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金と金、蒼と青
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ゴドリー伯爵一行の滞在している区域へ狩猟用の服装と帯剣のままモルダーが足を踏み入れると、使用人たちは驚きざわめく。
「俺は王宮近衛騎士のナイジェル・モルダー男爵だ。リチャード様の専属秘書のライアン・ホランドはいるかな。話がしたい」
ゆるく波打つ金髪を優雅に払い、首をかしげてふわりと笑って見せると、その場にいた侍従と侍女は一瞬ぽかんと見とれ、正気に戻ったら慌てて頭を下げて「しばしお待ちを」と走り出した。
モルダーは己の美貌が武器として使えることを幼いころに気付き、有効利用している。
三十近くになったが今もそこそこ使えるようだと、彼らの反応を見て思う。
そして、さして待たずによく似た素材の男が現れた。
「これはモルダー男爵。どうなされましたか?」
武人と文官として体格の違いがあるものの、こうして向かい合うと見るからに血縁だなとモルダーはため息をついた。
その件は、帝都に戻ってからにするとして。
案内された二階の書斎に入るなり、窓辺に立って二人は話を始める。
「まず、この金貨を渡すぞ。お前に返して、『それのおかげで良い感じに反撃できた』と伝えてくれと頼まれた」
金貨を差し出すと、ホランドは左右対称に整った眉を片方跳ね上げた。
「は? あいつのことだから、金目の物は全部没収されたのでは?いったい……」
「その通り。境界線ギリギリの原っぱで奴らはヒルを囲んで派手な送別会を始めていたよ。マカフィーの歌が風にのって来た時には、正気を疑ったね」
「……まさか、ノーザンが?」
驚愕に目を見開くホランドに、モルダーは重々しく頷く。
「母方の身内だ。お前、調べていないのか」
「騎士団の人事登録台帳には簡単な事柄しか書かれていなかったから……。それであいつは……」
「結局、ヒルが一人で全員ものの数分で沈めたけどな。俺の出る幕が全くないくらい使えない奴らばかりだった。お前ら、本当にどうかしているぞ」
「……言葉もありません。それで、ヒルは今どこに?」
本気で心から心配している様に、安堵を覚えながらモルダーは考えた。
自分たちが魔導士庁とつながってることを話すのはまだ早いかもしれない。
とりあえず、一つだけ嘘をついた。
「俺が移転の術符を持っていたから、それを使わせた。今頃帝都で今夜の宿を探しているだろう」
解雇になった以上、容易くゴドリー邸へは入れない。
「そうですか……。確かに、何があったとしても、ここへは戻らない方が賢明でしょう」
「それで、こっちには騎士は何人残っている?全員軽く骨折している状態で、馬と弓をうしなっている。ああ一人は槍が刺さって大量出血したな。迎えを寄こしてやって欲しいとも言っていたよ」
「あいつは馬鹿か! どんだけお人好しなんだ」
金髪をかきむしり、ホランドはうなってしばらくうろうろと書斎の中を歩いた。
「ホランド。そこがベージル・ヒルのやり方だ」
甘いとは、モルダーも確かに思うが。
「……。まあ、死人を出しても面倒くさいから数人出しましょう。どのあたりでパーティー開催したのですか、奴ら」
「単純にここからまっすぐ。一番険しい崖と谷底があるところの手前だった」
「…………。本当に、助ける必要あるのか、はなはだ疑問ですね」
「まあ、面倒くさいからとりあえず生かしてやろうや」
「わかりました」
ホランドはいったん書斎から出て騎士を一人呼び、指示を出す。
ほどなくしてすっかり暗くなった中庭に何人かの騎士が松明をもち、馬に乗って駆けだした。
「それで。ほかにご用件は」
窓からその様を眺めているモルダーの背中にホランドは声をかける。
「うん。リチャードは今どうしてる? 見過ごせることじゃないから俺が話をするよ」
「……就寝中です」
「そうか。で、『奥様』もまだそこにいるか?」
「いえ。侍女たち様子を見る限り入浴中かと」
「うーん。その浴室は『奥様』のドレスルームの方?」
貴族の館なんて似たり寄ったりの構造だ。
とくに夫婦の寝室の配置などは容易に想像がつく。
「おそらく」
「じゃあ、俺がいま寝室へ突撃しても問題ないな。どっち? もしかしてこのドアいくつか通ったら行けたりする?」
まるで探検に夢中な子どものように目を輝かせて、モルダーは廊下側ではなく隣の部屋に面した扉を指さす。
廊下に出て寝室へ入りなおそうものなら、侍従たちが押しとどめて騒ぎが大きくなるだろう。
迅速かつ簡単に事を済ませたいモルダーは今後の計画を素早く脳内で練りあげた。
「……はい……って、本気で行くのかよ、あんた!」
全てを言い終えないうちにモルダーはすたすたと歩きだし、遠慮なく扉を開く。
「あはは。俺、せっかちだからさ~」
振り返って扉からひょこっと顔だけ出し、おどけて見せる。
「いやちょっと待てって……」
いつの間にか言葉遣いが荒くなっていたことに気付き、はっと口をおさえたホランドの頭を、モルダーは手を伸ばしてクシャっと撫でた。
「ははは。気取っていない時の方が、すっごく可愛いね、ライアン」
顔を真っ赤に染めて、ホランドはモルダーの手を払う。
「いや、もう。……あんた、いったい何がしたいんだ、俺に」
くるりと背を向け足取りも軽やかに次の扉へ向かう騎士の、さらさらと波打つ髪と鍛えられ締まった背中を、戸惑いながらも追いかける。
「うん。俺としては、そろそろ思春期卒業してほしいかなぁ」
「は?」
また次の扉に手をかけながら、モルダーは首を軽くかしげて困ったように笑う。
「あまりにも危なっかし過ぎて、ほんと手のかかる子だよ、お前」
「はあ?」
「さて、これの次の次にリチャードがいそうな気がする。なるべく横から口を挟まず、大人しくしていておくれ、愛しの甥っ子よ」
ぱちんと片目をつぶってウィンクを飛ばすなり、いきなりモルダーは走り出した。
「……え? あ、ちょっと待て、モルダー!」
慌てて手を伸ばしたが空を掴む。
ホランドは一瞬、彼を追うのを躊躇った。
一歩踏み込んだ瞬間に、見える景色の全てが、がらりと変わりそうな気がして。
「俺は王宮近衛騎士のナイジェル・モルダー男爵だ。リチャード様の専属秘書のライアン・ホランドはいるかな。話がしたい」
ゆるく波打つ金髪を優雅に払い、首をかしげてふわりと笑って見せると、その場にいた侍従と侍女は一瞬ぽかんと見とれ、正気に戻ったら慌てて頭を下げて「しばしお待ちを」と走り出した。
モルダーは己の美貌が武器として使えることを幼いころに気付き、有効利用している。
三十近くになったが今もそこそこ使えるようだと、彼らの反応を見て思う。
そして、さして待たずによく似た素材の男が現れた。
「これはモルダー男爵。どうなされましたか?」
武人と文官として体格の違いがあるものの、こうして向かい合うと見るからに血縁だなとモルダーはため息をついた。
その件は、帝都に戻ってからにするとして。
案内された二階の書斎に入るなり、窓辺に立って二人は話を始める。
「まず、この金貨を渡すぞ。お前に返して、『それのおかげで良い感じに反撃できた』と伝えてくれと頼まれた」
金貨を差し出すと、ホランドは左右対称に整った眉を片方跳ね上げた。
「は? あいつのことだから、金目の物は全部没収されたのでは?いったい……」
「その通り。境界線ギリギリの原っぱで奴らはヒルを囲んで派手な送別会を始めていたよ。マカフィーの歌が風にのって来た時には、正気を疑ったね」
「……まさか、ノーザンが?」
驚愕に目を見開くホランドに、モルダーは重々しく頷く。
「母方の身内だ。お前、調べていないのか」
「騎士団の人事登録台帳には簡単な事柄しか書かれていなかったから……。それであいつは……」
「結局、ヒルが一人で全員ものの数分で沈めたけどな。俺の出る幕が全くないくらい使えない奴らばかりだった。お前ら、本当にどうかしているぞ」
「……言葉もありません。それで、ヒルは今どこに?」
本気で心から心配している様に、安堵を覚えながらモルダーは考えた。
自分たちが魔導士庁とつながってることを話すのはまだ早いかもしれない。
とりあえず、一つだけ嘘をついた。
「俺が移転の術符を持っていたから、それを使わせた。今頃帝都で今夜の宿を探しているだろう」
解雇になった以上、容易くゴドリー邸へは入れない。
「そうですか……。確かに、何があったとしても、ここへは戻らない方が賢明でしょう」
「それで、こっちには騎士は何人残っている?全員軽く骨折している状態で、馬と弓をうしなっている。ああ一人は槍が刺さって大量出血したな。迎えを寄こしてやって欲しいとも言っていたよ」
「あいつは馬鹿か! どんだけお人好しなんだ」
金髪をかきむしり、ホランドはうなってしばらくうろうろと書斎の中を歩いた。
「ホランド。そこがベージル・ヒルのやり方だ」
甘いとは、モルダーも確かに思うが。
「……。まあ、死人を出しても面倒くさいから数人出しましょう。どのあたりでパーティー開催したのですか、奴ら」
「単純にここからまっすぐ。一番険しい崖と谷底があるところの手前だった」
「…………。本当に、助ける必要あるのか、はなはだ疑問ですね」
「まあ、面倒くさいからとりあえず生かしてやろうや」
「わかりました」
ホランドはいったん書斎から出て騎士を一人呼び、指示を出す。
ほどなくしてすっかり暗くなった中庭に何人かの騎士が松明をもち、馬に乗って駆けだした。
「それで。ほかにご用件は」
窓からその様を眺めているモルダーの背中にホランドは声をかける。
「うん。リチャードは今どうしてる? 見過ごせることじゃないから俺が話をするよ」
「……就寝中です」
「そうか。で、『奥様』もまだそこにいるか?」
「いえ。侍女たち様子を見る限り入浴中かと」
「うーん。その浴室は『奥様』のドレスルームの方?」
貴族の館なんて似たり寄ったりの構造だ。
とくに夫婦の寝室の配置などは容易に想像がつく。
「おそらく」
「じゃあ、俺がいま寝室へ突撃しても問題ないな。どっち? もしかしてこのドアいくつか通ったら行けたりする?」
まるで探検に夢中な子どものように目を輝かせて、モルダーは廊下側ではなく隣の部屋に面した扉を指さす。
廊下に出て寝室へ入りなおそうものなら、侍従たちが押しとどめて騒ぎが大きくなるだろう。
迅速かつ簡単に事を済ませたいモルダーは今後の計画を素早く脳内で練りあげた。
「……はい……って、本気で行くのかよ、あんた!」
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「あはは。俺、せっかちだからさ~」
振り返って扉からひょこっと顔だけ出し、おどけて見せる。
「いやちょっと待てって……」
いつの間にか言葉遣いが荒くなっていたことに気付き、はっと口をおさえたホランドの頭を、モルダーは手を伸ばしてクシャっと撫でた。
「ははは。気取っていない時の方が、すっごく可愛いね、ライアン」
顔を真っ赤に染めて、ホランドはモルダーの手を払う。
「いや、もう。……あんた、いったい何がしたいんだ、俺に」
くるりと背を向け足取りも軽やかに次の扉へ向かう騎士の、さらさらと波打つ髪と鍛えられ締まった背中を、戸惑いながらも追いかける。
「うん。俺としては、そろそろ思春期卒業してほしいかなぁ」
「は?」
また次の扉に手をかけながら、モルダーは首を軽くかしげて困ったように笑う。
「あまりにも危なっかし過ぎて、ほんと手のかかる子だよ、お前」
「はあ?」
「さて、これの次の次にリチャードがいそうな気がする。なるべく横から口を挟まず、大人しくしていておくれ、愛しの甥っ子よ」
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「……え? あ、ちょっと待て、モルダー!」
慌てて手を伸ばしたが空を掴む。
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