糸遣いの少女ヘレナは幸いを手繰る

犬飼春野

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お布団をつくろう

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「布団ってこうやって作るのか……」

 布袋の端を持って手伝いながら、感心したようにヴァン・クラークはぽつりと言う。

「ええ。初めて見ました?」

 詰め物入れが完了した区画をさっと縫い封じながらヘレナは応じた。

 彼女は今、来る冬に備えて掛布団を製作中だ。

 布袋をいくつかの区画に分けて少し縫っておき、そこに準備しておいた詰め物を詰めると今度はそれらが出て行かないように塞ぐ。

「ああ。初めてだ。クラークの家では一応息子の一人として遇されていたからな。母が作ったりしているのも……記憶にないな」

 クラークは平民育ちだが経済的にはさほど不自由はなかった上、養子先のクラーク子爵家でも大切にされた。

 ヘレナをみていると、いかに自分が恵まれていたかわかる。

「そうですか……。まあ、私の母は子供時代にほぼ自給自足で生活していたので、なんでも自分で作っていたのですよね。ちょっとした知識として生前習っていたのですが、とても役に立ちました」

 煮沸して干した羽毛と羊毛と山羊の毛を混ぜ合わせた詰め物を会話しながら手際よく詰め、そして封じていく。

「とはいえ、今回、布と詰め物の一部はラッセル商会にお願いしましたが」

「いや、普通はもう材料頼むのではなくて…………」

 カタリナ・ストラザーン伯爵夫人なら、姪のためにいくらでも出費は惜しまない。

 わざわざ手間をかけて作る必要はないのだ。

「うーん。せっかく材料があるので。それにミカにはいつもお世話になっているお礼がしたかったのですよね」

 そう言いながら、とても楽しそうに針を刺していく。

 いつもながら運針は的確で恐ろしく早い。

 のんびりした表情からはそうは見えないだけに、彼女の腕の凄さを痛感する。

「そうか」

 ヘレナがこん睡状態から目覚めてまだ三日目。

 見慣れていないせいだろうか、こうしてそばにいる間にも身体が成長していっているように見えた。

 それでも、針を操る手はとても小さく頼りないが。

「ヘレナ、昼ごはんにしよう……って、クラークさん、あんたまたサボり?」

 食堂から二階の書斎に上がってきたミカが、クラークをからかう。

「いや、まあ……そうかな。ちょうどウィリアムが本邸へ様子見に行ったから、息抜きにふらっと」

 現在、ヘレナが裁縫作業を行っている書斎の隣の図書室で、クラークとコールはバーナード・コールが魔道具に隠していた重要書類の整理と分析を行っている。

 そして一階の応接室で仮眠を取り、食堂でミカの手料理を食べ、もはや住み込みに近い。

 ただ本邸には留守番の使用人がいるので、執事室の書庫に移転魔法陣を敷き、別邸の三階の魔方陣をひそかに行き来する事により、かわらぬ日常を偽装していた。

「リド・ハーン様様だね……って、言った端からなんか嫌な気配がするよ」

 作業中のヘレナから離れ、暖炉の前でネロと団子になっていたパールが天井を見上げてひゅううん……と鼻を鳴らす。

「これは……ハーン様がいらしたようですね」

 パールとネロは、ハーンに対して少し緊張している様子がある。

 なので、彼の来訪は大変わかりやすい。

「こんにちはー。ちょっと耳寄りな情報をお持ちしま……。わあ、ヘレナ様はまたちょっと大きくなりましたね!」

 ひよこの羽のようなふわふわとした頭をかしげ、のんびりとした口調の挨拶で天使の微笑みを浮かべるが、二匹の獣たちはぶわっと毛を逆立て『騙されないぞ』と警戒態勢を取るのがすこし面白く、ヘレナは思わず笑ってしまった。

「こんにちは、ハーン様。ちょうど今から私たちお昼にしようと思っていたのです。ご一緒にいかがですか」

「あはは。実はそろそろお昼じゃないかなと狙って飛んできたのですよね~。アタリでしたね」

 そして、クラークの方へ身体を向ける。

「あの。執事のコール様は?」

「ああ。今本邸だが。ウィリアムに用事か?」

「いえ、全員揃っていた方が話が早いので。お手数ですが呼んできていただけますか?」

「わかった。あんたがあの移転魔法を施してくれたおかげで楽になった。感謝しているよ」

「いえ。施術費はカタリナ様からがっぽり頂いていますので」

「あ。そういうことなのか……。なら遠慮なく」

 にやっと笑って、クラークはさっと部屋から出ていった。

「じゃあ、お昼は五人前だね」

「はい。ごちそうになります」

 ハーンとミカも連れだって扉へと向かい、ヘレナは針と糸の始末をしてから立ち上がる。

「さあ、パール、ネロ。大丈夫だから。おやつにしましょう?」

 ヘレナが二匹の前に膝を抱えて座り、覗き込むと彼らはゆっくり伸びをしてのろのろと動き出す。

「変な子たちねえ」

 両手で撫でてやるとようやく納得したのか、それぞれ尻尾を振って応えた。

「たぶん、鶏のスープのおすそ分けがあるわよ」

 それを聞くなり二匹はかっと目に光をともし、しっかり起きあがる。

「ふふ。さあ行きましょう」

 ネロを抱き上げ、ぴたりと足に身体を寄せるパールと階段を降りた。







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