137 / 333
兄弟剣
しおりを挟む
カチャ……。
僅かな音だった。
それを耳にした瞬間、ヒルはノーザンに視線を向けたまま、突き付けていた槍をくるりと回しそのまま己の左側やや後方でカエルのように伏せていた男に向かって投げる。
「ギャアアッ!」
槍が深々と男の太ももに刺さった。
その男は矢を装着したままのクロスボウに手をかけていた。
痛みにのたうつ男に軽症だった者が駆け寄り、慌てて刃先を抜いてしまう。
「うわあああ」
大量の血が噴き出た。
喚く男をなんとか動ける者たちで抑え、止血をする。
今、ヒルは丸腰だ。
今なら……。
ちらりと頭をよぎったが、実際にノーザンは指一本動かすことができなかった。
視界に入らない場所にいた敵を難なく潰せる男がすぐ目の前にいるのに、一太刀すら浴びせられる自信はなかった。
「ノーザン」
飴色の瞳に冷たく見据えられ、その低く怒りをはらんだ声を聞いた瞬間、手足から力が抜け膝から草原に崩れ落ちた。
ヒルの剣が鈍い音を立てて転がる。
「とんだ送別会だねえ」
いきなり思いもしない、場違いで呑気な声があたりに響いた。
「…………っ」
声が聞こえた方角に二人が視線を向けると、狩猟服姿に帯剣している男が颯爽と現れ、倒れている男たちを気にすることなく近づいてきた。
「ナイジェル・モルダー男爵。なぜここに」
後頭部で一つに括った長く美しい金髪を風になびかせてモルダーはふわりと笑う。
「うん。義妹が具合悪くて滞在延期になってね。暇だからなんか精のつくもの捕ってこようかなって林に入ったら、耳障りな歌が風に乗ってきたからさ。そうしたらびっくりだよ。なんかストリップショー始まってて」
そう言いながら、途中で落ちていたヒルのコートを拾い、彼に向かって投げた。
「とりあえずそれ着ろよ。お前の裸はあまりにも色っぽ過ぎて、無駄に男のコンプレックスを刺激するからさ」
「はい。ありがとうございます」
受け取ったそれをひと振りして土埃を払い、袖を通す。
「うわ。素肌にコートってなんだか変態っぽいね。なんか新しい扉を開けそうだよ、俺」
「……モルダー男爵」
「はいはい。冗談はここまで。ちょっと場を和ませようとしたのに酷いなあ、ヒルは」
言うなり、二本の指を唇に当てて思いっきり吹く。
「ピ―――ッ」
すると、茜色の空を旋回していたカラスたちのうちの一羽が舞い降りてきた。
そして、高く掲げたモルダーの腕に止まる。
「イズー。切って」
彼が命じると、頭をいったん深く下したカラスは嘴を天に向けて一声鳴いた。
「カァァァ――――――ッ」
その声は、どこか金属を打ち鳴らすような不思議な音だった。
ビイィィーン。
バシュッ!
パァン!
騎士たちか持参していたクロスボウと弓の弦が次々と切れていく。
あっという間に全ての飛び道具が使用不可能になっていた。
「う、うわ、なんだ・・・?」
ノーザンは座り込んだまま、目をきょろきょろさせる。
「ん。ご苦労さん。行っていいよ」
モルダーが黒光りのする頭頂部に音を立ててキスをすると、カラスはこくんと頷き羽を広げ、軽やかに天空へと戻っていった。
「さっきみたいに矢を射られたら、落ち着いて話もできないかなあと思ってさ。あ。でも油断は禁物だよ? さっきのカラス、ちょっと只者ではないから、俺に何かあったら死んだ方がましなことになるからね?」
ノーザンをはじめ、少し動ける状態にある者たちは恐る恐る空へ視線を向ける。
夕日が地平線に隠れたばかりの空を黒い影が何羽も飛び交っていた。
その光景は更なる不吉な未来を予感させ、皆、不安におののく。
「それにしても、何・ノーザンだっけ? ノーザン伯爵のところの子かな。君は馬鹿だねえ。この剣を自分の物にしたら打ち首になるって、リチャード・ゴドリー伯爵から聞いていなかったの?」
「え……?」
「これさ。俺の剣と兄弟なんだよ」
転がっていたヒルの剣を手にしたモルダーは自分の剣と重ねて見せる。
柄と鍔の形、鞘の雰囲気と長さがほぼ同じだった。
「ほら、ね。そっくり。なんせ王妃様から下賜された特別仕様だからね」
「は……?」
「五年くらい前になるかなあ。飛び地領土のケルニアとその接地面のレスキュエル国が境界線でもめてさ。外交努力でなんとか丸く収まろうとした矢先に、うちの国の軍の一部が暴走して山城を占拠、周辺を荒らしてくれたんだよね。おかげですごく面倒なことになった」
「ケルニア……?」
ケルニア戦争。
それは一年ほどで終わったが、泥沼の戦いになり、戦死者が多数出たことで知られている。
「うん。フィリップ・マカフィーという男が部下たちと略奪の限りを尽くして、辺境の女子供を強姦して殺してしまった。それがケルニア戦争の原因だ」
「嘘だ! そんな話は聞いたことがない!」
ノーザンは瞬時に顔を赤く染めて噛みついた。
「俺のフィリップ伯父さんがそんなことするわけない! って?」
「な……」
目を丸くする男を眺めながら、モルダーはヒルに彼の剣を渡す。
「ほんと、胸糞悪くて懐かしい歌だな、あれ。さらってきた女を輪姦する時にマカフィー隊の奴らが歌っていたやつ。あれ、禁歌だぜ? それも知らなかったんだな」
モルダーは腰に手を当てて、ぐるりと見渡す。
最後に太ももをやられた男以外は、大した怪我ではない。
せいぜい骨折程度か。
全員命に別状はない。
しかし騎士たちは今、生きた心地がしないだろう。
王のお墨付きを与えられている男に私刑をしたばかりか、日ごろ慣れ親しんだ歌が禁じられたものだというのだから。
「リチャード・ゴドリー、および俺たち二人は、フィリップ・マカフィーの尻ぬぐい及び戦いを終結させた功績で、表彰された」
「そんな……まさか」
ノーザンの呆然としたつぶやきが落ちた。
僅かな音だった。
それを耳にした瞬間、ヒルはノーザンに視線を向けたまま、突き付けていた槍をくるりと回しそのまま己の左側やや後方でカエルのように伏せていた男に向かって投げる。
「ギャアアッ!」
槍が深々と男の太ももに刺さった。
その男は矢を装着したままのクロスボウに手をかけていた。
痛みにのたうつ男に軽症だった者が駆け寄り、慌てて刃先を抜いてしまう。
「うわあああ」
大量の血が噴き出た。
喚く男をなんとか動ける者たちで抑え、止血をする。
今、ヒルは丸腰だ。
今なら……。
ちらりと頭をよぎったが、実際にノーザンは指一本動かすことができなかった。
視界に入らない場所にいた敵を難なく潰せる男がすぐ目の前にいるのに、一太刀すら浴びせられる自信はなかった。
「ノーザン」
飴色の瞳に冷たく見据えられ、その低く怒りをはらんだ声を聞いた瞬間、手足から力が抜け膝から草原に崩れ落ちた。
ヒルの剣が鈍い音を立てて転がる。
「とんだ送別会だねえ」
いきなり思いもしない、場違いで呑気な声があたりに響いた。
「…………っ」
声が聞こえた方角に二人が視線を向けると、狩猟服姿に帯剣している男が颯爽と現れ、倒れている男たちを気にすることなく近づいてきた。
「ナイジェル・モルダー男爵。なぜここに」
後頭部で一つに括った長く美しい金髪を風になびかせてモルダーはふわりと笑う。
「うん。義妹が具合悪くて滞在延期になってね。暇だからなんか精のつくもの捕ってこようかなって林に入ったら、耳障りな歌が風に乗ってきたからさ。そうしたらびっくりだよ。なんかストリップショー始まってて」
そう言いながら、途中で落ちていたヒルのコートを拾い、彼に向かって投げた。
「とりあえずそれ着ろよ。お前の裸はあまりにも色っぽ過ぎて、無駄に男のコンプレックスを刺激するからさ」
「はい。ありがとうございます」
受け取ったそれをひと振りして土埃を払い、袖を通す。
「うわ。素肌にコートってなんだか変態っぽいね。なんか新しい扉を開けそうだよ、俺」
「……モルダー男爵」
「はいはい。冗談はここまで。ちょっと場を和ませようとしたのに酷いなあ、ヒルは」
言うなり、二本の指を唇に当てて思いっきり吹く。
「ピ―――ッ」
すると、茜色の空を旋回していたカラスたちのうちの一羽が舞い降りてきた。
そして、高く掲げたモルダーの腕に止まる。
「イズー。切って」
彼が命じると、頭をいったん深く下したカラスは嘴を天に向けて一声鳴いた。
「カァァァ――――――ッ」
その声は、どこか金属を打ち鳴らすような不思議な音だった。
ビイィィーン。
バシュッ!
パァン!
騎士たちか持参していたクロスボウと弓の弦が次々と切れていく。
あっという間に全ての飛び道具が使用不可能になっていた。
「う、うわ、なんだ・・・?」
ノーザンは座り込んだまま、目をきょろきょろさせる。
「ん。ご苦労さん。行っていいよ」
モルダーが黒光りのする頭頂部に音を立ててキスをすると、カラスはこくんと頷き羽を広げ、軽やかに天空へと戻っていった。
「さっきみたいに矢を射られたら、落ち着いて話もできないかなあと思ってさ。あ。でも油断は禁物だよ? さっきのカラス、ちょっと只者ではないから、俺に何かあったら死んだ方がましなことになるからね?」
ノーザンをはじめ、少し動ける状態にある者たちは恐る恐る空へ視線を向ける。
夕日が地平線に隠れたばかりの空を黒い影が何羽も飛び交っていた。
その光景は更なる不吉な未来を予感させ、皆、不安におののく。
「それにしても、何・ノーザンだっけ? ノーザン伯爵のところの子かな。君は馬鹿だねえ。この剣を自分の物にしたら打ち首になるって、リチャード・ゴドリー伯爵から聞いていなかったの?」
「え……?」
「これさ。俺の剣と兄弟なんだよ」
転がっていたヒルの剣を手にしたモルダーは自分の剣と重ねて見せる。
柄と鍔の形、鞘の雰囲気と長さがほぼ同じだった。
「ほら、ね。そっくり。なんせ王妃様から下賜された特別仕様だからね」
「は……?」
「五年くらい前になるかなあ。飛び地領土のケルニアとその接地面のレスキュエル国が境界線でもめてさ。外交努力でなんとか丸く収まろうとした矢先に、うちの国の軍の一部が暴走して山城を占拠、周辺を荒らしてくれたんだよね。おかげですごく面倒なことになった」
「ケルニア……?」
ケルニア戦争。
それは一年ほどで終わったが、泥沼の戦いになり、戦死者が多数出たことで知られている。
「うん。フィリップ・マカフィーという男が部下たちと略奪の限りを尽くして、辺境の女子供を強姦して殺してしまった。それがケルニア戦争の原因だ」
「嘘だ! そんな話は聞いたことがない!」
ノーザンは瞬時に顔を赤く染めて噛みついた。
「俺のフィリップ伯父さんがそんなことするわけない! って?」
「な……」
目を丸くする男を眺めながら、モルダーはヒルに彼の剣を渡す。
「ほんと、胸糞悪くて懐かしい歌だな、あれ。さらってきた女を輪姦する時にマカフィー隊の奴らが歌っていたやつ。あれ、禁歌だぜ? それも知らなかったんだな」
モルダーは腰に手を当てて、ぐるりと見渡す。
最後に太ももをやられた男以外は、大した怪我ではない。
せいぜい骨折程度か。
全員命に別状はない。
しかし騎士たちは今、生きた心地がしないだろう。
王のお墨付きを与えられている男に私刑をしたばかりか、日ごろ慣れ親しんだ歌が禁じられたものだというのだから。
「リチャード・ゴドリー、および俺たち二人は、フィリップ・マカフィーの尻ぬぐい及び戦いを終結させた功績で、表彰された」
「そんな……まさか」
ノーザンの呆然としたつぶやきが落ちた。
46
あなたにおすすめの小説
初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした
わらびもち
恋愛
ガーネット侯爵、エリオットに嫁いだセシリア。
初夜の寝所にて夫が来るのを待つが、いつまで経っても現れない。
無情にも時間だけが過ぎていく中、不意に扉が開かれた。
「初夜に放置されるなんて、哀れな子……」
現れたのは夫ではなく義母だった。
長時間寝所に放置された嫁を嘲笑いに来たであろう義母にセシリアは……
いいえ、望んでいません
わらびもち
恋愛
「お前を愛することはない!」
結婚初日、お決まりの台詞を吐かれ、別邸へと押し込まれた新妻ジュリエッタ。
だが彼女はそんな扱いに傷つくこともない。
なぜなら彼女は―――
ローザリンデの第二の人生
梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。
彼には今はもういない想い人がいた。
私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。
けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。
あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。
吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる