに来るなんて大変ね」

 二人の姿はあっという間に見えなくなった。
 

 
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