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渾身の施術ブランケット
しおりを挟む「ああ、やっぱり寝かせてくれたんだ。ありがとねシエルさん」
厨房から戻るなり、ティーセットを運んできたミカが頷く。
後にはコールが焼き菓子を載せた盆を持って続いた。
「いえ・・・。お疲れのようでしたから」
シエルは小さな重みとぬくもりに微笑みを浮かべる。
強制的に術をかけて眠らせたが、それはヘレナの信頼が少しでもなければうまくはいかない。
あっさりと身を預けてくれたことにじわりと胸のあたりに熱が集まった。
ハーンは好きなだけ札を書いてくれればよい。
そうしたら。
「ヘレナときたらなんか昨日も徹夜したっぽいんだよね。コールさんの叔父さんに渡したいものがあるって」
現在もヘレナはミカと相部屋で過ごしているが、ものづくりをするときは二階の書斎に籠る。
最初は護衛がわりに部屋の隅のソファで仮眠していたミカだが、そもそも魔導士たちの護りは鉄壁な上、早朝に世話が必要な家畜が増えたこともあり、夜は一階でしっかり休むように決めた。
むろん、ヘレナ自身その方が気楽だと普段から主張していた。
製作に没頭しているときのヘレナはまるで神降ろしをしているかのような状態で人あらざる者に変化して近寄りがたい。
手を止めさせることができるのは弟のクリスくらいだ。
「で、出来たのがこれなんだけどさ」
食堂の隅の補助机の上に置いていた籠をテーブルの上に持ってきて、中身を広げた。
「これは・・・」
コールは息をのむ。
渋めの色調の様々な糸が交わった縞模様の、しっかりと目の詰まった美しい大判の毛織物だ。
「ブランケットだよ。織機はちょっと前から上に持ち込んで暇つぶしに遊んでいたんだけど、まっさらな状態から一晩で織り上げてしまえるのがヘレナの凄い所だね」
「まさか、昨日の午後にお話しした直後に製作されたということでしょうか?」
四人で焚火を囲んでホットケーキを食べたのは夕方になる直前。
そこから織機に糸をかけたなんて常人の技ではない。
「そのまさかだよ。糸はある程度作っていたからヘレナにとってこの程度なら朝飯前かな。でもまあ、なんか色々試みていたから徹夜だったんだけど」
「すみません、ちょっとその品物を私も拝見してよろしいでしょうか」
ヘレナを膝に乗せたままのシエルが申し訳なさそうに口をはさんだ。
「うん、良いよ」
ミカはシエルのところまで行き両手に持ったそれを掲げて見せる。
「あ、僕も見たいな」
いつの間にか手を止めたハーンがぴょんぴょんと跳ねるような足取りで駆け寄る。
ちなみにテーブルの上には完了した片道切符が五枚ほど並べられていて、どうやら作業は終了した模様だ。
「どう?やっぱりなんか仕掛けてる?」
隅から隅までじっくりと分析する魔導士たちに、ミカは好奇心丸出しで尋ねた。
「はい。そうですね・・・。しっかりと」
「うわあ・・・。やっぱり面白いことするね、ヘレナ様」
ハーンが布の表面にぎりぎり触れないままさっと指を滑らせる。
「やると思ったんだよね。みんなの毛とかをねじ込むの」
「みんなの毛とは・・・」
同じくそばまでやってきたコールがハーンの言葉に首傾げた。
「パールとネロと山羊と牛の毛と鶏の羽毛の一番柔らかい部分を縒って作ったのが横糸で、縦糸はイチイと野茨とレモンをそれぞれ使って染めたのだね。しかもまた後で追加の針を刺しているから、これって僕の術符よりすごいかもしれない」
「どのように凄いか教えていただいても?」
「うん・・・。そうだなあ・・・。病気平癒、悪霊退散が主に祈念されているかな。他にも色々付いていて、身体にかけるだけで温めてくれてついでに癒してくれる便利で豪華な護符みたいな感じ。コール様はご存じでしょう。ヘレナ様は魔力量が微力でありながらも全属性通じているのを」
「・・・そういえば、以前そんなお話が・・・」
シエルに身体を預けて熟睡している小さな少女に目をやる。
「われわれ魔導士に言わせればかなり稀有な存在で、本当なら聖女として召喚されてもおかしくない能力なのだけど、正直、聖女宮も一部腐っているから僕たちはナイショにしているんですよ」
さらりとハーンは爆弾を落とす。
「え・・・?」
コールが目を見開くと、ミカがブランケットを畳んで元の籠にそっとしまった。
「うん。あっちで護衛業務やってる身内たちが言うんだけど、なんだかんだで身分制があそこの要になっていてさ。没落貴族と辺境のほぼ平民の子なんかが聖女として上がったら、ほぼ確実に道具として使い潰されるらしいんだよね」
ミカの一族はラッセル商会を通して護衛の仕事を請け負う。
様々な場所へ広く派遣されるだけに、常に新鮮な情報を手に入れやすい立場にある。
そもそも、様々な知識なしで敵に備えることは難しい。
「それは・・・。下級の身の者が聖女として敬われるのを良しとしないということでしょうか」
「そうなるね。権威とやらのある場所はどこでも一緒さ。大聖女としてあがめられるのはいつだって高位貴族のお嬢様だ。それを、どうやらカドゥーレの人たちは分かっていた節がある」
カドゥーレへカタリナについて渡ったミカの母のマーサの話によると、ハンスが頑なに受け取らなかった妻の遺髪入り守り袋を預かった親族たちは、一瞥するなり『ああ、ショア家の技だな』とあっさり頷いたらしい。
その様子から導き出された答えは、カドゥーレ周辺の民は魔力量も能力もそうとうなものだが、それを隠しているのではないかということだ。
彼らはおそらく、遠い昔にさんざんいいように扱われて懲りたのだ。
そして中央に使い潰されないようになんらかの隠ぺいの術を編み出した。
例えば、ヘレナのように微力な魔力しか持たないと学院で鑑定されるように。
だから、あの姉弟はレベルの高い視覚阻害の術を難なく駆使することができ、得意とするのだろう。
「ならば、あのブランケットは聖女の護符と同等だと・・・」
額に手をやりコールはつぶやく。
色々と思考が付いていかない。
「ええ、正直、それ以上の効果があるかと。だって、僕たちの魔改造生物を練り合わせて織り込んで縫い付けているんですもの」
「さらに付け加えるなら、ヘレナ様の心からの祈りは強力です。なんせ私たちの人生を好転させたくらいですからね」
立つのもやっとな執事に、ヘレナの親衛隊を自負する魔導士たちがさえずる。
「もしかしたら、コールさんの運命も変わっちゃうかもよ?」
ミカの駄目押しに、コールは近くの椅子を引き寄せて乱暴に座り、腹の底からの深いため息をつく。
くしゃっと、整えられた黒髪を指で乱す。
「そこまでしていただいていたなんて。なんと・・・言えば良いのやら」
彼らのやり取りの中、当のヘレナは獣たちとともにすうすうと平和な寝息を立て続けていた。
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