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花衣
しおりを挟む「それで、バーナード様の容体はどうなりましたか」
そうなると一番心配なのは彼のことだ。
黒ずんだ大きな塊と管。
ポンプと路だとネロは言っていた。
そして最後のひと仕事をしようと話し合った後の記憶があいまいで、きちんとやり終えたのか気になる。
「大丈夫。ヘレナ様はネロの期待以上のことなさいました」
きちんと心の内まで読み取り、シエルが答えてくれた。
「私がバーナード様の身体の悪い部分を治癒し、ヘレナ様が保護する。その方法のおかげで、翌朝には普通に意思の疎通ができるようになりました」
「足が・・・かなりむくんでいるのが気になっていたのですが、そちらはどうでしょう」
ちらりと見ただけだが彼の足首から甲にかけて異様に膨れ上がっていたのを思い出す。
「夢の中で診た感じでは、心臓の機能が落ちることによって血液の循環が悪くなり、一部腐食しかけていましたよね。おそらく足がむくんで認知機能があやふやになっていたのもそのせいと思われます。一夜明けてハーンとくまなく診断しましたが、現在のバーナード様は根源に関して言えばほぼ完治の状態です。ただ、およそ一年の間に衰えた様々な箇所についてはおいおいですね。ゆっくりと鍛えなおせば、健康な四十代の男性の身体に戻ることができるでしょう」
すでにこの数日間で、ジョセフたちが折を見てはマッサージを施し、軽く介添えをすれば自分の意志で中庭を歩くことも可能になり、その効果は目覚ましく屋敷は活気づいているとのこと。
「よかった・・・」
ヘレナは胸をなでおろした。
「それから。ヘレナ様の身体についてですが・・・」
「はい」
背筋を伸ばし、シエルの次の言葉を待つ。
急激な体の成長。
何日も眠り続けた理由。
『糸が切れた』とは、どういうことなのか。
説明を聞くのが少し怖い。
獣たちの背から放して握りこんだヘレナの手のひらの中がじわりと湿る。
彼の表情もどこか緊張しているように見えた。
「まずは謝らねばなりません。私が最後に取った行動がおそらく引き金を引きました」
「え?」
体の真ん中に冷たい塊を押し当てられたような心地になる。
「あー。もう、シエルさん。それだとまるで悪い知らせじゃないか。ヘレナ。違うから。そういうんじゃないから」
近くに座っていたミカがシエルの肩をばしっと叩いた。
そして、彼女が語り出す。
「あのね。なんか夢の中で最後の術をかける時にあんたたち手をつないだんでしょ。で、ヘレナが魔力切れ起こさないようにちょっとずつ流してあげていたつもりが、さじ加減誤って大量にやっちゃって、その反動でヘレナにかけられていた術がちょっと解けちゃったんだって」
大きな身振りで説明するミカの横で、シエルは申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ありません。せっかくヘレナ様のお母様が娘のためを思って施されていたというのに・・・」
「さいごのしごと・・・。そういや、綺麗でしたね。あれ」
苦し気に伸び縮みしているどす黒い塊に、シエルが白みがかった柔らかな金色の光を確実に放つのをしばらく見とれてしまった。
だんだんと明るい色へと変化してく様は、とても美しい。
まるで、星に抱かれた夜空がだんだんと明けていくを眺めているかのようだ。
統制が取れず、もつれるような動きがだんだんと落ち着いていくのも分かる。
きっと、もう、大丈夫。
そうしているうちにヘレナの頭の中にとっさに思い浮かんだのは、手入れが行き届いていたころの家の庭園で母とクリスの三人で歌いながら作った花冠だ。
毒に犯されて疲れ切っていたけれど、生きることをあきらめなかったバーナード・コールの核。
よく頑張ったと、花で包みたくなった。
天を見上げると、相変わらず色々な色の霧雨が降り注いでいる。
これはブランケットの力だとネロは言っていた。
使った素材を改めて思い浮かべる。
魔改造家畜たちの毛を混ぜた横糸。
そして染料は
イチイ
ノバラ
レモン
藍
ブラッドウッド
ローズヒップ
クチナシ
そしてローズマリー。
おそらく、バーナードの身体に相性が良いのはローズマリー。
『なんでもあり』だとネロは言った。
なら、頭に浮かんだことを好きなように作ってしまえばいい。
「ローズマリーを主にした草花の布」
ヘレナは想像する。
ローズマリーで粗く縦横に編む。
そして、隙間に時々イチイや茨をはさんで、更に柔らかなハーブで埋めていく。
セージ
ラベンダー
ゼラニウム
レモンバーム
フェンネル
カモミール
ミント。
それぞれの葉と花をつぎつぎと差し込み、不思議なタペストリーが出来上がった。
「ゆっくりと、柔らかく包んで・・・」
左手は、シエルにゆだねている。
だから、右手をバーナードの核に向かってかざした。
すでにシエルの治療魔法は完了したらしく、見違えるような力強い動きをしている。
もう大丈夫。
彼は、生きる。
「バーナード・コール様へ贈ります。これは花の衣」
尊い命に。
清廉な心に。
花を手向けたい。
手のひらから、緑がかった光が湧き上がり、金色に光る核へ向かって飛んでいく。
袋のように包み込んで。
そして糸でしっかり閉じる。
もう、悪いものが入ってこないように。
そして、じっくりと再生するように。
最後のひと針を縫い終えて、糸を止めた時、ふいにヘレナの身体の中で力の洪水が起きた。
濁流だ。
ごうごうとすごい勢いで何かに押し流されていく。
「あれ・・・?」
どこまでが自分で、どこからがシエルのなのだろう。
自分が保てなくなるなと、他人事のように思った。
これは夢の中だけど。
そうなるとこの後どうなるのだろう。
力の渦にのまれていく。
でも、苦しくはない。
ただ、遠くなるだけで。
ぷつり。
糸を嚙み切った時のような音を感じる。
ああ、これって・・・。
「ヘレナ様!!」
シエルのいつになく動揺した、固い声が耳に残った。
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