糸遣いの少女ヘレナは幸いを手繰る

犬飼春野

文字の大きさ
上 下
140 / 332

金と金、蒼と青

しおりを挟む
 ゴドリー伯爵一行の滞在している区域へ狩猟用の服装と帯剣のままモルダーが足を踏み入れると、使用人たちは驚きざわめく。


「俺は王宮近衛騎士のナイジェル・モルダー男爵だ。リチャード様の専属秘書のライアン・ホランドはいるかな。話がしたい」


 ゆるく波打つ金髪を優雅に払い、首をかしげてふわりと笑って見せると、その場にいた侍従と侍女は一瞬ぽかんと見とれ、正気に戻ったら慌てて頭を下げて「しばしお待ちを」と走り出した。


 モルダーは己の美貌が武器として使えることを幼いころに気付き、有効利用している。

 三十近くになったが今もそこそこ使えるようだと、彼らの反応を見て思う。


 そして、さして待たずによく似た素材の男が現れた。



「これはモルダー男爵。どうなされましたか?」


 武人と文官として体格の違いがあるものの、こうして向かい合うと見るからに血縁だなとモルダーはため息をついた。


 その件は、帝都に戻ってからにするとして。


 案内された二階の書斎に入るなり、窓辺に立って二人は話を始める。



「まず、この金貨を渡すぞ。お前に返して、『それのおかげで良い感じに反撃できた』と伝えてくれと頼まれた」


 金貨を差し出すと、ホランドは左右対称に整った眉を片方跳ね上げた。


「は? あいつのことだから、金目の物は全部没収されたのでは?いったい……」


「その通り。境界線ギリギリの原っぱで奴らはヒルを囲んで派手な送別会を始めていたよ。マカフィーの歌が風にのって来た時には、正気を疑ったね」


「……まさか、ノーザンが?」

 驚愕に目を見開くホランドに、モルダーは重々しく頷く。


「母方の身内だ。お前、調べていないのか」


「騎士団の人事登録台帳には簡単な事柄しか書かれていなかったから……。それであいつは……」


「結局、ヒルが一人で全員ものの数分で沈めたけどな。俺の出る幕が全くないくらい使えない奴らばかりだった。お前ら、本当にどうかしているぞ」


「……言葉もありません。それで、ヒルは今どこに?」


 本気で心から心配している様に、安堵を覚えながらモルダーは考えた。


 自分たちが魔導士庁とつながってることを話すのはまだ早いかもしれない。

 とりあえず、一つだけ嘘をついた。


「俺が移転の術符を持っていたから、それを使わせた。今頃帝都で今夜の宿を探しているだろう」

 解雇になった以上、容易くゴドリー邸へは入れない。


「そうですか……。確かに、何があったとしても、ここへは戻らない方が賢明でしょう」


「それで、こっちには騎士は何人残っている?全員軽く骨折している状態で、馬と弓をうしなっている。ああ一人は槍が刺さって大量出血したな。迎えを寄こしてやって欲しいとも言っていたよ」


「あいつは馬鹿か! どんだけお人好しなんだ」

 金髪をかきむしり、ホランドはうなってしばらくうろうろと書斎の中を歩いた。


「ホランド。そこがベージル・ヒルのやり方だ」

 甘いとは、モルダーも確かに思うが。


「……。まあ、死人を出しても面倒くさいから数人出しましょう。どのあたりでパーティー開催したのですか、奴ら」


「単純にここからまっすぐ。一番険しい崖と谷底があるところの手前だった」

「…………。本当に、助ける必要あるのか、はなはだ疑問ですね」


「まあ、面倒くさいからとりあえず生かしてやろうや」

「わかりました」


 ホランドはいったん書斎から出て騎士を一人呼び、指示を出す。

 ほどなくしてすっかり暗くなった中庭に何人かの騎士が松明をもち、馬に乗って駆けだした。


「それで。ほかにご用件は」

 窓からその様を眺めているモルダーの背中にホランドは声をかける。


「うん。リチャードは今どうしてる? 見過ごせることじゃないから俺が話をするよ」

「……就寝中です」


「そうか。で、『奥様』もまだそこにいるか?」

「いえ。侍女たち様子を見る限り入浴中かと」


「うーん。その浴室は『奥様』のドレスルームの方?」


 貴族の館なんて似たり寄ったりの構造だ。

 とくに夫婦の寝室の配置などは容易に想像がつく。


「おそらく」


「じゃあ、俺がいま寝室へ突撃しても問題ないな。どっち? もしかしてこのドアいくつか通ったら行けたりする?」


 まるで探検に夢中な子どものように目を輝かせて、モルダーは廊下側ではなく隣の部屋に面した扉を指さす。


 廊下に出て寝室へ入りなおそうものなら、侍従たちが押しとどめて騒ぎが大きくなるだろう。

 迅速かつ簡単に事を済ませたいモルダーは今後の計画を素早く脳内で練りあげた。


「……はい……って、本気で行くのかよ、あんた!」

 全てを言い終えないうちにモルダーはすたすたと歩きだし、遠慮なく扉を開く。


「あはは。俺、せっかちだからさ~」

 振り返って扉からひょこっと顔だけ出し、おどけて見せる。


「いやちょっと待てって……」

 いつの間にか言葉遣いが荒くなっていたことに気付き、はっと口をおさえたホランドの頭を、モルダーは手を伸ばしてクシャっと撫でた。


「ははは。気取っていない時の方が、すっごく可愛いね、ライアン」

 顔を真っ赤に染めて、ホランドはモルダーの手を払う。


「いや、もう。……あんた、いったい何がしたいんだ、俺に」

 くるりと背を向け足取りも軽やかに次の扉へ向かう騎士の、さらさらと波打つ髪と鍛えられ締まった背中を、戸惑いながらも追いかける。


「うん。俺としては、そろそろ思春期卒業してほしいかなぁ」

「は?」

 また次の扉に手をかけながら、モルダーは首を軽くかしげて困ったように笑う。


「あまりにも危なっかし過ぎて、ほんと手のかかる子だよ、お前」

「はあ?」



「さて、これの次の次にリチャードがいそうな気がする。なるべく横から口を挟まず、大人しくしていておくれ、愛しの甥っ子よ」

 ぱちんと片目をつぶってウィンクを飛ばすなり、いきなりモルダーは走り出した。


「……え? あ、ちょっと待て、モルダー!」


 慌てて手を伸ばしたが空を掴む。


 ホランドは一瞬、彼を追うのを躊躇った。


 一歩踏み込んだ瞬間に、見える景色の全てが、がらりと変わりそうな気がして。




しおりを挟む
感想 124

あなたにおすすめの小説

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。 そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。 そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。 「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」 そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。 かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが… ※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。 ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。 よろしくお願いしますm(__)m

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜

白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます! ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

子供が可愛いすぎて伯爵様の溺愛に気づきません!

屋月 トム伽
恋愛
私と婚約をすれば、真実の愛に出会える。 そのせいで、私はラッキージンクスの令嬢だと呼ばれていた。そんな噂のせいで、何度も婚約破棄をされた。 そして、9回目の婚約中に、私は夜会で襲われてふしだらな令嬢という二つ名までついてしまった。 ふしだらな令嬢に、もう婚約の申し込みなど来ないだろうと思っていれば、お父様が氷の伯爵様と有名なリクハルド・マクシミリアン伯爵様に婚約を申し込み、邸を売って海外に行ってしまう。 突然の婚約の申し込みに断られるかと思えば、リクハルド様は婚約を受け入れてくれた。婚約初日から、マクシミリアン伯爵邸で住み始めることになるが、彼は未婚のままで子供がいた。 リクハルド様に似ても似つかない子供。 そうして、マクリミリアン伯爵家での生活が幕を開けた。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

傾国の美兄が攫われまして。

犬飼春野
恋愛
 のどかな春の日差しがゆるゆるとふりそそぐなか、  王宮の一角にある庭園ではいくつものテーブルと椅子が据えられ、  思い思いの席に座る貴族の女性たちの上品な話声がゆったりと流れていた。  そんななか、ひときわきりりとした空気をまとった令嬢がひとり、物憂げなため息をついていた。  彼女の名はヴァレンシア。  辺境伯の娘で。  三歳上の兄がひとりいる。  彼は『傾国の』が冠される美青年だった。  美女と見紛う中性的な美貌の兄と  美青年と見紛う中性的な風貌の妹。   クエスタ辺境伯の兄妹を取り巻く騒動と恋愛模様をお届けします。 ※ 一年くらい前に思いついた設定を発掘し練り直しておりますが。   安定の見切り発車です。   気分転換に書きます。 ※ 他サイトにも掲載しております。

十三月の離宮に皇帝はお出ましにならない~自給自足したいだけの幻獣姫、その寵愛は予定外です~

氷雨そら
恋愛
幻獣を召喚する力を持つソリアは三国に囲まれた小国の王女。母が遠い異国の踊り子だったために、虐げられて王女でありながら自給自足、草を食んで暮らす生活をしていた。 しかし、帝国の侵略により国が滅びた日、目の前に現れた白い豹とソリアが呼び出した幻獣である白い猫に導かれ、意図せず帝国の皇帝を助けることに。 死罪を免れたソリアは、自由に生きることを許されたはずだった。 しかし、後見人として皇帝をその地位に就けた重臣がソリアを荒れ果てた十三月の離宮に入れてしまう。 「ここで、皇帝の寵愛を受けるのだ。そうすれば、誰もがうらやむ地位と幸せを手に入れられるだろう」 「わー! お庭が広くて最高の環境です! 野菜植え放題!」 「ん……? 連れてくる姫を間違えたか?」 元来の呑気でたくましい性格により、ソリアは荒れ果てた十三月の離宮で健気に生きていく。 そんなある日、閉鎖されたはずの離宮で暮らす姫に興味を引かれた皇帝が訪ねてくる。 「あの、むさ苦しい場所にようこそ?」 「むさ苦しいとは……。この離宮も、城の一部なのだが?」 これは、天然、お人好し、そしてたくましい、自己肯定感低めの姫が、皇帝の寵愛を得て帝国で予定外に成り上がってしまう物語。 小説家になろうにも投稿しています。 3月3日HOTランキング女性向け1位。 ご覧いただきありがとうございました。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

処理中です...